人の世の勝ち負けなどは梅干とらつきようの差ぞとシーツを干しぬ
(栗木京子 虹の力 短歌研究6月号)
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梅干とらっきょうとシーツという日常的な素材で、人生の深遠を詠んだ歌。
わたしも相当負けず嫌いの性格だが、いつの間に世の中はこんなに勝ち負けを言うようになったのだろう。自嘲気味に、私は負け組とか負け犬とか言ってみると、楽になるのだろうか。人それぞれで、負けるが勝ちというんだけどね。
いま読んでいる本は、『「性愛」格差論』斎藤環+酒井順子(中公新書ラクレ)。短歌関係の本を読もうと思いつつ、気分転換に新書を読むのが好きだ。
(栗木京子 虹の力 短歌研究6月号)
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梅干とらっきょうとシーツという日常的な素材で、人生の深遠を詠んだ歌。
わたしも相当負けず嫌いの性格だが、いつの間に世の中はこんなに勝ち負けを言うようになったのだろう。自嘲気味に、私は負け組とか負け犬とか言ってみると、楽になるのだろうか。人それぞれで、負けるが勝ちというんだけどね。
いま読んでいる本は、『「性愛」格差論』斎藤環+酒井順子(中公新書ラクレ)。短歌関係の本を読もうと思いつつ、気分転換に新書を読むのが好きだ。
「負け犬、勝ち犬」というのは、メディアいたずらにが煽っていようにも思えるんです。(酒井さんを批判するわけではありませんが。)
「勝ち・負け」とか聞くと、どうしても、
雨降りの仔犬のやうなひとが好きなのに男はなぜ勝ちたがる
栗木京子『夏のうしろ』
を思い出しちゃいます。
この二首を読むと、栗木さんも、人生においての勝ち・負けのことを深く考えてしまうんだなぁと、しみじみ思いますね。
とても視点のユニークな歌を作られますね。「す」の口をしたきゆふぐれの出だしが一転してくちづけ、梅干に転換するところ・・・私にはない歌のうまさを感じます。
さすがによく勉強しておられます。『夏のうしろ』は一応読みましたが、手元に本がないので、思いつきませんでした。
ohiraさま はじめまして。
他のひとの優れた歌を読んで、何か触発されたら即詠したり、自分の古い歌を思い出したりしています。
「角川短歌」2006年6月号で、森山良太さんがこの歌に反歌されていて、妙に心に残ってしまいました。
以来、「勝ち組、負け組」とかを聞くたびに、心の中でこの歌を唱えています。