元・副会長のCinema Days

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「刑事グラハム 凍りついた欲望」

2009-06-04 06:27:26 | 映画の感想(か行)
 (原題:Manhunter )86年作品。トマス・ハリスのレクター博士シリーズの最初の作品「レッド・ドラゴン」の第一回目の映画化(第二回目は2002年にブレット・ラトナー監督によって作られている)。監督は「インサイダー」や「アリ」などのマイケル・マンで、人気TVドラマ「マイアミ・バイス」を手掛けていた時期に撮った映画だ。

 連続一家殺害事件を追うFBIのクロフォード部長は、元捜査官グラハム(ウィリアム・ピーターセン)に協力を依頼する。彼は犯罪者の心理に同化し、嗅ぎ当てる特殊能力の持ち主だった。犯行は猟奇的で、どうやら満月の晩だけ凶行を繰り返しているらしい。次の満月の夜までにどうにかして解決させねばならない。この事件の鍵を握っていたのが、グラハムがかつて捕らえた天才的精神科医にして変質的な殺人鬼レクター博士(ブライアン・コックス)である。

 いかにも低予算、キャストも見慣れない名前ばかりで、一見マイナーなB級作品であるが、ハッキリ言って「羊たちの沈黙」よりも面白い。

 主人公は2人いる。一人は捜査官グラハムで、もう一人は犯人の連続殺人鬼だ。追う者と追われる者という違いはあるが、この2人はコインの裏表なのだ。グラハムの家庭が必要以上と思うぐらいに綿密に描かれている。一方、犯人は家庭の暖かさを知らずに育ち、それが人格に大きな影響を与えている。粘着気質の性格は同じで、互いに心に傷を負っていながら、環境の違いでこうまで人生が隔たってしまった。この設定は苦い過去を持っているとはいえ実直なワーキング・ウーマンに過ぎないヒロインを登場させた「羊たちの沈黙」よりも興味深い。

 グラハムは犯人の心理を読もうとするたびに、過去の身を削るようなレクター博士との死闘が頭をかすめ、苦悩にさいなまれる。「羊たちの沈黙」と違って犯人像がよく描きこまれており、その異常な動機も「羊たちの沈黙」の犯人----結局はただの変態おじさん----と比べて真に迫ったものがあり、観る者をゾッとさせる。しかも、犯人にとって唯一救いとなる母性的な女性(彼女は盲目という設定)を登場させるあたり話の運び方に一日の長が認められる。

 ドイツ映画を思わせる寒々とした画面とスリリングな展開は異様な迫力を生み出し、最後まで目が離せない。プロットが強引・難解なところがありミステリーとしては上出来とは言えないかもしれないが、キャラクター設定の見事さはそれを補って余りあると思う。レクター博士は今回はあまり出番がないが、それでもグラハムの住所と電話番号を少ないデータからあっという間に突き止めてみせるくだりは、なかなかの鬼才ぶりである。

 寒色系の手触りを身上とするマン監督の持ち味は、「ヒート」や「コラテラル」などの単純な娯楽編では作品が妙に“沈んだ”感じになるが、こういうニューロティックな雰囲気の作品にはよくマッチしている。観る価値はある佳作だ。
コメント
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