1月7日の午後4時頃、私は意を決して散歩に出た。このところの連日の快晴続きで、散歩を眩しいくらいの陽の光を浴びてするのが楽しみだった。6日に40日ぶりの雨が降った。6日の朝の天気予報で午後には雨が本降りになるというので、曇っていたが早めに散歩を終えた。昼前には雨は降りだした。乾燥しきっていたので必要な雨だったのだろうが、快晴にすっかり慣れた私は、不満だった。天気が良いと機嫌も良くなる。曇っても雨が降っても気分が沈む。今年の大雪で困っている日本海側の人々に、私がこんなことで落ち込んでいたら申し訳ない。そろそろ散歩に出ようと先延ばししていた。少し陽が陰ってきた4時前にやっと重い腰を上げて外に出た。
集合住宅の玄関を出て、市道に出た。いつものように左右車が来るか確認。左手前方の路上に黒い塊。もしやタヌキ?急いで近づいた。人!大変だ。人が倒れている。地面は血。血は苦手。「大丈夫ですか?」3度声をかける。返事がない。どうしたらいいのか。とにかく救急車だ。私は散歩に携帯電話を持たない。男性が反応した。うつ伏せになっていたが上体を起こした。顔が血だら真っ赤で表情が見えない。右側の額に傷。そこから出血している。「大丈夫ですか?今救急車呼びますから。」答えない。よく顔を見ると同じ集合住宅に住むYさんだ。「Yさんですね」 首を縦に振った。私は玄関に走った。入り口のインターフォンでYさんの部屋を呼び出した。奥さんが出た。「奥さん、旦那さんが道で倒れて出血がひどいです。すぐ救急車を呼んでください」と言った。しばらくして奥さんが外に出て来た。一緒に数十メートル先のYさんのもとへ走った。奥さんが携帯電話で救急車を要請した。あとを奥さんに託して私は現場を離れた。
心穏やかではなかった。やはり血を見たからだろう。どうしてこう意気地がないのだろう。どうしてテレビドラマのように気を失っていたYさんの頸動脈に手を当ててまず生死を確認しなかったのか。携帯電話は常に携帯していた方が絶対に良い。待てよ。まさか私が通り魔のようにYさんを襲って怪我させたと疑われるのではないだろうか。やはり救急車が到着するまであそこに留まるべきだったのではないだろうか。焦っていたので現場の状況をきちんと見ていない。車に撥ねられたのかもしれない。イノシシに襲われたのかも。最近日本の治安が悪化して、理由もなく人をナイフで襲う犯罪も多い。暴漢に襲われたのかもしれない。そうなら警察に知らせるべきだった。いろいろな妄想が湧く。サイレンが聞こえた。奥さんが救急車を手配できたんだ。救急車が私の脇を通り抜けた。まずは一安心。病院へ行けば傷を縫ってくれるだろう。まず出血を止めるのがやることだ。
夜妻が帰宅した時、Yさんが倒れて出血していたことを話した。
医者の妻の質問に答えるのは難しい。しどろもどろに答えた。最初にYさんを見た時の状態はどうだったの?もし意識がなかったのなら、歩いていて突然気を失って、道路に倒れたことが考えられるという。意識がなく道路に倒れると、手で体を支えられないので、怪我するし脳にダメージを与える。妻と話している最中も、私はもしや警察に疑われて、調べに来られるのではと心配した。でもベッドに入っても、誰も来なかった。Yさんも老人である。いつ何時、喜寿老の私も、Yさんと同じ目に遭うかもしれない。その後Yさんの奥さんからの連絡もない。Yさんの容態が心配。自分の老いを実感する一日だった。
医者の妻の質問に答えるのは難しい。しどろもどろに答えた。最初にYさんを見た時の状態はどうだったの?もし意識がなかったのなら、歩いていて突然気を失って、道路に倒れたことが考えられるという。意識がなく道路に倒れると、手で体を支えられないので、怪我するし脳にダメージを与える。妻と話している最中も、私はもしや警察に疑われて、調べに来られるのではと心配した。でもベッドに入っても、誰も来なかった。Yさんも老人である。いつ何時、喜寿老の私も、Yさんと同じ目に遭うかもしれない。その後Yさんの奥さんからの連絡もない。Yさんの容態が心配。自分の老いを実感する一日だった。




