サーバー用のOSとして、UNIX系のOSが使われることが多い。
パソコンOSもUNIXの機能を真似していたり、影響を受けていたりする。
そんなUNIXを開発したのがケン・トンプソンだ。
トンプソンはATTのベル研究所に勤務していた。
ベル研究所では新しいOSの研究開発が進んでいた。
Multicsと呼ばれる、極めて先進的なOSが完成する。
だが、あまりの多機能だったため、パフォーマンスが悪く、当時は使い物にならなかった。
ベル研究所がMultics開発から脱落した頃、
トンプソンはIBMのコンピュータ上で動くSpace Travelというゲームにはまっていた。
しかし、このゲームを行うためのコンピュータ使用料が馬鹿にならなかった。
トンプソンは課金を心配せずにゲームを存分に楽しみたいと考えた。
ちょうどベル研究所で、DEC社のコンピュータが、使われずに放置されていた。
トンプソンはこのマシンで、ゲームができないかと考える。
ゲームソフトを動かすための、OSを作り始めた。
Multicsが持つ多機能のうち、ゲームソフト稼動に必要な機能だけを取り出し、
UNIXを生み出す。
これがかえって、実用的なOSとなってしまったのだ。
考えてみて欲しい。
あなたが今日、行わなくてはならないことをリストアップしたら10あったとする。
そのうち優先度の高い2つだけを実行しよう。
他の8つは実行しなくても、あなたは8割、成功するだろう。
世の中、完璧を求めてはならない。
優先度の高いものだけを実現するだけで、ほぼ満足できる結果が生まれるわけだ。
しかも努力に対する成功度の効率は非常に高い。
さらにトンプソンはUNIXのソースコードを大学の学生たちに自由に改変することを許可した。
学生たちは、次々とUNIXに新機能や改良を加えた。
オープンな雰囲気のもと、UNIXは発展する。
UNIXの有用性に気付いたATTは、一時オープン化を止め、ソースの非公開に踏み切る。
だが、一度、オープン文化を味わったUNIXは、次々、亜流を生み出していった。
UNIXが大企業や公共機関が使用するメインフレームに搭載されてはいても、
UNIXの公式マニュアルの重要な1章はゲームについてである。
これが、UNIXの文化なのだ。
パソコンOSもUNIXの機能を真似していたり、影響を受けていたりする。
そんなUNIXを開発したのがケン・トンプソンだ。
トンプソンはATTのベル研究所に勤務していた。
ベル研究所では新しいOSの研究開発が進んでいた。
Multicsと呼ばれる、極めて先進的なOSが完成する。
だが、あまりの多機能だったため、パフォーマンスが悪く、当時は使い物にならなかった。
ベル研究所がMultics開発から脱落した頃、
トンプソンはIBMのコンピュータ上で動くSpace Travelというゲームにはまっていた。
しかし、このゲームを行うためのコンピュータ使用料が馬鹿にならなかった。
トンプソンは課金を心配せずにゲームを存分に楽しみたいと考えた。
ちょうどベル研究所で、DEC社のコンピュータが、使われずに放置されていた。
トンプソンはこのマシンで、ゲームができないかと考える。
ゲームソフトを動かすための、OSを作り始めた。
Multicsが持つ多機能のうち、ゲームソフト稼動に必要な機能だけを取り出し、
UNIXを生み出す。
これがかえって、実用的なOSとなってしまったのだ。
考えてみて欲しい。
あなたが今日、行わなくてはならないことをリストアップしたら10あったとする。
そのうち優先度の高い2つだけを実行しよう。
他の8つは実行しなくても、あなたは8割、成功するだろう。
世の中、完璧を求めてはならない。
優先度の高いものだけを実現するだけで、ほぼ満足できる結果が生まれるわけだ。
しかも努力に対する成功度の効率は非常に高い。
さらにトンプソンはUNIXのソースコードを大学の学生たちに自由に改変することを許可した。
学生たちは、次々とUNIXに新機能や改良を加えた。
オープンな雰囲気のもと、UNIXは発展する。
UNIXの有用性に気付いたATTは、一時オープン化を止め、ソースの非公開に踏み切る。
だが、一度、オープン文化を味わったUNIXは、次々、亜流を生み出していった。
UNIXが大企業や公共機関が使用するメインフレームに搭載されてはいても、
UNIXの公式マニュアルの重要な1章はゲームについてである。
これが、UNIXの文化なのだ。
ケン・トンプソンやリッチー、カーニハンのUnixとC言語の開発の動機や時期に関しては諸説あり、ゲームがしたいからというのもまたその一説のうちの一つですね。
ちなみに、ソースコードの改変許可は、当時の独占禁止法のおかげでAT&Tが商品化できず、雀の涙同然の金額で各教育機関等に配布され、それが元でBSDが誕生する切っ掛けにもなりました。AT&Tとベル研の分割後にやっとUnixは商品化されましたが、それを切っ掛けにプロプライエタリなOSとなってます。
ソースの公開、非公開に関しては初期の主要開発者及びAT&Tの思惑はあまり関係はないです。独禁法さえなければ最初から非公開になってしかるべきものでしたから。
UNIXの開発動機がゲームというお話はとても興味深かったです。
コンピュータの深い知識や文化に造詣があるわけでなないですが
遊び心が技術を引っ張るのもいいものですね。
そういう意味ではLonghornを開発者の単なる自己満足と切って捨てるのは
考え直したほうがいいのではと思いました。
LinuxやMacOSXやSolaris10のニュースでUNIX系のOSに
興味を持ち始めたので少しずつではありますが勉強してみようと思います。
詳しいコメントありがとうございます。
ATTが通信業務以外の分野に参入できるようになってから、UNIXのライセンスが厳しくなって、自由な改変が難しい時期があったわけですね。
>るびさん
実は私も詳しくありません。
何冊かの本の受け売りで、面白かったことを簡単にまとめている状態なのかも。
自分でプログラムを作れるようになって
楽しかった。
世の中にもっとフリーのソフトが増えて欲しいものですね。
私はプログラマではなく、ネットワークエンジニア
なので、サーバ用のOSとしてUNIXを利用することが
多いのですが、機能や安定性はもちろんの事、その
文化と歴史的背景に惹かれます。
FreeBSDで育った私はLinuxが普及しているのを
横目で見ておりますが、もともとの文化というか
そういう物は大事に引き継いで欲しいと願って
おります。
C言語の生みの親、デニス・リッチーさんの文章のようです。
英語がちんぷんかんぷんなんで、内容はよくわかりません。
間違っていたら、ごめんなさい。
・ケン・トンプソンが ゲーム Space Travel を開発した???
・GE645上でゲームをすると、75ドル/分もかかった・・???
・ Space Travel 使用者不在のPDP-7に移植しようと考えたのは、この問題を解決するためだったと推測される・・・???
とか何とか・・・書いてあるよね?