元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ヘンリー五世」

2006-04-20 22:40:50 | 映画の感想(は行)
 (原題:Henry V)89年作品。ご存じシェイクスピアの原作の映画化だ。これには昔ローレンス・オリヴィエ監督・主演による有名な作品があり、これが「ヘンリー五世」のスタンダードとされてきた(私は残念ながら、未見)。本作は当時イギリス演劇界の若手のホープと言われていたケネス・ブラナーで、彼の監督デビュー作にして一番の出来だ。もちろん主演も担当している。

 ストーリーは史実にもなっているが、イギリスの若き王ヘンリー五世が、わずかの兵を率いてフランス軍の大軍を撃ち破るという英雄物語だ。詳しくは原作を読んでいただくとして、スタンダードともいうべきオリヴィエ版とは違うアプローチをしている(と思う。なにしろオリヴィエ版は観ていないもんで)。冒頭いきなり映画のスタジオ風景をバックに語り手が登場し、「この少ないスタッフと製作費で皆様のお気に召す作品に仕上がったかどうか・・・・」などともったいぶった講釈を述べる。この語り手は映画のいたるところに登場し、ドラマの進行具合を観客に説明する。

 こういうふうに書くと、いかにもウケを狙ったキワ物映画と思うだろうが、とんでもない。これほど格調の高い歴史劇はあまりないだろう。とにかく主演のブラナー演じるヘンリー五世の高潔な人間性に圧倒される。彼は一国の王であるが、素顔は苦悩する若者にすぎない。配下の者を危険にさらすかもしれないと悩む場面や、軍の規律を破った親しい部下を泣く泣く処刑するシーンでは、主人公の内面的葛藤がこちらにひしひしと伝わってきて胸が熱くなる。元は演劇であるから、主人公のモノローグが多い。しかし、これが実に真に迫っていて、セリフを聞いているだけで感動してしまう。

 そしてスゴイのが戦闘シーンである。史劇の合戦場面というと、兵隊と馬をずらりと並べて、カメラはロングショットで、要するに物量作戦で見せてしまおう、というのが普通だ。しかし、この映画ではカメラは極端なアップと横移動だけに徹し、登場人物の興奮と恐怖に満ちた表情をビビッドにうつしだす。全員泥と血にまみれ、敵味方もわからない混沌とした修羅場として描かれた戦闘場面は、戦争の一つの本質をとらえている。これはもう、史劇というより、ベトナム戦争といっしょだ。今にもヘリコプターの爆音が聞こえてきそうだ。

 映像は非常に美しい。また音楽が実に格調が高い(演奏はサイモン・ラトル指揮のバーミンガム市響)。難を言えば、戦闘シーンのあとの和睦会議の場面とエマ・トンプソンが出ている部分はまったくの蛇足(爆)。戦いが終わったところでエンドマークが出ていたら最高だったろう。
コメント
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