気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

空合 花山多佳子 

2006-01-15 13:07:48 | つれづれ
こんなところにあつたと言つて家になき大皿取り出す夢の夕餉に

小学校の前を通りて制服の娘(こ)は歩みゆく過去ある感じに

<あの人つて迫力ないね>と子らがささやく<あの人>なればわれは傷つく

会ふたびに<お別れだね>といふ祖母の所作はしだいに歌舞伎めきたる

日曜の昼餉あらねばふたたびを蒲団に入りて子らは眠るも

(花山多佳子 空合)

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図書館から延々と借りているこの歌集をいよいよ返さなければならなくなり、またパラパラめくる。
作者の40代前半の歌集で家族詠が多く、面白い。十代の子供の居る家は、たいてい異なった形のややこしさを抱えている。しかし、礼儀として「あなたのところは安心ね」という会話をしてしまう。私は、子どもたちが20歳をすぎて本当に楽になった。でもこのごろ、あの子たちが何かうまく行かなくなって、また帰ってきたら、困るだろうと不安になる。そうなったら、こちらの生活も変えなければならないだろう。成人した子供に振り回されるのは、よほどのことがない限り不必要である。いまは嵐の前に静けさか、それとも・・・

カレンダーを家族の予定で埋めし日々終はりていまは詳しく知らず
(近藤かすみ)