落ち武者

昨日まで、長瀞の宝登山神社にて
「社宝展」を開催していました。
セラヴィのお客様も多数行かれた事と思います。
見事な名刀が並びましたが・・・
管理人には実は良く分かりませんでした^_^;

ただ刀の美しさ等を見せてもらいました。
年代順に並んでいましたが
江戸末期になると刀は
刃の部分も握りの部分も
さやの部分も実に芸術的になります。
すみません。
説明書があったのですが今手元になく
正しい名称がわかりませんので、
自分勝手な呼び方です。

細工も美しかったです。
この時代の工芸・美術品は
管理人の一番好きな時代のものです。
戦いも終わり、
日本の雅の技と技術がびっしり詰まってます。

刀本来の価値より
芸術的な観点しか見られませんでしたが
実に堪能しました。

そこには変った兜や鎧が飾ってありました。
これもまた美しく
持ち主の方のお話では
「もう250年以上経っているのだから
手に入った時はこの鎧も、ボロボロだったけれど
昔のままの補修を繰り返し
購入した時と同じ位掛かってしまったが
これでまた後世にに残せる」とおしゃってました。
素晴らしい!!!

お金に余裕のある方には
是非こういったお金の使い方をして頂きたいと思いました。
新たなものを作り出すことも大事ですが
昔の日本の伝統美を守り続けることもとても大切と思います。
新しいものは何時でも出来るけれど
守るということは
今しか出来ないこともありますから・・・

一日限定一人の兜と鎧を着用の幸運を得ました。

そこで髪の長い管理人は
鎧と兜を付けてもらいました。
正しく「落ち武者」のようでした。

昔のものは魂が入っていて
いやだという方もいらっしゃいます。
実は私も、そんな部類ですが
好奇心がどうしても先にたって・・・^_^;

着てみるとなんともなんとも良いのです。
体中が熱くなるような感動です!!
これが本当に癖になりそうです。
なんだろう?
上手く言葉に出来ないのだけど
いにしえの方との出会いみたいな(#^.^#)

身体を包むというものは
かなりのインパクトがあります。
タイムスリップした
気持ち一杯の管理人に
奇しくも神社の境内では
七五三姿が多い日曜日・・・
一言
「大人の七五三だなぁ」
などとずばり言われてました^_^;
まあ人の言葉なぞ
気にする間もないほど
心が震えて興奮してました。

昔の武士は丁度管理人くらいの大きさだったと思われます。
太さは別ですが・・・
あつらえたかのように
ぴったりと身体に馴染みました。

昔、管理人は、なぎなたをしていたのですが
着て見て分かるのは
その時の胴着より動きやすく大変快適でした。
何故なら鎧は
浮かせて腰で一度縛ります。
鎧の重みは肩ではなく
安定した腰に行きます。
肩が鎧の中で自由に動くことと
このフィット感に感動しました。

兜は流石に重くてバランスを崩すと
右に左に・・
首の筋力のなさを痛感します。
やはり女性ですね^_^;

兜は初め顎の下で縛ったのですが
本当は顎の所で縛るのだよと言われ
ぜひに、その通りお願いしますと言って
顎の所で縛って頂きました。
250年前、そのままの絹が
きゅっとよく締まる。
一気に頭の兜が安定したのが分かりました。

脱ぐのが残念だったのですが
そうも行かず
写真を取ってもらい皆さんの手前
さっさと脱ぎました。

なんだろう?
こんな怖がりが
本当に感動・快感でした。
気持ち悪いなんて感じが微塵もしませんでした。

良きお人が
この鎧兜を付けておいでだったのでしょう。

もしや、この持ち主は、前世の私だったりしたのでは?
もしや、この持ち主は、前世の私の恋人だったりしたのでは?
それが本当ならば
このいにしえの時間を経て
私はこの鎧兜の中に身を置いていたのです。
・・・・・等などと・・
また空想好きの管理人は
いにしえの時に想いを馳せました。

鎧の中に入った人は
今の私達と変らぬ多くの想いを持った人間。
怨念や執念、未練・・それらばかりの想いではなく。
戦いの裏側には多くの人間らしい
暖かな想いも埋もれていたはずです。
何の為の戦いだったのか?
大切なものを守る為の戦いならば
またその裏の想いに思いが重なり合います。

とにかく気の合った鎧でした。
ほつれた錦糸の一本まで
愛おしく感じたのは
もしかしたら
管理人の前世は
この鎧を想いを込めて作った側の人だったのかしら・・

それにしてもあの快感は、
間違いなく、
あの鎧とは
前世までさかのぼり、
何処かできっと良い時を過したお方のものだと
信じてやみませんでした。










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