気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

場所の記憶 小林幸子 

2009-11-15 01:04:51 | つれづれ
蚕棚の三段ベッド、壁際に立棺のごとき戸棚がならぶ

生き延びて故国に還り指導者となりたる人らの写真が並ぶ

みひらきてなにもみてゐぬ顔写真、収容日、処刑日を記せり

いちまいの写真残りぬ晴着着て楽器かなづるロマの家族の

すずかけやポプラの苗木植ゑたりし囚人たちはみなころされき

人体を杭のかたちにひしひしと詰めたる立牢 たつたまま死ぬ

ひとつだに眼(まなこ)はここに残されず眼鏡とめがねにぶく照り合ふ

ゆるやかに広げありたりにんげんの髪で織られし生成(きなり)の布地

この門を潜りし人らのただひとつの出口でありし煙突が立つ

洋服をきちんとたたみ母と子の入りゆきたり<シャワーを浴びに>

忘れないで下さい ひとりづつふりむきていふ口だけがうかぶ

ここにただ仰ぎてゐたり青空を剥がれつづける場所の記憶を

(小林幸子 場所の記憶 砂子屋書房)

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塔短歌会の小林幸子の第六歌集を読む。
2005年に訪れたベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所、翌年訪れたアウシュビッツ収容所での作品が中心になっている。
単なる旅行詠でない重い内容に心を衝かれる思いで読んだ。ほかにもお孫さんの誕生の歌や、生地である奈良県宇陀郡室生村を訪ねた歌など、惹かれる作品は多かったが、とにかく収容所の一連の衝撃が大きかった。
ここにすべてを載せることはしないが、ぜひこの歌集を手にとって読んでいただきたいと思った。