気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

蛍ぶくろ 中野昭子 

2011-09-22 00:59:41 | つれづれ
殺してもまた生き返らせるくしやくしやは待つたあかしの鶴にありける

蛍ぶくろのふくろのひとつに灯がともり野戦病院に父生き返る

こんなにも自分投げ出す母をしらぬ死はいま母のすべてとなれば

一張羅をたいせつにしまひ仕舞ひたるままに終はりし八十六歳

白良浜(しららはま)の磯の出で湯にわが頭茂吉の歌の手拭を載す

玩具箱ひつくり返す音がして父の撃たれし日時を知らぬ

待ち草臥れてゐるにはゐるがため息の洩るるはいまだ棒にはあらぬ

機械音痴とわがこと言へば方向はさらに凄いと娘が添へる

物差しを持ちゆきしむすめ五分後に部屋をいでくる巻き尺借りに

三度目も合計あはずげにやげに数字によわき電卓である

(中野昭子 蛍ぶくろ 本阿弥書店)

**********************************

鱧と水仙の同人で、ポトナム編集委員選者の中野昭子氏の第五歌集『蛍ぶくろ』を読む。
集題の『蛍ぶくろ』は、二首目のお父さまの戦争体験の歌から取られている。六首目にもあるように、戦地で撃たれて重大な怪我をされたようだ。その事実を歌にするときに、蛍ぶくろ、玩具箱という具体を入れたことで、歌に膨らみがある。
三首目は、お母さまが亡くなられた瞬間の驚きを詠っている。悲しみが始まる前の死という変化に接した瞬間が表現されていて、いままでにない歌。四首目から、お母さまの人柄が想像できる。娘さんとのやりとりの歌もおもしろい。言い尽くさないことで、余白を読み手に想像させ、じんわり笑わせるユーモアの歌が多く、楽しく読ませていただいた。