「差不多」的オジ生活

中国語の「差不多」という言葉。「だいたいそんなとこだよ」「ま、いいじゃん」と肩の力が抜けるようで好き。

ヒートテック

2006-01-13 | つれづれ
東京はどんよりとした重苦しい雲が覆っています。さむーーい!

寒さが厳しいこの冬は、ヒートテックのインナーを重宝しています。これ、一度着ると普通の綿シャツよりも着る機会が増えますね。特に自転車通勤のさいは、こんな寒さでも汗をけっこうかくので、綿だとそのまま冷えて風邪をひきかねない。吸汗速乾性のあるヒートテックならその心配は薄らぎます(とはいえ、会社に着くと着替えますけど)。

ユニクロのものが安くて手ごろなので手持ちの中では一番多いのですが、ミズノの製品ももっています。伸縮性と通気性でまあミズノのほうがいいかな、ぐらいであったかさであまり差を見出せないというのが実感。

アウトドア専門店に行くとそれこそいろいろな種類、メーカーがありますよね。でも、値段が一枚でユニクロなら2枚以上買えそうな。ああいうのってやはり値段なりに性能がいいのでしょうか? 悩むんですよね。速乾性が桁違いにいいとか、温度が2度ぐらい違うとか、何かはっきりした差があるのでしょうか?

なにかお勧めの製品などあれば教えてくださいな。

セロのマジック

2006-01-12 | つれづれ
一昨日の晩、テレビで「セロ」のマジックを見ました。正直いって、心から驚きました。こんな驚愕のマジックって過去にみたことありません。

スーパーで売っている粒状のホワイトチョコレートとブラックチョコレート(いずれも浦安のダイエーでその場で購入したもので事前に準備したものではない)のパッケージ絵柄から、おのおの一個を取り替えてしまう「転写」。さらには開封もしていないのにパッケージの中身も絵柄と同じように入れ替わる。

店で注文したカツどんが出てくる。手をかざしてほんの一瞬でそれが海老天うどんに変わってしまう。もちろん食べられるものです。さらに驚いたのは街中の人から借りた1000円札を目の前で4分の1ほど千切る。ちぎった切れ端はその本人に持ってもらっている。セロが持つ4分の3の部分がいつの間にかただの紙切れに変わる。パッケージも開封していないロッテの板ガムの中から、折りたたまれた板ガム形で切れた千円札が出てくる。で、最後に二つに分かれた千円札をセロテープでくっつけて、ただテープの上を人差し指でなぞるだけで元の切れる前の普通の千円札に戻っている…

いやあ、奇跡を見ているようでした。ほんと、超能力者!?と思いたくもなってしまう。いったいどんなタネなのやら。こういうマジックをみるとほかの人たちのは稚技に思えてくる。Mr.マリックあたりに「セロのマジック。種明かし解明に挑戦!」みたいな番組がみてみたいものです。

ほんとに不思議…

「千々にくだけて」

2006-01-11 | 
万葉集の英訳で知られるリービ英雄さんの「千々にくだけて」(講談社)を読みました。筆者を思わせる主人公が米国に向かう機中で9・11同時多発テロに遭遇し、カナダに足止めされる。実際に筆者が遭遇した特異な体験を、米国人で日本語の小説を書き、中国にも活動の場を求める筆者らしい感性で描いた、不思議な、しかしなんとも重たい小説です。

飛行機で隣に座っていた老人の戦争のときの日本語での体験談、機長の「米国は被害者になった」という英語の案内、テレビの中で崩れていくタワーとそれを見る人々の短いつぶやき、ニューヨークにいる血のつながっていない妹への電話の不通音など、身近な細かい断片をつなぎ合わせて、世界が大きく変容する瞬間をとらえます。その象徴が松尾芭蕉が松島をよんだ句「島々や千々にくだけて夏の海」。タワーが崩壊する場面と「千々にくだけて」の英訳broken,broken into thousands of piecesが静かに重なり合います。

内面を極力表に出さず、短い言葉や事象を淡々と描くことで事象の重みが伝わります。「グラウンド・ゼロ」という英語を耳にして「ばくしんち」という日本語を思い愕然とする場面は、静かな水面に突然大きな石が落とされ、勢いよく幾重にも波が広がっていくような印象を与えます。

なんとも不思議な重い小説ですが、9・11以降、我々が生きているこの世界は、この重さを引きずり,対峙していかなければならない社会になっているのだ、と思うと一層その重みが増す感じがいたします。

「風と共に去りぬ」

2006-01-10 | 映画
無人島に映画を一本だけ持っていってもいい、といわれたら迷わず選ぶ映画がこれ、「風と共に去りぬ」。いわゆるひとつのベストフェイバレットムービーです(笑)。

ルテアトル銀座でいまデジタル版の上映がされているので、今年最初の映画として観に行きました。

ホント、何度観てもいいで映画。激しい恋愛、波乱万丈の人生、夢のようなゴージャスな生活、戦争、別れ、美しい音楽…。おおよそ映画の魅力・エッセンスみたいなものをほぼすべて詰め込んだような映画の中の映画だと思います。

中学生のときに小説を先に読んでから映画をみて、スカーレット・オハラがあまりにもイメージ通りだったのにまず驚いた記憶があります。ビビアン・リーはまさにスカーレットのために生まれたような役者だと思いました。あの目がすばらしい。強烈な「強さ」を感じさせます。

好きな場面てんこ盛りの映画ですが、特にアトランタ炎上からタラの大地でスカーレットが「人を殺してでも二度と家族にひもじい思いはさせません」と神に挑戦状をたたきつけるかのように叫ぶ場面までは圧巻です。ストーリーはもちろん知っていても、はらはらし、逆境を跳ね除けて生きようとする姿に鳥肌が立つような感動を覚えます。

それにしても途中休憩を挟んで4時間以上。ベンハーなどもそうですが、昔の映画は長いものが多いような。いまよりもやはり時代がゆったりとしていたということなのでしょうか? 学生時代には名画座で一日に3、4本みることもありましたが、さすがによる年波には勝てません。疲れましたー。

大河ドラマ「功名が辻」

2006-01-09 | つれづれ
大河ドラマの新シリーズ「功名が辻」が昨晩から始まりましたね。大河ドラマって、その昔の「国盗り物語」以来のファンで、毎年、楽しみにしています。初回をみるとだいたい「あ、今年はハズレ」「今年は期待できそう」というのがなんとなくわかります。昨年の「義経」は最初の数回で観るのをやめたのですが、その後時代劇ファンからの評価も高くなっていったので最初が悪いから必ずしもダメとは限らないケースもありますけど。

で、今年の第1回を観る限り、今年は「当たり」になりそうな予感。まずなんといっても戦国モノはそれだけで面白い。大石静が脚本だし、俳優がすごい! 主役の上川隆也は好きな俳優。今回はNHK、久しぶりに大河に力を入れているなあ、というのが感じられる脇役の布陣。脇役の中に主役をはれそうな人がわんさかいる感じです。江守徹がほんのワンシーン、桶狭間で討たれる今川義元役で出ているなんて、なんてゼイタク。秀吉に柄本明、クセがありそうで楽しみ。

とはいえ、逆にこの俳優陣が豪勢なだけに違和感も。舘ひろしが信長ですけど、桶狭間では20代だったはずなのにすでに50歳を超えている印象、に代表されるように、どうも老けすぎているような。舘は信長の冷徹な感じがすごく合っているには合っていると思いますけど。「ねね」の浅野ゆう子も無理くりの若作りに、おもわずのけぞってしまいました。あと、みなさま歯が真っ白なのには違和感が。戦国時代なんですよね、一応…まあ、こうした違和感は登場人物の成長とともにおいおい消えていくと思いたいところです。

あとはストーリー。これは大石さんに期待です。初回を観る限り「戦」の不条理さ、哀しみをうまく描いて、「戦」に対する嫌悪みたいなもの、それと裏返しの男たちの野望、といったものもよく描けていたと思います。今回の本当の主役、戦国の女たちの存在感もきちんと出ていたような。

細かい事ですが、人身売買のエピソードが折りこまれていました。これは画期的! 「 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り 」(藤木久志著、朝日選書)などで分析されているように、戦国期の日本では奴隷売買が行われていたとされています。勝った側の雑兵には略奪と人身売買こそが一番の「恩賞」だったと。でも、テレビではちょっと描きにくかった話だと思うのです。戦国の実態に近い話が初めて大河ドラマに出た意味は小さくないと思います。まあ時代劇はあくまでフィクションなのであまり忠実に描かれても困るには困るんですけど、あまりに美化された戦国もなあ、と思っていたので。

なにはともあれ、ちょいと期待の大河ドラマになりそうです。

寒い日には

2006-01-08 | 
寒い日にはやっぱり温かいものが食べたい、とだれもが思うのでしょうね。

今晩はホワイトシチューにしてみたのですが、シチューのルーを買いに、近くのお店に行ったら「きょうはシチューがよく売れるねえ。これで6つめだよ」と言われました。やっぱりねえ。

以前ならこんな日は「鍋!」ということだったのでしょうが、最近はテレビの宣伝の影響でしょうか、確かにシチューが食べたい、と思う事も少なくありません。なんだかテレビのニュースで大雪の映像をみるとシチューに連想がいくんです。雪国の皆さん、不謹慎で恐縮です。

ルーを使えばほんと、簡単に作れてしまいます。ところで、お薦めのルー、お気に入りのルーってありますか? ちなみに、てのはカレーはだいたいSBのものを使う事が多いけど、シチューにはあまりこだわりがないんですよね。ホワイトシチューで「これぞ」というのがあればぜひ教えてください。

浅草寺に初詣

2006-01-07 | つれづれ
みなさん、今朝は七草がゆ、食べました?

きょうまでが松の内。というわけで午前中、散歩と初詣をかねて浅草寺にお参りにいきました。三が日はできるだけ行かない事にしているんですよね。あまりに人が多いので。今日はさすがに三が日の人ごみはなくなりましたが、やはり人気の神社。普段の週末と比べるとけっこうな混み具合。仲見世をひやかすにも、人の流れを乱す感じでちょっと苦労がいりました。

子供の頃から、ここに来るとなんだかほっとします。いつもの居場所、とでもいった感覚でしょうか。正月らしさもやはりここが一番感じられます。子供の頃と大きく変わった点といえば、そこかしこで中国語や韓国語が聞こえるようになったことでしょうか。本当にアジアからの観光客が増えましたね。

お参りをすませて浅草公会堂の方に抜け、これまた定番の舟和の「芋ようかん」を購入。この味、大好き。芋の味をシンプルに、でも丁寧に引き出した独特の甘さがいいんです。亀戸の船橋屋「くず餅」とともに、「下町のお菓子、どうでェ!」ってなんとなく人に勧めたくなるんですよね。

少し周辺をぶらぶらして帰ってきました。東京は冬晴れのすばらしい天気で、隅田川もきらきらと冬の陽光に輝いて静かな美しさ。ちょっと寒いけど、散歩にはうってつけ。別に何か特別なことがあったわけではありませんが、なんとなく幸せな気分です。

悔しい!

2006-01-06 | つれづれ
いや、いきなり「悔しい!」なんて言っても何の事やらでしょう。でも、「悔しい!」。

自分の不注意が招いた結果とは分かっているのですが、それでも自分のアホさ加減が悔しい。自分の注意力のなさがふがいない。ほんと、いつもこうした場面では「ああ、ああしていればよかったのに」「時間を1分でも戻せたら」などと思ってしまうんですよね。

ちなみに人に恨みをいだくようなこととか、仕事上で大きなミスをしたとか、ではありません。ご心配なく。あくまで趣味、遊び面での失敗、悔しさですので。まあ他愛無いといえば他愛無い話ですから。でも、たとえ趣味でも、誰に迷惑がかかる訳でもないことでも、自分が納得できないことってあるじゃないですか。納得できない結果を招いた事が悔しいんですよ。

ぼかして書くから何を言っているかさっぱりでしょうね。ここまで読んでくれた方、ごめんなさい。今日はほんとに自分に向けて書いてるようなものですから。まずは注意。でも慎重になりすぎてはイケマセン。

「相剋の森」

2006-01-05 | 
今年最初の本の感想は、熊谷達也さんの「相剋の森」です。

熊谷さんといえば、大正期のマタギの青年の波乱の人生を描いた、直木賞の「邂逅の森」がすばらしい作品。昨年のブログ開始前に読んでいたので紹介文を書いていないのですが、昨年最も印象に残る小説でした。狩猟の場面などは息がつけないほどの描写。人間という存在が自然の一部であると同時に、時に自然とむき出しで対峙しなければならない存在であることがひしひしと感じられます。重厚ながら一気に読める作品でした。

今回の「相剋の森」は「邂逅の森」の現代版。「自然との共存」と単純にいうが、その実態をどこまでしっかり認識して言葉を口にしているのか。最初は「現在、クマを食用に穫ることなんて反対」と考えていた一人の女性ライターの目を通しながら、やはりマタギを中心に描いていきます。

最近の「駆除か保護か」議論などはとても勉強になるのですが、残念ながら、「邂逅」に比べると軽い感じがするのと、挿入される恋愛話などがあまり効果的にならずかえって文章を散漫にしまっている印象が残りました。「自然との共生」という問題を考える上での課題整理テキストとしては有用です。「邂逅」を読まずにいたらまずまずの水準と思ったかもしれません。

期待度が高かった分、ちょっと残念といったところでしょうか。ただ間違いなく「熊がかわいそう」なんていうおためごかし、都会人の妄想・身勝手がいかにくだらない言い分であるかが徹底して描かれていますので、「自然保護派」には必読の書でしょう。

仕事始めとケーキ

2006-01-04 | 
きょうは仕事始め。

久しぶりの自転車通勤。まだまだ車の少ない都心の道路を走るのは気分がよかった。

でも、仕事はそれこそ「正月気分がぬけない」状態。まだ休みたい、というのが正直なところでした。

だから、というわけではありませんが、ちょっとケーキに手が伸びました(どういう因果関係なのでしょう?)。

「C3(Cキューブ)」のケーキ。芦屋に本店があるケーキ屋さんですが、見た目がおしゃれなうえ、一個がそこそこ大きくてうれしい。「上品」すぎて食べた気がしないケーキって最近、よくありますからね。で、味のほうも文句なくおいしいんです。好みの味。フルーツをたくさん使っているのが特色という点では千疋屋に似ていますが、味はフルーツよりもクリームが中心。生クリームはさっぱりとしています。

というわけで(?)複数に手が伸びるんですよね。正月太りがいつになったら解消するのやら…

正月らしさ

2006-01-03 | つれづれ
オジくさい言い方ですが、正月らしさが年々なくなってさびしい限り。

晴れ着をみることはほとんどないし、スーパーなど元日から営業しているところも多く、なんだか普段の休みとあまり変わりない。東京は人と車が少ないという点が日ごろと違う点でしょうか。

いつごろからかなあ、と記憶をたどるとなんとなくバブルの少し前、いまから20年ほど前に記憶が向かいます。コンビニやチェーン展開の店がそこここにでき、「24時間動く街」が当たり前に日常の中に入り込んだころでしょうか。

ハレの日という感覚が薄れてしまった。毎日がお祭り。これっていいことなのかどうか。日常を黙々と静かにこなし、時に(祭りや正月といったハレの時に)羽目をはずして楽しむ。メリハリがあったほうが地に足がついた生活が送れるような気がするのですが、オジの戯言の類でしょうか。

正月気分をいつまでも引きずるな、と昔はよくいわれたものですが、正月と日常の境目が薄れたいまは、毎日がお正月みたいなもの。気分の転換点がはっきりしない。

ちょっと話がそれますが、騒々しいテレビ番組も境目がないですよね。いまは日ごろから「芸NO人」が群れて空疎な笑いもどきを振りまいて騒がしくしている番組が目立ちますが、以前は正月ぐらいだったでしょう。顔見世、群れて笑いをとるというのは。記憶が都合よく修正されているのかな?

閑話休題。ローソンが24時間店舗を今年から減らす方針を打ち出していますが、賛成です。もともとの「セブンイレブン」(朝7時から夜11時まで)で十分。なにも夜中じゅうそこかしこで店が開いている必要などない。時間、季節感、生活のメリハリを少しでも取り戻すきっかけになるといいなと思います。

スローライフ、LOHAS。言葉はどうあれ、ゆとりある生活の基本はまずは季節感からだと思っています。「時間泥棒」から時間を取り戻したいものです。身近なところで、できることを実践していきたいと思います。

おみくじ

2006-01-02 | つれづれ
初詣は行かれましたか? 私は例年のごとく実家近くの神社にお参りです。

これまた例年のごとく「おみくじ」を引きました。末吉。まあたぶん「凶」をおいていないと思われる神社なので末等といったところでしょうか。

でも内容(いろいろ書いてる事)が今回はとても気に入って気分がいい。ま、細かい事は内緒。こういうのって、信じたいときに信じたい部分を信じればいいと思うので、まあだいたい何が出ても、毎年納得して気分よく過ごすんですけどね。あまり神経質になると、ちょっとアブナイから。

以前、浅草の観音さんでおみくじをひいたら凶が出たことがありました。あまりいい気分ではなかったので、もう一度引いたら続けて凶が…さすがに、もう一度引いてまた凶だったら、と思うと怖くて三度目に挑戦はしませんでしたけど。

浅草寺はその後もなんどかおみくじを引いていますが、よく出るんです「凶」が。まあ、あまり気にしないで「いまがボトムだ。これからはよくなるんだ」と思うようにして、続けて引くことはしなくなりました。さて、みなさんの今年の運勢は?

おめでとう

2006-01-01 | つれづれ
新年あけましておめでとうございます!

今日はモブログなので短め。万葉集から、正月といえば有名なこの一首です。

新しき としの始めの 初春の 今日降る雪の いや重け 吉事

大伴家持の歌。みなさま、今年もよろしく。