「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.289 ★ 突然発表された中国人民解放軍の大改革、その詳細とこれまでの経緯 2015年に始まった戦略支援部隊の壮大な実験は失敗したのか 

2024年04月25日 | 日記

JBpress (渡部 悦和:ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、前・陸上自衛隊東部方面総監)

2024年4月23日

中国人民解放軍の軍事演習(2023年4月30日、写真:新華社/アフロ)

 

 筆者にとって驚きのニュースが4月20日付「解放軍報」で報道された。

 中国人民解放軍(=解放軍)の大改革の目玉であった戦略支援部隊が解体され、新たに3つの部隊(情報支援部隊、サイバー空間部隊と軍事宇宙部隊)が編制されるというのだ。

 解放軍の大改革は、習近平主席の肝煎りで2015年末から断行されたものだ。解放軍改革の最大の目的は、腐敗で有名だった解放軍を「戦って、勝つ」軍隊にすることだった。

 習近平主席は改革開始を公表した2015年末時点での評価として、「解放軍は戦えないし、戦っても勝てない軍隊だ」と考えていた。「戦って、勝つ」とは、米軍と戦い、米軍に勝つことだ。

 その大改革から8年しか経過していないのに、早くも改革の目玉=壮大な実験と言われた戦略支援部隊が解体されるというのだ。これは、戦略支援部隊の壮大な実験に無理があったということだ。

 以下、解放軍の2015年の解放軍改革について説明するとともに、その改革がどのように変わるのかを紹介したいと思う。

1 概成したはずだった中央レベルの改革

 2015年末から始まった解放軍改革の「首から上」と呼ばれる「軍中央レベル」の改革は概成したと評価してよい。

 軍中央レベルの改革とは、従来の「7大軍区」を廃止し「5大戦区(戦域軍:Theater Command)」を新編し、陸軍司令部・ロケット軍・戦略支援部隊・統合兵站支援部隊を編成し、腐敗で有名だった中央軍事委員会直属の参謀組織を改革することだ。

 図1は解放軍の改革後の組織図である。

 改革後の解放軍を表現する語句として、「軍委管総、戦区主戦、軍種主建」がキーワードだ。

 つまり、「中央軍事委員会がすべてを管理し(軍委管総)、5つの戦区が作戦を実施し(戦区主戦)、軍種である陸・海・空・ロケット軍は各々の指揮下部隊の戦力開発(部隊の編成装備、訓練など)を担当する(軍種主建)」という意味だ。

図1「改革後の解放軍の組織図」

出典:「China’s Goldwater-Nichols? Assessing PLO Organizational Reforms

 

 改革の目標であった「解放軍の総数230万人を30万人削減して200万人にする」計画は2017年末までの2年をかけて達成された。

 この30万削減のほとんどは陸軍の削減であったが、音楽隊や雑技団などの非戦闘組織の削減も行われた。

 その結果、陸軍は18個集団軍から5個集団軍が削減され、13個集団軍に大幅に縮小された。

 軍種レベルの変更もなされた。

 改革以前には、人民解放軍は陸軍、海軍、空軍の3軍種と第2砲兵で編成されていた。

 解放軍改革により、陸軍司令部、ロケット軍、戦略支援部隊、統合兵站支援部隊が新設された(図1参照)。なお、海軍と空軍に変化はない。

 戦略支援部隊は、陸・海・空軍・ロケット軍と同列の軍種ではなく、独立した職種として中央軍事委員会の直轄組織として戦区を支援する部隊である。

2 世界に類を見ない戦略支援部隊

 戦略支援部隊は今回の軍改革の目玉であり、現代戦に不可欠な情報戦、宇宙戦、サイバー戦、電子戦を一つの組織で面倒を見る世界でも類を見ない部隊だ。

 戦略支援部隊の編成は壮大なる実験と言ってもよい。

 筆者は、「天才でなければ、戦略支援部隊を指揮することはできない」と言ってきた。なぜなら、情報戦、宇宙戦、サイバー戦、電子戦のすべての知識、経験、見識を持っている者などいないと思うからだ。

 戦略支援部隊の基本編成は図2の通りである。参謀部、政治工作部、兵站部、装備部のほかに宇宙システム部とネットワークシステム部がある。

図2「戦略支援部隊の基本編成」

出典:China’s Strategic Support Force: A Force for a New Era

中国の宇宙開発で最も重要な組織は戦略支援部隊

 戦略支援部隊は2つの同格の半独立部門、つまり宇宙戦を担当し宇宙関連部隊を指揮する「宇宙システム部(SSD:Space Systems Department)」と、情報戦を担当しサイバー部隊を指揮する「ネットワークシステム部(NSD:Network Systems Department)」を指揮下におく(図3参照)。

 図3で厄介なのは赤線で囲った部分だ。

 つまり、対宇宙(攻撃的な宇宙戦)と戦略情報が2つの組織(SSDとNSD)の任務としてオーバーラップしているのだ。これを区分するのは難しい。

 4月20日の情報によると、戦略支援部隊が解体して、新たに3つの部隊(情報支援部隊、サイバー空間部隊、軍事宇宙部隊)が編制されるという。

 新たな「サイバー空間部隊」はネットワークシステム部を母体として編成するのであろう。

 新たな「軍事宇宙部隊」は宇宙システム部を母体として編成されるのであろう。

 新たな「情報支援部隊」はネットワークシステム部に存在する情報部隊を母体に編成するのだろう。

 それでは、このオーバーラップする任務をどの新たな部隊に割り振るのだろうか。

図3「戦略支援部隊の任務別編成」

出典:China’s Strategic Support Force: A Force for a New Era

「宇宙システム部」と「ネットワークシステム部」

 解放軍の再編成の結果、戦略支援部隊の「宇宙システム部」は宇宙戦の中核組織として、宇宙での攻撃と防衛を含む解放軍の宇宙戦を担当するようになった。

 中国の宇宙開発と宇宙戦でぜひ知っておいてもらいたい組織がある。

 戦略支援部隊の指揮下にある「宇宙システム部」であり、宇宙戦の核になる組織である。

「宇宙システム部」は、衛星打ち上げ(作戦上即応性の高い移動式の発射装置の打ち上げを含む)、宇宙遠隔計測(テレメトリ)・追跡・制御、戦略情報支援、対宇宙(英語では「カウンター・スペース」と表現され、敵の衛星などの破壊や機能妨害を意味する)など、解放軍の宇宙作戦のほぼすべての機能を統制している。

 宇宙システム部が中国宇宙開発の現場における主役だ。

「ネットワークシステム部」は、コンピューター・ネットワーク(以下ネットワーク)の開発、サイバー監視、ネットワーク攻撃およびネットワーク防衛任務の遂行について、中国のサイバー部隊を監督する。

 つまりサイバー戦の核となる部隊だ。

 また、「ネットワークシステム部」は、対宇宙ミッションの「中心」でもあり、サイバー戦や電子戦対策、宇宙監視、技術偵察を含む解放軍のノンキネティック(非物理的)な対宇宙ミッションを担当している。

 つまり、ネットワークシステム部は、宇宙戦において宇宙システム部を補完する役割も担っているから複雑だ。 

宇宙戦と戦略支援部隊

 戦略支援部隊は、衛星打ち上げとその関連支援、テレメトリ(遠隔計測装置を使って遠隔地の測定結果をコントロールセンターに送信すること)、衛星の追跡・制御、宇宙情報支援、攻撃的宇宙戦、防御的宇宙戦を担当する。

 これは、戦略支援部隊が改革前の解放軍の宇宙作戦のほぼすべての任務を引き継いだことを意味する。

 これまで、解放軍全体に分散する宇宙関連組織を、統一された軍事宇宙部門に再編することは喫緊の課題であった。

 現在、戦略支援部隊の宇宙任務を遂行する部隊は、中国の「軍事宇宙部隊(军事航天部队)」と呼ばれる。

 一方、有人宇宙ミッションを統括する部署は、当該部署の軍事化を避けるために、戦略支援部隊ではなく装備発展部の所属になっている。

 明らかに、有人宇宙ミッションを宇宙戦とは区別している。この点は重要だ。

 宇宙通信衛星の管理などを担っていた旧総参謀部の衛星メインステーションは、戦略支援部隊の指揮下に入った。

「北斗衛星測位システム」を担当する旧総参謀部の衛星測位基地も最終的に、戦略支援部隊の指揮下に入った。

 2017年8月、宇宙での衛星破壊実験に使われた「DN-3」対衛星ミサイルは、戦略支援部隊の酒泉衛星打ち上げセンターから打ち上げられた。

 このことから戦略支援部隊がこれらのシステムの試験や実用化に責任を有していることが推察される。

サイバー戦と「戦略支援部隊」

 中国のサイバー戦を議論する際に戦略支援部隊を抜きにしては語れない。戦略支援部隊は、解放軍がサイバー戦を遂行する際に不可欠な部隊である。

  • ネットワークシステム部は、サイバー戦、電子戦、心理戦、技術偵察などを担当し、解放軍のすべての戦略情報戦部隊を統制する。

 この集約化は、解放軍のサイバースパイ活動部門とサイバー攻撃部門の間の作戦調整上の課題に対処するためだ。

  • 解放軍は、サイバー戦および電子戦任務を統合した「統合ネットワーク電子戦」という戦略に基づき、新たな全軍体制を構築している。

 戦略支援部隊の創設は、解放軍の「統合ネットワーク電子戦」という長年の目標を制度化するものだ。

  • 戦略支援部隊は、情報を戦争における戦略的資源として捉える中国の軍事思想の進化を体現しており、情報システムへの依存から生じる軍隊の能力強化と脆弱性の両方に対し果たす役割を認識している。
  • 戦略支援部隊は、戦区などの統合部隊の情報作戦を支援するために、サイバースパイ活動とサイバー攻撃を統合する。

 さらに情報作戦の計画と戦力開発を密接に連携させ、情報作戦に関する指揮・統制の責任を統合することにより、情報作戦の遂行能力を向上させている。

ネットワークシステム部が担当するサイバー戦

 戦略支援部隊のサイバー任務は、ネットワークシステム部に与えられている。

 ネットワークシステム部の指揮下部隊は「サイバー部隊(網军)」または「サイバー空間作戦部隊(網络空间作战部队)」と呼ばれている。

 その名称にもかかわらず、ネットワークシステム部とその下部組織はサイバー戦のみならず、電子戦、そして潜在的には三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)を含む任務を担当し、より広範な情報戦を遂行しているから複雑だ。

 中国の戦略的サイバースパイ部隊の大半は、ネットワークシステム部に大量に移されている。

図4「解放軍の軍事情報システム」

出典:China’s Strategic Support Force: A Force for a New Era

 サイバー任務は、主に技術偵察局の12個の局(図4参照)が担当し、サイバースパイ活動と信号情報活動を担当している。

 例えば上海所在の第2局には北米を担当する有名な61398部隊、青島所在で日本と韓国を担当する第4局(61419部隊)、北京でロシアに関係する活動をしているとみられる第5局(61565部隊)、武漢所在で台湾・南アジア担当する第6局(61726部隊)から、上海所在で宇宙衛星の通信情報を傍受する第12局(61486部隊)まで計12の主要部局がある。

 なお、これらの部隊には、サイバー戦の専任部隊のみならずC4ISR(Command Control Communications Computers Intelligence Surveilance Reconnaissance)を担当する部隊も含まれている。

3 戦略支援部隊解体:実験は失敗した?

 以上みてきたように、戦略支援部隊は非常に複雑な組織だ。

 理念的には現代戦に必須な情報戦、サイバー戦、電子戦、宇宙戦を一つの組織に担当させるのは理にかなっているところはある。

 しかし、実際の作戦を理念通りに行うのは簡単なことではない。将来的にはAIを駆使して戦略支援部隊の作戦を円滑に実施できるかもしれない。

 しかし、人間の指揮官が戦略支援部隊に与えられたミッションを円滑に行うのは至難の業だ。

 また、今回の解体の背景には汚職等の腐敗の問題があったのかもしれない。

 今回の改編では、戦略支援部隊を解体して新たに3部隊を設け、4軍種(陸軍、海軍、空軍、ロケット軍)・4部隊(情報支援部隊、サイバー空間部隊、軍事宇宙部隊、統合兵站部隊)の体制になる。

 新たな「サイバー空間部隊」は戦略支援部隊のネットワークシステム部を母体として編成するのであろう。

 新たな「軍事宇宙部隊」は宇宙システム部を母体として編成されるのであろう。

 新たな「情報支援部隊」はネットワークシステム部に存在する情報部隊を母体に編成するのだろう。しかし、詳しい情報はまだ明らかにされていない。

 今回の戦略支援部隊の解体は、昔の体制に戻ることを意味するが、その決定は現実的で実際的なものかもしれない。

 ただ、2015年の解放軍改革でも大きな混乱があったが、それをまた元の体制に戻す今回の改編にも大きな混乱が予想される。新組織が機能するまでには相当な時間が必要だろう。

 習近平主席の解放軍改革は平坦なものではなく試行錯誤を繰り返している。今後とも紆余曲折が予想されるが、そこには多くの教訓がある。

 筆者としてはクールにその状況を分析していきたい。

渡部 悦和

ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、前・陸上自衛隊東部方面総監

1978年 東京大学卒業、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第2師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職

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No.288 ★ 世界のEV販売見通し、24年は1700万台…新車全体の2割

2024年04月25日 | 日記

読売新聞

2024年4月23日

中国の電気自動車(EV)大手BYDのジャパンモビリティショーでの発表会(東京都江東区で) 【読売新聞社】

 【ロンドン=中西梓】国際エネルギー機関(IEA)は23日、最新の世界電気自動車(EV)見通しを発表した。プラグインハイブリッド車も含むEVの24年の新車販売台数は約1700万台に達し、新車全体の2割を占めると見込んだ。

 最も販売台数の多い中国では、新車全体の45%にあたる1000万台以上になると予測した。中国での増加の要因として、多くのEVがガソリン車よりも安く販売されているためと分析している。米欧では現在はガソリン車のほうが安価だが、中国メーカーによる安価なEVの輸出などで競争が激化し、価格は今後数年間で下がる見通しだとした。

 23年の世界のEV新車販売台数は前年比35%増の約1400万台で、新車全体の18%を占めた。国別では、中国が約810万台、欧州が約320万台、米国は約140万台で、日本は約14万台だった。

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