私語のなき朝の列車に乗り合はす昨日と違ふあまたの人と
地下茶房の柱時計の鳴りわたり親しかりけり過去とふ時間
化粧せぬきみの母なるやさしさよ若葉の午後はみどりご囲み
子に寄り添ひ昼寝したりきわれと子は同じ寝相をしてゐしといふ
参道をひとはあふれて去年よりわづかに大きな熊手を買ひつ
葉桜のしたを駆けゆく子の背(せな)の見えなくなりぬ見えなくなりぬ
「あはれしづかな」と突然に子はゆふぐれの祈りの言葉のやうにつらねる
ゆふやけて一人遊びを覚えたる子はいつしんに鶴を折るなり
子の放るバトンは秋のあをぞらに弧を描きたり歓声のなか
階段の濡れてゐたれば遠くまで行きたし夏の荷物を置いて
(宇田川寛之 そらみみ いりの舎)
***********************************
宇田川寛之の第一歌集『そらみみ』を読む。
宇田川さんは、短歌人の編集委員として、毎月の雑誌の編集と発行に関わっておられる。ボランティアではあるが、引き受けた限りは全力を尽くすのみであることを教えられた。感謝しています。わたしの歌集を出版するにあたっても大変お世話になった。はじめての歌集ということ。意外な気がするが、自分のことは後回しになってしまうというのが、宇田川さんらしい。
一首目、二首目は三十歳代の歌。都会的な乾いた感じがあって好ましい。三首めは子供さんが生まれたときの歌だろう。みどりごとその母である妻を見る目がやさしい。若葉の午後がなんと爽やかなことか。こうして親となり、家族となっていく。五首目は、歳末に商売繁盛を願ってのことか。「わづかに大き」の慎ましくも希望を抱く感じが良い。
六首目。子どもの成長を、頼もしくも、ちょっとさみしく見る。「見えなくなりぬ」の繰り返しが効果をあげる。七首目。歌人の夫婦の会話に出たのであろう。有名歌を暗唱している子に驚く。あれは祈りの言葉だったんだと気づかされる。
九首目は、一瞬の輝きを短歌として捉えた。
十首目の「夏の荷物」はなんだろう。家族との幸せな生活や充実した仕事があっても、ふと、あてのない旅に出たくなるような心を思う。短歌という枠のなかでの表現を選んだ人は、どこか定型から外れたい気持ちと、収まっていることの安寧の間を、彷徨うものかと感じた。
無名なるわれは無名のまま果てむわづかばかりの悔いを残して
地下茶房の柱時計の鳴りわたり親しかりけり過去とふ時間
化粧せぬきみの母なるやさしさよ若葉の午後はみどりご囲み
子に寄り添ひ昼寝したりきわれと子は同じ寝相をしてゐしといふ
参道をひとはあふれて去年よりわづかに大きな熊手を買ひつ
葉桜のしたを駆けゆく子の背(せな)の見えなくなりぬ見えなくなりぬ
「あはれしづかな」と突然に子はゆふぐれの祈りの言葉のやうにつらねる
ゆふやけて一人遊びを覚えたる子はいつしんに鶴を折るなり
子の放るバトンは秋のあをぞらに弧を描きたり歓声のなか
階段の濡れてゐたれば遠くまで行きたし夏の荷物を置いて
(宇田川寛之 そらみみ いりの舎)
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宇田川寛之の第一歌集『そらみみ』を読む。
宇田川さんは、短歌人の編集委員として、毎月の雑誌の編集と発行に関わっておられる。ボランティアではあるが、引き受けた限りは全力を尽くすのみであることを教えられた。感謝しています。わたしの歌集を出版するにあたっても大変お世話になった。はじめての歌集ということ。意外な気がするが、自分のことは後回しになってしまうというのが、宇田川さんらしい。
一首目、二首目は三十歳代の歌。都会的な乾いた感じがあって好ましい。三首めは子供さんが生まれたときの歌だろう。みどりごとその母である妻を見る目がやさしい。若葉の午後がなんと爽やかなことか。こうして親となり、家族となっていく。五首目は、歳末に商売繁盛を願ってのことか。「わづかに大き」の慎ましくも希望を抱く感じが良い。
六首目。子どもの成長を、頼もしくも、ちょっとさみしく見る。「見えなくなりぬ」の繰り返しが効果をあげる。七首目。歌人の夫婦の会話に出たのであろう。有名歌を暗唱している子に驚く。あれは祈りの言葉だったんだと気づかされる。
九首目は、一瞬の輝きを短歌として捉えた。
十首目の「夏の荷物」はなんだろう。家族との幸せな生活や充実した仕事があっても、ふと、あてのない旅に出たくなるような心を思う。短歌という枠のなかでの表現を選んだ人は、どこか定型から外れたい気持ちと、収まっていることの安寧の間を、彷徨うものかと感じた。
無名なるわれは無名のまま果てむわづかばかりの悔いを残して