MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルフォー-15

2017-12-18 | オリジナル小説

落ち行く船の記憶

 

 

船はまっすぐに落ちていく。大地に開いた無数の傷、マグマが真っ赤に吹き出し流れる川。

そこを目指して。稲妻に黒いシルエットを晒して。

女はそれを微動だにせずに見上げている。その目から滂沱のように流れ落ちるのは涙。血の涙だ。女が振り向き何かを言う。少女だ。ユリに似ていると思った、でも雰囲気がまるで違う。気高く近寄りがたい、そして、彼女は激しい怒りを自分に向けて火炎のように吐き出している。

怒りと深い悲しみ。取り返しのつかない、取り返しようのない思い。

女の言葉はこれまで一度も聞いたことがない言語だ。しかし言ってることはわかる。

なぜだか悲しいほどに・・・渡にはわかった。

『わらわと共に・・・命の螺旋に還るがよい』耳元で囁く声。見れば自分の胸には深々と剣のような金属が刺さっている。痛みはない。渡は倒れて行きながら目の前の少女をずっと見ていた。

彼女の目にもう涙はない。

『共に未来永劫、飛び続ける定め』なんど夢で聞いても覚えられない彼の名前を彼女は正確に言った。『さらばじゃ』

愛しい人、この人を手に入れたかった。

幸せにし、いつも笑わせたかったのだ。・・・どこで間違えたのだろう。目の前が次第に暗くなり・・・少女が身をひるがえすのが見える。マグマに身を投げたのだと渡にはわかった。

わかるがどうしようもできない。もう体は動かない。

仰向けに倒れた地面はそれこそ船のように揺れている。引き裂かれる大地の咆哮、空を無数に走る稲妻、空気を震わす雷鳴。だけども自分と彼女が死ねばこの天変地異は終わりを告げるはず。

彼女・・・彼女の名前は・・・アゥエン・・・『唯一無二の巫女』・・いや、違う・・彼女は僕にとって・・・いつだって。

そして・・・渡の目には何も見えなくなる。

ああ、これで良かったと思う。これは罰。罰だから死ぬ。とても・・・心地よい。

 

「渡!」誰かが呼んでいる。呼んで体を揺さぶっている。体が揺れているのはそのせいだった。

「ユリちゃん・・・」渡は頭を横にして目覚まし時計を見た。午前2時ジャスト。よくうなされる時間だ。最近は特に多かった。それも同じ夢・・・

パジャマの首にかけたタオルで渡の額の汗を拭き取ってくれる。

「良かった。また船か?」「ああ・・」それと君によく似た女の子の。船の話は子供の頃にしたことがある。それ以来、ユリはいつも隣に寝に来てくれた。ユリと布団を並べて寝ると夢は見ないから。ユリと渡が中学生になってからは一緒に眠る事はなくなったが、夢はもう見なかった。

ずっと見る事がなかったのだ。大学受験が終わるまで。

「ユリちゃん・・・どこから来たの?」渡は声を潜める。ユリも倣った。

「廊下の窓、鍵がかかってなかったぞ。」「ここ、2階だよ。離れに寝てたんじゃ・・・」

鍵はかかっていたはずと思ったが、ドラコにでも頼めばわけはないだろう。そう思ったが追求はしない。ユリが得意そうにしているからだ。

「ナニ、ユリにかかればわけはない。ちょっと梯子を借りただけだ。」

「危ないよ、女の子が」「女だから梯子を使っちゃいけないなんて言うなら、シドラに言いつけてやるぞ。」

「いや、そうじゃない。そうじゃないって・・・」

声が大きくなり慌てる。隣には両親の寝室があるのだ。笑いを噛み殺した。

「あのさ、夜這いって普通、男がするもんじゃないの?」

「だから、女だからって夜這いをするなっていう理屈はだな・・・」

渡の口がユリの口を塞いでいた。唇を合わせたまま、強く腕を引くとユリはおとなしく渡の布団の上に倒れた。布団から腕を出し、ユリを抱き締める。夜は冷える山間・・・二人の間には布団があるがユリの柔らかい重さが心地よい。

「朝までいてやるぞ。」ユリが囁く。「悪い夢はもう見せない。」

渡が悪い夢を頻繁に見るようになったきっかけをユリは知っているのだ。

その場にいたから。

『あの子供にあったからだ。トヨとかいう・・・あれから渡はおかしい。』

かつて闇を割いて飛んできた魂。渡の体に飛び込んだ魂だ。その魂が魔物を・・・悪魔デモンバルグを呼び込んだ。渡が背負っているものが何なのか、ユリにははっきりとはわからない。

ただ『守ってやるぞ、ユリが。』ずっとそう思ってきた。

あの子供は渡のそれと対になる魂を持っているはずだ。確か、アギュはそう言っていた・・・

「そういえば・・・神さんはどこに行ったのかな。」

雰囲気を壊す、突然の渡のつぶやきにユリはムッとした。

「ユリは知らん。」渡が気にする神恭一郎とはデモンバルグそのものではないか。

「須美江おばさんと旅行だなんて・・・あの二人、結婚するのかな。」

「するもんか。佳奈恵に殺されればいい。」ユリはそっけなく言うと渡の頰に自分の頰を重ねた。デモンバルグがおとなしくデート旅行なんかするわけないとユリは思っている。

悪魔が何かをするといえば、何か理由があるのだ。何か、悪い理由が。

だけども大丈夫だ。そう、ユリは信じている。ユリの父が・・・遺伝子上の父親のアギュレギオンが悪魔の動向を見逃すわけはないのだ。


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