MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルツウ-6-2

2010-05-30 | オリジナル小説


「ちょっと待ちなさいよ。」
香奈恵が声をかけた。
廃屋のドアに手をかけていた飯田美咲は振り返る。ニコリと笑った。
「香奈恵ちゃん、来てくれたんだ。」
「なれなれしく呼ばないで。」何がカナエちゃんだ。心中ふつふつと煮え立つマグマと化した香奈恵の声は押さえようもなくいらだった。
「さっきからずっと付けて来たんだからね。あんたがコソコソ出て行くのを私は見てたのよ。」
「ふ~ん。あんたって・・・」美咲の笑みは媚を含んで例えようもなく美しい。今の香奈恵には嫌悪を呼び覚ますだけだが。「お父さんとお母さんの欠点を見事に引き継いでいるのねぇ。カッとすると回りが見えなくなってしまうわけだ。勇気があると言えば聞こえがいいけど、ただの単細胞の無鉄砲とも言えるわねぇ。」
言いながら、木製のでかいドアを軽々と美咲は開く。
昨日、ジンとガンタが開けようとしても・・男二人がかりでも開かなかった扉。そんな違和感が香奈恵の心にポコリと澱のように浮かんだが、残念なことにすぐに滾るマグマの底に沈んでしまった。
「・・・知ってたよ。」開いたドアに凭れて美咲は微笑む。「あんたがあたいを付けてることぐらい。・・・入ったら。」
始めて香奈恵の心に葛藤が産まれた。たった1人で美咲を追って、誰にも言わずにここまで来た事。そして何より、夢で見たこの場所、この屋敷。
後を付けている間は、美咲がここへ向かってることになんの不信も抱かなかった。むしろ、自分の予感が当たっていけばいくほど凶暴な興奮を覚えていた香奈恵だった。それは考えて見るとおかしなことではないのか。危険なことではなかったのだろうか。立ちすくむ蒼白の顔に、美咲が嘲るように言葉を投げる。
「怖いの?」
「怖くなんかないわ。」そう言ったが足が動かなかった。躊躇うのは本能だ。
「そうぉ?そうは見えないけど。」その本能を玩ぶように喉の奥で笑う。
「恐がりさん、いらっしゃいよ。中に真由美さんもいるわよ。」
「真由美さんが?!」やっぱりと香奈恵は思う。夢は当たっていた。でも・・・。
「大丈夫。誰もいやしないわよ。」美咲は導くように足を一歩、中に引いた。
「あたいと真由美さんしかいないよ。」
「・・・あんたが真由美さんを隠していたってこと? なんで・・どうしてこんなことするの?」
「あんたの思った通り。あたいは真由美さんが嫌いだから、懲らしめてやりたかったのよ。」美咲は本当におかしそうに笑い出す。
「なんてね!あたいと真由美さんがグルだったとしたら? 」
「・・・おかげで私のママが疑われたのよ!」押さえに押さえた声が爆発する。
「あたいと真由美さん、二人でしめし合わせてあんたのママを陥れるのが目的・・なんて言うのもどう?だって、まったくその通りになったでしょ?ね?」
見つめる美咲の顔は涼しいままだ。
「そんなに怒らないでよ。いいから。入りなよ。話すからさ。」
美咲が身を引くと薄暗い入り口だけがポッカリと目に入った。あそこに入っていいのだろうか。今なら戻って誰かを呼んで戻って来れる。国道まで行けば誰かしら捜索隊がいるはずだ。香奈恵は2階の窓に蜘蛛の巣のようにヒビが走る不気味な廃屋を見上げた。時刻はまだ昼前。庭にはふんだんに太陽の光が注ぎ、そよ風がふわりと頬を撫でる。こんなに明るいんだもの大丈夫かもしれない。
その時、中で美咲の反響する声がした。
「真由美さん、大丈夫だった?香奈恵ちゃんが来たわ。もう、全部ばれちゃったみたいよ。あきらめるしかないわね。」
はっきりとしないが誰か女の声が答えるのがわかった。真由美さん?
「そう、もうダメよ。お遊びはお終いにしましょ。」
そう続けると美咲の声がこちらに向く。
「香奈恵ちゃん、来てよ。真由美さんが全部、説明するから。」
その声で決意が決まった。
廃屋の入り口へと香奈恵は1歩を踏み出した。



まさに間一発。
香奈恵の姿が廃屋に消えてからいくらもしないうちに、人影が屋敷を見下ろす細い坂道に現れた。
ガンタとジンである。
ここのところの訪問客の多さに埋もれかけていた道がずいぶんはっきりとしたようだ。二人は足を止めて樫の巨木に後ろから押しつぶされているようにも見えるその家の残骸を見つめた。ジンが空気の匂いを嗅ぐ。
「なんだか、荒れているな。」
「見りゃわかる、廃屋だもの。」ジンはガンタを横目で見た。
「そういう意味じゃないさ。空気だ。いや、空気というか・・」
(ドラコも賛成するにょ。空間が変にょ。この間よりさらに変にょ。)
また次元の話かよと、ガンタはため息を付いた。
同じ次元生物?同士、仲のいいこって。
「そう、次元って言えばわかるかい。なんか断層が出来てる感じさ。」
ジンは草木が茂りっぱなしでそんな意味でも荒れているエントランスに降り立つ。
「どこに巣食っていやがるのかな・・・ここの持ち主さんは。」
「まったく、悪魔にも縄張りがあるなんて。お前らは野生動物か。」
「魔族に縄張りがあって何が悪い。もっとも縄張り意識が強いのは人間だろさ。」
ジンがそう言った時だった。どこかで声がした。
「あれ?」ガンタも耳をすます。「子供?」
(ガンちゃん、何か変にょ。気を付けるにょ。)
「この間も・・・誰かいるような感じで、ここって気味が悪いよな。」
ガンタの隣で硬直しているジンを振り返る。
「渡?」ジンが目を見開く。
「渡のわけないだろ。」ガンタは即座に否定したが、その時確かにどこかで複数の子供の声が響いた。「ん?」
「渡の声だ!間違いない。」
棒を投げ捨て、足を速めるジンの後を棒を拾い追いかける。
「渡のわけないぞ。だって、あいつらは今、学校だもの。ここに絶対にいるもんか。」しかし念の為『ドラコ、ちょっと見て来てくれ。』(お茶の子にょ!)ドラコが意識の範囲から身を翻して消える。ガンタはジンの腕を引くが悪魔は歩みを止めない。
「おい、見ろ!」ジンが叫ぶ。「正面ドアが開いてやがる。」
「本当だ。」ガンタも引きずられるままに続く。反響して割れた声は尚も近くなる。言葉は聞き取れない。
「声がするのはこの家の中だ。」
「まあ、ちょっと待てって。」
ガンタは2本の棒を前方に突き立てて、ありったけの力でジンを引き止めた。
屋根の残る玄関先で辛うじて二人は踏みとどまる。
「話を聞け。渡とユリは学校だ。今、俺の相棒が確かめに行っている。」
落ち着けと言われてジンは呼吸を整えた。悪魔のレーダーと言われる感覚を研ぎすます。このレーダーには欠点があって、実体を持った肉に隠れている間は実体がない時より働きが鈍い。それでも人間の超能力よりも何倍も強い。それによりジンには館の中の空間に闇が坩堝のように渦巻いているのがわかった。
暗い重い波長にびっしりと満たされている。怨念や憎悪といったマイナスに満ちた
危険な場所。普通の人間にはなんらかの影響がでないはずはない。過度に敏感な者ならば、気が狂ってしまうかもしれなかった。
・・・そんな中に紛れもない気配。ジンには忘れようにも忘れられない長年なじんだある魂の放つ息吹。間違えるわけがない。
中にいる、俺の唯一無二のとジンは確信した。
「まちがいない、渡は中にいる!」低い声が凶暴に高まる。「俺にはわかる。」
ジンはガンタを振り返った。「ここは危険だ。渡は俺が連れ出す、お前は中に入るな。」「おい、そう逸るな。今にももう知らせが戻るから。」
「待ってられるか!」渡が・・大事な獲物が確かに中にいるのだ。もしもまた、死んでしまったら!。長年の染み付いた保護者意識。ジンは焦りは頂点に達する。
「おい!待て!」ジンがガンタを振り払う。そして声を限りに叫ぶ。「渡!」
(ガンちゃん、渡達は大丈夫にょ)ジンが飛び込むのとほぼ同時館の中から悲鳴。
「香奈恵!?」咄嗟だった。
『ドラコ、中へ!』
そして、ガンタも開け放たれた玄関ドアから建物内へと飛び込んだ。


溺れる!と思った。香奈恵には何が起こったか、わからない。

真由美がいると誘われた部屋はへんてこな部屋だった。見た事もない。あの夢のように歪んでいる。そして真由美さんは確かにいた。大きな鍋の縁に。
背の高い鍋の中味は香奈恵には見えないが、何があるのか光は鍋の中から差しているようである。強くはないがほのかな灯りの中に真由美の伏せた青ざめた顔が闇に浮き上がっていた。その鍋の縁に危うくも真由美は座っているのだ。『竹本』の浴衣を着たままで。夢とは違って、裸体ではないのでほっとする。しかし。
本当に、真由美さん?と香奈恵は思う。真由美さんのような真由美さんじゃないような。ぼんやりと憂いを含んだ、かつて香奈恵が平凡と評した顔は・・美しかった。
それにこんな巨大な壷のような鍋は昨日はここにはなかった。大きな玄関は薄暗く、とにかく暗い。大きな穴蔵のように。そして饐えたような不快な匂いがする。
「真由美さん?」美咲はどこへ消えたのか。香奈恵は真由美に恐る恐る近づいた。
「どうして・・・いえ、それよりも、帰りましょう。みんな心配しています。私の父も。」真由美の顔が僅かにこちらを向いた。その表情は・・・おかしい?
薬でも飲まされてるのか?。香奈恵は逸る心を抑えて、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「そんなところに乗ってたらあぶないですよ・・・もしも落ちたら・・・」
辺りを見渡すが足がかりがない。1人でどうやってあそこにあがったのだろう?。
香奈恵は真由美を見上げながら、言葉に力を込める。
「私の父親、あなたの旦那さんです。鈴木誠二、ここに来てるんですよ。」誠二と聞いて真由美の唇が動く。言葉は聞こえない。香奈恵はさらに近づく。
「あなたの大事な赤ちゃんのお父さんです・・・心配しています。」そして私の母があなたをどうにかしたんではないかと疑われているのですよ、と言葉を飲み込む。
「ダメだわ・・・」
おっかなびっくり鍋の肌にまで顔を寄せるとやっと真由美の声が届いた。鍋の肌はゴツゴツとして冷たい。何かが足に当たる。足場が悪い。足下に目をやるが暗くてよく判読できない。薪だろうか・・・白い棒が散乱している。それに何の匂いなのか、嫌な匂いがますます強くきつくなって行く。思わず口元と鼻に手を当てながらも、耳をすまし声を聞き取ろうとした。
「行けない・・・」「なんですって?」思わず、顔を顰めて聞き返す。
「だって・・私の大切な人は・・・まだここにいるもの・・・この中に・・・」
「何、言ってるんですか。」香奈恵は呆然とする。つい抑制が外れる。
「真由美さん、正気に戻って!お願いだから・・・!」
その時、後方の空気が激しくかき乱された。
「渡!」振り返った香奈恵は固まる。
これではまさに、あの夢と一緒ではないか!
ジンが立っていた。言葉を失った香奈恵は恐怖でパニックを起こしかけた。これって、デジャブー?真由美さんが襲われる?真由美さんを守らなくてはいけないのかしら、私?。香奈恵は無意識に垂れ下がる真由美の裸足の足に寄り添った。
神興一郎は真由美の前に立つ香奈恵なんか、まったく眼中にないようだった。
状況を把握するや、一足飛びに真由美に向かってやってきた。
「渡!あぶない!そこから離れろ!」
「渡?」何かがおかしい。香奈恵はジンと真由美の間に飛び出した。
「何言ってるんです?ジンさん!」「放せ!」「ジンさん、これは渡じゃないでしょ!真由美さんでしょ!」「うるさいっ!」ものすごい力だったジンは香奈恵を引きずりながら、真由美の足を掴んだ。その瞬間、真由美の体は大きく傾ぎ、後ろ向きに鍋の中に転落した。「渡!」「真由美さん!」香奈恵も真由美の足を掴み、引き戻そうとする。二人の注意が完全に鍋の中だけに向いたその時、何かが淀んだ空気を裂いてジンの頭蓋骨にめり込んだ。不可解な鈍い音に振り返った香奈恵はありったけの悲鳴をあげざるを得ない。男の首があり得ない方向に曲がっていたからだ。頸椎を損傷したジン、魔族であるデモンバルグは構わずにまがった首を振り向けた。傾斜の付いた視界いっぱいに満ちた黒い影をジンは認める。香奈恵も闇の中に黒い女の影を認めた。それが飯田美咲ではないことはわかった。獣のように闇に光る眼?
咄嗟にジンの警鐘が鳴る。しかし、渡。渡を助けなければ!・・・という思いはあまりに強い。その想いに邪魔されたデモンバルグは最後の反撃のチャンスを失ったのだった。悪魔にも油断があり、思い込みがあるのだった。デモンバルグの躊躇、その判断ミスを敵は見逃さない。
「たばかられたな、デモンバルグ!」黒皇女が体一杯に含んだ邪気が二人に放たれた。長年の経験から人間じみてしまったジンの本能が思わず、香奈恵を体の下に庇った。黒く密度の濃い邪気、重い風に二人の体はたちまち縁まで浮き上がった。
「昔の借りを返させてもらうよ!」皇女の体は空間一杯に広がったまま、バランスを失った二人に蓋のように覆いかぶさる。
「バカめが!、今度こそ、地獄に堕ちるがいい。」
そして、二人は折り重なって鍋の中へ落ちた。

溺れる!香奈恵は思った。ドロドロとした水のような固まりに身体が飲み込まれようとした瞬間、何かが香奈恵の腕の中にスルリと滑り込んでいったが無我夢中で気が付かない。視界の全方向を無数の泡が辺りを包む。神興一郎とも手が離れ、二人はバラバラになっていた。ひたすらもがきながら、香奈恵は遠ざかる鍋の口を見上げていた。ぽっかりと開いた窓のように見える、暗い海の底から見上げるような穴の口に見覚えのない女の影がふたつ。1人は・・・飯田美咲?もう一人は黒い顔に黒い歯を見せて笑っていた。手には白い棒のようなものを振りかざしていた。
「デモンバルグ、お前がこの混沌の中で生き延びられるのかどうか、見せてもらおうじゃないか!その身体の中にいる間は大丈夫だろうよ。でも、どうだろうね。その体はもうすぐダメになるだろう・・・死んだ体は沈むばっかりだよ。溶けるのが怖かったらずっと沈んだままさ。」黒皇女は高らかに叫ぶ。側に寄り添う女。
あれは、飯田美咲・・・なぜ?わけがわからない。唖然としたまま香奈恵は沈む。
「悪いね、デモンバルグ。好いた恨みってやつなんだよ。叶わぬ恋なら、いっそ混沌の中で溶けてしまうがいいさ。あたいもいい加減、恥をかかされたからね。」
美咲の顔をした女の声は香奈恵だけに寄り添う。
「しばらく、そこで眠んなよ。そいつが沈んじまったら引き上げてあげるからさ。」
闇雲にあがく香奈恵の耳朶を声が噛んだ。身体が痺れて、動かなくなる。
「約束したろ?あたいがじっくりとかわいがってやるよ。お前の初夜はあたいのものだからね。」不愉快な陶酔と恐怖に香奈恵は突き動かされて再び、もがき出す。
その時。
(いたずらに動かない方がいいと思うにょ)
声がすると、身体が下から持ち上げられた。突然出現した足場に驚いた香奈恵は自分の両足が巨大な蛇の身体の上にあることに気が付いた。
(怖がらなければ、ここは呼吸もできると思うのにょ。)
何これ?これも夢の続き?香奈恵は不思議なドラゴンのような、鯉のぼりのような、ウーパールーパーのような顔を見つめていた。
(香奈恵ちゃん、ドラコにょ。)
『ドラコ・・・?』香奈恵は繰り返す。もうやけっぱちと言ってもいい。頭がおかしくなってしまったのかもしれない。あれも幻、これも幻、すべて幻覚・・・
(幻覚じゃないのにょ。ここは変な空間にょ。本来なら香奈恵ちゃんはドラコが見えるはずないのにょ。ドラコがこの空間にできるだけ合わせてもにょ、香奈恵ちゃんは見えないドラコの気配しか伝わらないと思ったにょ。でも、香奈恵ちゃんの網膜でも実体化できたみたいにょ。)
香奈恵はひたすらこれは夢だ、夢だと頭の中で何度も繰り返している。
(そんな風に現実から逃げたら、あいつらの思う壷だと思うのにょ。意識を失ったら最期にょ、がんばるのにょ香奈恵ちゃん。)
ドラコと名乗った大きな鯉のぼりは香奈恵の身体にするすると巻き付くと身体がフラフラと揺れ動かないようにしてくれた。
(深呼吸するにょ)
深呼吸した。「あら。」思わずつぶやく。「本当だ、息ができる。」
(ドラコの言った通りにょ?ドラコはいつでも正しいのにょ。帰ったらガンちゃんに自慢してやるのにょ。)
香奈恵は恐る恐る口を開いた。
「ガンちゃんって・・・ひょっとしてガンタのこと?」
(そうだけど。口は利かない方がいいにょ。心で話すにょ。ここの水をあまり飲み込まない方がいいとドラコは思うにょ)
慌てて口を押さえると、香奈恵は心で話しかけてみる。
『あんた・・・じゃない、ドラコって・・・ガンタと知り合いなの?』
(そうにょ。ほら、いっぱい飲み込むとああなると思うにょ。)
ドラコが尾で示した方向には漂う浴衣を纏った女の体があった。
『鈴木さんっ!』
(意識不明にょ)
ドラコがその方に泳ぎよる。
『そう言えば・・・ジンさんもいたんだけど。』
(それはとりあえず、後回しにするにょ)
『ねぇ・・・デモンバルグって誰?あなたじゃないよね・・』
(ドラコにょ。その話も後にょ)
香奈恵はドラコに掴まりながら手を伸ばし、鈴木真由美の身体を引き寄せた。
『大丈夫?この人、妊娠しているのに』
ウーパールーパーは頭を左右に振った。真由美の体を香奈恵から受け取るとシッポを巻き付け、何枚かのヒレでそっと掴んだ。
(ドラコの勘では大丈夫だと思うにょ。この人にはなんだかわからないけどにょ、何かいいものがついてるみたいなのにゃ。)
確かにこんな状態にあっても真由美の顔はなんだか・・・香奈恵は驚いた。
『この人、光り輝いているわ・・・なんだか、幸せそう・・・』なんで?
『いいものって・・・お腹にいる赤ちゃんのこと?』
(わかんないにょら)
ドラコはそう言うと辺りに頭を巡らせた。複数のヒレが盛んに辺りを掻いている。ゆっくりと回転しているようだ。
(香奈恵が捜してる・・・ジンさんていうのは、あそこにいるにょ)

混沌に落ちたジンの困惑は計りしれない。
ジンは割れた頭に手をやり、肉体の損傷を確認する。
『どういうことだ???』
確かに渡がいたのに。渡・・・あれはまぎれもない渡だった。他の誰かとどうして間違えよう。しかし、やはり・・ここにいるってことは。はめられたのか?
『あいつは確か・・・』ジンは思い出す。
『混沌・・・そうだ。この糞壷にぶち込んでやった女がいたっけ。』
この万物の底に存在する混沌としかいいようのない暗闇の存在を把握していたのは、長い間デモンバルグ一人であった。ジンの獲物に手を出し、獲物の死を招いた魔物にデモンバルグは容赦ない返礼をした。
『あの女、生きていたのか。ってことは・・ここに落ちてもなんとかなるってことか?いや、あの時は突っ込んですぐに出しただけだったか。それでも死んだと思ったのにな。しぶとい野郎だ。隣にいたのはシセリか・・・旅館にいたのはあの女だったのか?あのアマ・・・邪険にする以外にどうしろって言うんだ。』ジンは頭から流れ出す脳漿を手で押さえた。どんな似姿を取っていたとしてもよく見ればすぐにわかったはずだ。渡の側にいれたということだけで、警戒をまったく怠っていた自分を笑った。『このままでは確かに死ぬな。鼓動が止まるのもそう長くない・・・』覚悟を決めて、近づいて来る影をジンは見つめた。
『混沌にすむ魔物か?俺を食いに来たのか・・・?』

この記事についてブログを書く
« スパイラルツウ-6-1 | トップ | スパイラルツウ-6-3 »
最新の画像もっと見る