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山中傅奇

2012-12-30 13:12:39 | 映画のはなし

山中傅記
雨の日曜日

録画しても見ることがなかったビデオを捨てようかと整理してたら、98年6月7日(日曜日)NHK-BSで放送した「山中傅奇」があった。
監督 キン・フー
科挙を落ちて書写で生活している学士ホーにシー・チュン
彼と無理矢理結婚する娘に シー・フォン
飲み屋の娘に シルビア・チャン

1979香港、191分
レンタルのビデオで見たものはうんと短かった。
DVDで完全版と売っている作品は180分なので、完全版ではないだろう。
つい最後まで見てしまった。




ホーが写経の注文を受ける寺は海印寺。
韓国にある寺のようで、中国の赤い色彩が強烈なものでなく、青が印象的な堅固な感じを受ける。
日本の繊細な寺とは全然違って、中国風だが色が抑えめってとこかな。

写経の場所として紹介される砦。


ここがどこなのか気になっていたが水原城とのこと。


下から撮って壁が高く見えるようにしたのかな?



象やラクダの石像がある寺、これも韓国の寺かな?


これはラストシーン近く。 宗廟正殿と思われる。
これだけの人数を集めて全員坊主頭(僧侶だから)なのには驚き。
手抜きの得意な邦画では考えられないことだ。

この映画の撮影場所は韓国だったとわかったのは今日。
中国大陸で撮ったのかと思っていた。
しかしあの国にこんなりっぱな寺や建物があるとは意外だった。
貧乏な国だったので、ちんけなものしかないと思っていた。
もっとも見てくれだけかもしれないが。

序盤が退屈という人がいるようだけど、青い海や紅葉の山道、床の落ちた東屋など全然飽きない。
後半から太鼓によるチープな妖術合戦(?)が延々と続いてうんざりする。
学士を助ける坊主が(ラストで高僧だとわかるが)失礼だが品のない顔と体つきで、坊主には見えないので違和感がある。
助演のベテラン勢が何とも言いようがない。 (うまいのか下手なのか)
古い映画なのでカラーノイズが時折入り、音楽がきれいに出ていない。

ホーが朝起きたベッドは一人やっと寝られる狭さなのに、小さな枕が2つあって、ここでいたしたの?と思うのであった。

私が香港映画を見たのは、大学を出てからで、見たい映画の併映だった。
カンフー映画で、ヒーとかヒャーとか甲高い声に閉口した。
家に帰る途中も帰ってからもこの甲高い声が耳に残って苦しんだ。
だからブルース・リーの映画は努力しても途中でやめてしまう。

もしろん、この映画には甲高い声はない。

参考
キン・フーの世界



 

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木下恵介監督 陸軍, 挿入曲

2012-09-16 23:55:36 | 映画のはなし

木下恵介監督 「陸軍」
1944年(昭和19年)公開
陸軍省の依頼で制作した国策映画。
場所は福岡市。 銃を白い布で巻いているのは潮風を防ぐためだそうだ。



さて この映画を紹介してくれたYou Tubeのページにこんな投書がある。
「この映画が反戦映画?そう論じる方は、是非全編ご覧下さい。 私に­は、反戦映画とは思えません。」
馬鹿だねぇ。 本来はプロパガンダ映画だちゅうの。

ブログ「東京漂流日記2.0」でこの映画を見た感想を書いている

たまらなく、もう一回観たい。
でもプロパガンダ映画だから普通の人には毒ですので
とても残念だが観ない方がいいです。勘違いなさること必定なので。

映画が毒なのではなくアホが観て毒にして撒き散らすだけだ。


木下監督は女性的なしゃべり方で物腰も柔らかかったそうだが、ガッツがある本当の男だったんだね。
撮影所に憲兵とかがやってきて難癖つけてきたそうだが、ひるむことなく反撃したとのこと。
映画を見た陸軍将校が撮影所に怒鳴り込んだ、という説もあるが、将校ともあろうものが映画の件で怒鳴り込むとは考えられない。
もし本当ならそんな男が将校になる陸軍が終わっているね。
いずれにせよ、木下監督はこの映画を撮ったことでホサレルことになるのだが、公には陸軍から批判されることはなかったそうだ。
思うにこの歌詞で表面では逃げられたたのではないかな。

映画「陸軍」  挿入曲、エンディングに使われた軍歌
歌詞が聞き取れない人が多いようだ。
一宇とか歩武とか聞いた事もない単語だった。

父母の慈愛に抱かれて
男子となりて 幾年ぞ
身は軍服に 包むとも
君に見えざる この戦(いくさ)
胸に受け継ぐ 祖先の血
流れて永久に 国護る

国にふたつの 道あらず
人にふたつの 心なし
兵の道こそ 一億の
心とすべき 我が身なれ
わが大君のため 国のため
仰ぎて 一宇(八紘一宇 大戦中のスローガンだったそうだ)
み教えを

我に抗する 敵ありて
出陣の日の 来るとき
みこと畏み いでゆけば
軍靴の響き 地を発し
士気は溢れて 天を衝く
歩武堂々の 大進軍

(語学をやっている人間はまあぁ耳はいいのだけど)

話変わって・・・





今月の出来事、中国で横転したトラックから積み荷のブドウを盗んでいく人たち。
ドライバーは制止したそうだが数が多すぎてどうしようもなかったそうだ。
アメリカで洪水や事件の後、商店から品物を盗んでいく黒人やヒスパニック系住民の写真をよく見るが中国人も同じ事。
(何のためらいもなく自転車を盗んで乗って行く人たちには、この中国人の血が脈々と流れているのだろう)
要するに倫理観が欠如している国や人間たちと話し合おうなんて馬鹿な行為だ。
中国に進出している企業が被害にあっているが、利益のみを追求する彼らに一片の同情心さえわかない。
延々と反日教育をやっている国に出かけて行くからにはそれなりの覚悟は当然出来ているだろう。

2231-2622-8920

 

コメント (2)

テオ・アンゲロプロス監督逝く

2012-01-26 15:39:43 | 映画のはなし


(1935/04/27 - 2012/01/24)
24日(日本時間25日)撮影中,道路横断中にバイクにはねられ亡くなった。
76才。

さまよい歩く映画ばかりの様な気がする。

放送  (1968)
再現  (1970)  *1971年ジョルジュ・サドゥール賞受賞
1936年の日々  (1972)  *1973年ベルリン国際映画祭国際批評家賞受賞

旅芸人の記録 (1975)
カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞


ビデオで見た最初の作品。
とにかく長い。
やるべき事が山ほどあった時期なので集中して見なかった。
数シーンは記憶に残る。

狩人 (1977)

アレクサンダー大王  (1980)
ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞


うーん,長かった。


シテール島への船出  (1984) 
カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞




このラストシーンが頭にやきついている。
水の町はセットだと聞いたが・・・

蜂の旅人  (1986)

霧の中の風景  (1988) 
ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞 


ドイツへドイツへ・・・ 過酷な旅。
霧の向こうはドイツか

こうのとり、たちずさんで  (1991)
ユリシーズの瞳  (1995)
カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ受賞 

永遠と一日  (1998)
カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞受賞
エレニの旅  (2004)
第三の翼(仮題) (2009)

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高峰秀子さん逝く 最終回

2011-01-05 06:15:01 | 映画のはなし

高峰秀子さんの出演した映画で、こんなに長くなるとは思わなかった。
やっぱりただの女優さんではなかったんだね。

Movie Data

133. 風前の灯1957
134. 張込み 1958 監督野村芳太郎




この映画は見たことがある。
多分テレビでだと思う。
広い道路で買い物かごを抱えた秀子さんが帰ってきた姿をわずかに覚えているが・・・

135. 無法松の一生 1958



TVで放送しているのをちらっと見たことがある。

136. 女が階段を上る時 1960

 

左のスチール写真は見たことがある。
岸田今日子さんが出ていたんだ。

137. 娘・妻・母 1960
138. 笛吹川 1960
 これもテレビで放映されたのを見たが、着色が嫌で止めた。
139. 名なもなく貧しく美しく 1961


これは子供の頃家族と一緒に見に行った映画。
いくつかのシーンを鮮明に覚えている。
不良の弟が生活の手段であるミシンを盗んで小型トラックに積んで走る。
その後を必死で追いかける彼女の姿が焼き付いている。
結末に唖然としてしまった。

140. 人間の条件 完結編 1961
 避難民の役なのでカメオ出演かな。
有楽町か銀座のオールナイトで1回見たことがあるが、映画館は満席で熱気に溢れていた。
大きな映画館だったので、みゆき座や人生坐ではなかったと思う。
テレビ版の方が感動が大きかったな。

141. 妻として女として 1961
142. 永遠の人 1961


少し前NHKBSで放送された。
仲代達矢に強姦されて出来た子供のため、母に愛されないで自殺する長男に田村正和。
フラメンコギターで「語り」のような歌のような「説明」が入るのだ。
舞台が阿蘇という広大な自然が出てくるし、配役人に強いイメージがあるので、これはなくても「ものすごーい悲劇」になることはなかった。
うーん、阿蘇の小さな村の小作人の娘なのであまりにも美人で上品では困るだろうけど、秀子さんではものたりない。
仲代達矢が男前なので、毛嫌いされるのに?が生じる。
木下監督も仲代さんを使ってみたかったのかな。

143. 女の座 1962
144. 山河あり 1962
145. 二人で歩いた幾春秋 1962
146. 放浪記1962
 成瀬監督追悼上映で見た映画。
 小説に比べれば甘い甘い。
 ドジョウすくいを踊る彼女が林芙美子さんに見えてしまうのだった。
(林芙美子さんは写真でしか見たことがないが、ほんとにそう見えてしまったから不思議)

147. ぶらりぶらら物語1962
148. 女の歴史 1963
149. 乱れる1964


BS放送で見た。
スーパーに押されがちな酒屋をきりもりする亡くなった兄の嫁の役を秀子さん。
彼女を慕う役に加山雄三。
母親は三益愛子。 長女が草笛光子、次女は白川由美。
浜美枝が加山の恋人役で少し出る。
監督 成瀬巳喜男 脚本 松山善三 音楽 斎藤一郎 撮影 安本淳
これ、ラストはとんでもないことになる。
秀子さん、(世間の目に対して)どうやって生きていくんだろう。

150. われ一粒の麦なれど 1954
151. 六條ゆきやま紬 1965


ストーリーは本で読んだことがある。
映画は見る機会なし。

152. ひき逃げ 1966
153.続名もなく貧しく美しく 1967
 こんな映画があるなんて知らなかった。
154. 花岡清州の妻1967
 横浜大映で見た。
「混んでる?」
切符売り場のおばさん二人笑いながら
「ガラガラよ」
ほんとにまるで貸し切り状態だった。

155. 鬼の棲む館 1969
消化不良の作品。 監督は三隅研二。
新玉三千代さんが、
私のおっぱいはあんなに小さくないわ、とスタントの体を非難して、
なら自分でやればよかったのに、と週刊誌で読んだことがある。
当時は信じたが、今は本当に彼女が言ったのかどうか疑う。
今ならネットで役者も弁明出来るが時代だ。

156. 恍惚の人 1973
 

これも映画館でみたがほとんど覚えていない。
わかーい時で祖父母のいない家庭に育ったのでぴんと来なかったのかも知れない。
今見るとずいぶん感想が変わると思うが。

157. スリランカの愛と別れ1976
 ずいぶんダサイ、タイトルだな、と思った記憶がある。

158. ふたりのイーダ
159. 泣きながら笑う日 1976
160. 衝動殺人 息子よ 160
 当時話題になった映画だが見てはいない。

おしまい。

 

 

 

 

 







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高峰秀子さん逝く - 4

2011-01-04 08:41:46 | 映画のはなし
高峰秀子さん逝く 4

Movie Data

123. 渡り鳥いつ帰る 1955
 小林旭の映画のタイトルみたいだね。
124. 遠い雲 1955
ブログ 「父が残した昭和の記録」(ワンダフルブログです)に撮影中の彼女や木下監督等の写真あり。
撮影を見学している群衆の着ているものを見ると、もう貧しさから解放された感じがする。 昭和30年。

125. くちづけ 1955
126. 子供の眼 1956
127. 新平家物語 義仲をめぐる三人の女 1956
 

市川雷蔵さんの新平家物語は貴族に代わって武士が政権の主役になる過渡期が描かれて
興奮する内容だったが、これはタイトルからして単なる娯楽映画だろう。

128. 妻の心 1956
129. 流れる  1956 監督成瀬巳喜男


これもCS放送で見た映画。
予備知識が無かったので何の期待もせず見たのだが、キャストもストーリーもスタッフも一流。
原作は幸田文、脚色は田中澄江と井手俊郎、音楽は斉藤一郎、撮影玉井正夫。
(谷中に住んでいる時、すぐ近くに幸田露伴邸があった。 瓦ぶきの木の塀で囲まれたちょっと趣のあるたたずまいだった。
が、数年後ラブホテルになってしまった。え? こんな事があっていいの?と思ったものだが、2年間しか住んでいなかったそうだ。
それにしても延々と続いた幸田露伴邸が・・・)



左から 水野の女将お浜、 すごい貫禄のある演技で、存在感あり。 初めて栗島すみ子さんなる女優を知る。
秀子さん、芸者の置屋つた屋の娘だが芸者はしていない。中途半端な存在。
つた屋の女将、山田五十鈴さん。 借金で廃業寸前の女将を淡々と演じていい。
職安から紹介されて女中になる田中絹代さん。 最高!
DVDを買ってしまった。 もちろん、「浮雲」「稲妻」のDVDも持っている。

130. 空ゆかば 1957
131. あらくれ 1957
132. 喜びも悲しみも幾年月 1957  木下監監督 撮影は楠田浩之






これも最高の映画。
小学校低学年の時、はるばる灯台見学の遠足があって、その時過酷な日常生活の一部を知った。
この経験があるとないでは感情移入にずいぶん差が出るのではと思う。
息子の死に、こんな人たちにこんな理不尽があっていいものかと憤慨したものだ。

続く



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高峰秀子さん逝く - 3

2011-01-03 19:39:56 | 映画のはなし

高峰秀子さん逝く3

Movie Data

101. 処女宝 1950
何と云う安易なタイトル
102. 細雪 1950 監督 阿部豊


鶴子(花井蘭子) 幸子(轟夕起子) 雪子(山根寿子) 妙子(高峰秀子)


(ケペル先生のブログ)
妻を佐藤春夫に譲った「細君譲渡事件
「さんとう花的述懐」この方のブログでよーくわかりますねぇ。

103. 宗方姉妹 1950  監督小津安二郎




タイトルはよく耳にし、下の写真もよく目にするが映画は見る機会がなかった。
田中絹代さんの凜とした感じがいい。

104. 戦火を越えて 1950
105. 佐々木小次郎 1950
 佐々木小次郎は大谷友右衛門(知りませんねぇ)
 誰が武蔵をえんじているのかキャストをみても武蔵がいない!

106. 女の水鏡 1951
107. 我が家は楽し 1951 松竹
108. カルメン故郷に帰る 1951 木下惠介監督



日本で最初のカラー映画と聞いていたので、LDが発売された時即購入。



ちょっと頭の弱い「りりぃかるめん」を演じる。
姉は望月優子。



小学校の校庭でオルガンを弾いて生徒たちが踊るシーン。
メロディがやたらもの悲しく、コメディタッチの画面のトーンがやたら落ちる。
音楽は木下忠司



派手なカルメンが登場して一変。
先生は佐田啓二。 中井貴一のお父さんだそうだが、父はハンサム。





109. 続佐々木小次郎 1951
 武蔵なお登場せず
110. 朝の波紋 1952
111. 東京のえくぼ 1952
112. 稲妻 1952 監督成瀬巳喜男
 
稲妻」は確かによく出来た脚本ではあるが、原作があまりにすばらしいので追いつけなかった。
稲妻は原作ではラスト、「みつくち」の清子(映画では高峰秀子)が自分は死んで生まれた方がよかった、
こんな体だから学問をすることで忘れたいと次姉の光子に泣きながら言う。
外は豪雨で、白い稲妻が遠くで走る、で出てくる。

映画では間借りした清子の所へ、母の浦辺粂子が訪ねて来る。
そこで父親の違う子供を何人も産んだ母を責める清子。
やがて広い東京の空が暗くなり、2階の窓に腰掛けている清子の後ろで稲妻が光る。
秀逸なシーンだ。

この後、駅まで母を送っていく場面での二人のやりとりはとてもいい。
原作にはなくて気になる場面があった。清子が葡萄を食べながらその種を庭にぺっぺっと吐き出すところ、下品で嫌だったな。
田中さんは何の目的でこの場面を書いたのだろうか。



次姉の光子の良人が亡くなった後、愛人だったと女性が訪ねてくる。
後で彼女の家に二人で行くシーン。

原作が林芙美子なので台詞が半端じゃない。

113. カルメン純情す 1952
114. 女という城 マリの巻 1953
115. 女という城 夕子の巻 1953
116. 煙突の見える場所 1953  


DVDが出ているんだ。 タイトルは知っているけど内容は知らない。
芥川比呂志さん、「どですかでん」の虚ろになった人はすごかったなぁ。

117. 雁 1953 大映
118. 第二の接吻 1954
 時代を感じさせるタイトル
119. 女の園 1954


すごいキャスト

120. 二十四の瞳 1954




最初TVで見て、それからずいぶん経ってから大きなスクリーンで見た。
大きな映画館の試写会でなぜかこの映画と「野菊のごとき君なりき」という古い映画だった。
両方ともすごいきれいな画面だったが、この後一般公開のリバイバル上映はなかった。

四国に修学旅行に行った時、立ち寄った食堂で偶然教え子が働いてているのを見つける。
話しかけたいのに食堂のおかみ(浪花千栄子さんだったかな)そんな隙を与えない。
結句話せないまま別れたが、その女の子が、泣きながらみんなが乗った帆船が帰るのを歩いて追いかけるシーンが
画面いっぱいに広がる。
忘れられないシーン。

紡績工場かな、働きに行ったのだけど結核で帰って、小屋に教え子の女の子が隔離されている。
そこへ大石先生が訪ねて行って、欲しかったけど買えなかった花柄のアルミの弁当箱を渡すシーンも泣かされてしまった。

121. この広い空のどかに1954
122. 浮雲 1955
 林芙美子原作 成瀬巳喜男監督



これはもう日本映画最高傑作。
これを超えた日本映画はなく、越える日本映画もないだろう、と断言できる。
この映画を見た後の最近の日本映画は学芸会のように思えてしまう。

音楽も撮影も印象的で斉藤一郎、撮影は玉井正夫

タイピストとして仏印に来たゆき子と初めて会った富岡(森)が
ー幸田さん、生まれはどこ?ー 東京ですわ。
ー うそ付け、東京には幸田さんみたいな人はいないよ。  いれば葛飾 、○○(忘れた)
ーまぁ・・・
ーほんとに、東京? 江戸っ子にしちゃぁ、訛りがあるよ。

場内からクスクス笑いが起きた。
高峰さんは確かにしゃべり方に特徴があるので、ここはぴったりで妙に納得。




パンパンになったゆき子を富岡が訪ねてくる。
「女は気楽でいいなぁ」
「こんな暮らしのどこが気楽なのよ、バカにしてるわ」



屋久島へ向かうため汽車で鹿児島へ向かうシーン。
一切台詞はなく短い印象的な場面が続く。
人力車に乗って街を走るシーンが秀逸



港が浅いので大きな船は停船出来ない。
それで「はしけ」に乗り移って港にむかうのだが、小雨が降っている。

で、成瀬監督は秀子さんを本当は好きではなかったそうだ。

ずっと前、本で、この映画を若い時に見た監督(名前を忘れてしまった、有名な人ではなかった)が
「この映画を見た後、銀座のバーに一人で行って黙って飲んだ。 雨の日だった」
読んでから是非見たいと思っていた映画だった。
日劇で仲のいい友達と見に行った。 そのあとまもなく日劇は閉館。
懐かしくも遠い昔の話だ。

この映画を薦められて見た溝口監督が、「成瀬には金玉がついているのかねぇ」と言ったそうだ。
(複数の証言があるので事実)
キャストやスタッフにねちねち嫌みを言い、撮影現場の物を家に持ち帰ったりして、みんなからきらわれていた溝口こそ金玉がついているのか
いぶかしく思われていたはずなのに、よくこんな台詞を言えたものだ。
この人の作品は世間では評価が高いが、時代劇などを見ると衣裳にリアリティがない。
セットの細部にはこだわったはずなのに、隅をつつく事だけに専念したので、目の前の大きな物は見えなかったらしい。
映画も2回見るとつまらなく感じるものがほとんど。

高峰秀子 - 続く



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高峰秀子さん逝く - 2

2011-01-02 17:00:15 | 映画のはなし

Movie Data 2

051. その前夜 1939
052. 新篇 丹下左膳 隻眼の巻 1939
053. 新篇 丹下左膳 恋車の巻 1940
054. 秀子の応援団長 1940 南旺映画
 南旺映画とは1939年、設立され教育映画を作ったが、経営がうまくいかず1941年東宝に吸収され解散。
055. そよ風父と共に 1940
056. 姉の出征 1940
057. 釣鐘草 1940
058. 孫悟空 前篇 1940
059. 孫悟空 後篇 1940
060. 昨日消えた男


洋画のタイトルのようなのに時代劇とは。
やはり原案がダシール・ハメットで脚本が小国英雄、監督はマキノ正博。
長谷川一夫と山田五十鈴。

061. 馬 1941




東北の貧しい農家が舞台で、軍馬を育てる話だそうだ。
こういうの苦手だなぁ。
馬の逝く末を想像しただけで切なくなる。

062. 阿波の踊り子 1941
 阿波踊りを踊るのだろうか?
063. 女学生記 1941
064. 秀子の車掌さん 1941 南旺映画


運転手の藤原鎌足さんは、知っている顔と同じだ。 昭和16年

065. 武蔵坊弁慶 1942
066. 希望の空 1942
067. 待って居た男 1942
068. 南から帰った人 1942
069. 婦系図 1942
070. 水滸伝 19642
071. 続婦系図 1942
072. 愛の世界 山猫とみの話
 ネットはすごいですね。 ちゃんとこの映画の話をしてくれる。
しかも検索するといっぱい出てくるのだ。


073. 阿片戦争 1943


原節子さんが姉。



こんな豪華なセットを組んで撮影したとは驚き。
ブログあり「HGGYの台所

074. ハナ子さん 1943
075. 音楽大進軍 1943
076. 兵六夢物語 1943
077. 若き日の歓び 1943
078. おばあさん 1944
079. 三尺左吾平 1944
080. 四つの結婚 1944  9月
081. 勝利の日まで 1945 1月
082. 北の三人 1945 8月

太平洋戦争は 1941年12月8日から1945年9月2日
(外国では1937年7月7日を始まりとする国が多い)
戦争中なのにずいぶん多くの映画が制作されているのに驚く。
さすがに1944年、45年は少なくなっている。

083. 陽気な女 1946 2月
084. 浦島太郎の末裔 1946
085. 明日を創る人々 1946
086. 或る夜の殿様 1946
087. 東宝ショウボート 1946
088. 東宝千一夜 1947 新東宝 以後103宗方姉妹まで新東宝
 東宝争議は興味深い。 日教組を連想させる。
089. 大江戸の鬼 1947 090. 見たり聞いたりためしたり
091. 愛よ星と共に 1947
092. 幸福への招待 1947
093. 愛情診断書 1948
094. 花ひらく 1948
095. 三百六十五夜 東京篇 1948
096. 三百六十五夜 大坂篇 1948


歌は聴いたことがある。
二枚目の男は上原謙さん。

097. 虹を抱く処女 1948
098. 春の戯れ 1949
099. グッドバイ 1949
100. 銀座カンカン娘 1949 監督島耕二

DVDが発売されているんだね。



左端は古今亭志ん生さんだね。
右側は歌手の灰田克彦さん。
男性が裏声で歌うハワイアンは最初気持ち悪がられたと聞いたことがある。



この歌を歌っているのが高峰秀子さんとは知らなかった。
歌もうまいんだね。
カンカンとは山本嘉次郎の造語で、パンパンに対してカンカンに怒っている、という意味が込められているそうだ。
だれも好きでパンパンになった訳ではないだろう。
意味を知ると複雑な気分になる。

 

続く

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高峰秀子さん逝く

2011-01-01 04:57:35 | 映画のはなし

今日の夜は雲一つ無い夜空で、星がいっぱい見られる。
円高で始まる1911年でまだまだ多難の年を予想させる。

高峰秀子さん逝く


1924/03/27 - 2010/12/28
函館市出身

作家の林芙美子がなくなった時、「林芙美子が死んじゃったよ」と言った表現に代表されるように、
素のこの人は話し方や言葉の選び方に少々下品なところがあって気になったが女優としては天下一品。
今彼女の経歴を調べて見ると
函館に生まれるが、4才の時母親が亡くなって父の妹の養女になる。
養母は活動弁士と一緒になり自分も弁士になったのだが、芸名が高峰秀子だったそうだ。
時代がトーキーになると活動弁士の仕事はなくなるわけで、生活はかなり厳しかったらしい。
映画の子役募集に義父が連れて行き、そこから彼女の女優業が始まるわけだが、
この義理の両親との葛藤、学校にほとんど通っていないこと、函館の家族が有名になった
彼女におんぶしてきたことなど全然知らなかった。
素の彼女の少しふてくされた話し方(私にはどうしてもそう聞こえる)にはちゃんと原因が
あったのかと今になって思うのであった。

Movie Data

001. 母 1929 デビュー作
002. レヴューの姉妹 1930
003. 大東京の一角 1930
004. 麗人 1930
005. 私のパパさんママが好き 1931
006. 愛よ人類と共にあれ 前編 日本篇 1931
007. 同                            米国篇 1931
 すごいタイトルでびっくり。
 去年2010年10月4日、イタリアのボルデノーネ無声映画祭で上演されたそうです。 4時間。
008. 暴風の薔薇 1931
009. 姉妹 前篇 1931
010. 姉妹 後篇 1931
011. 一太郎やあい 1931
012. 東京の合唱 1931
013. 麗人の微笑 1931
014. 七つの海 前篇 処女篇 1931
015. 情熱 ラ・パシオン 1932
016. 七つの海  後篇 貞操篇 1932
017. 江戸ごのみ 両国双紙 1932
018. 陽気なお嬢さん 1932
019. 頬を寄すれば 1933
020. ラッパと娘 1933

これはこの映画とは関係なく、1948年の「舞台は廻る」で笠置シズ子さんが歌っている「ラッパと娘」
実に「クール」
021. 女と生まれたからにゃ 1934

022. 東洋の母 1934   

1934年昭和9年 道頓堀朝陽座のポスター
栗島すみ子、田中絹代、飯田蝶子、岡田嘉子 以上わかる。
川田芳子(知らない)、上山草人(ハリウッド映画に出た人だそうだ)

023. ぬき足さし足 1934
024. 母の愛 苦闘篇 愛児篇 1935
025. 新道 前篇 1936
026. 新道 後篇 1936
027. 花嫁かるた 1937
028. 花籠の歌 1937
029. 良人の貞操 前篇 1937
030. 良人の貞操 後編 1937
031. 江戸っ子健ちゃん 1937
032. 見世物王国 1937
033. お嬢さん 1937
034. 白薔薇は咲けど 1937
035. 南風の丘 1937
036. 雷親爺 1937
037. 花束の夢 1938
038. 藤十郎の恋 1938 
 藤十郎は長谷川一夫、藤原鎌足、滝沢修、入江たか子、清川玉枝
039. 新柳桜 1938

040. 綴方教室 1938 14才の時の出演作

CS放送で見た。
生徒の中で、一人だけいつも同じ着物を着た背の高い女の子。
あまりの貧乏ぶりにあきれてストーリーに集中できなかった。

041. 虹に立つ丘 1938
042. チョコレートと兵隊 1938
 ブログ「老人タイムス」私設にチョコレートと兵隊
043. 美はしき出発 1939

(昭和レビュー狂時代)
 昭和14年。 ポスターの下を見ると
 戦ふ兵隊、揚子江艦隊、 上海陸戦隊とか時代を感じる。(昭和レビュー狂時代)ポスターあり。
 こんな中で原節子さんのおしゃれな姿はまだ許されたんだね。

044. 娘の願ひは唯一つ 1939
045. ロッパの頬白先生 1939
046. 忠臣蔵 前篇 1939
047. 忠臣蔵 後編 19639

 内蔵助は大河内伝二郎、内匠頭は長谷川一夫、上野介は丸山定夫(?)、彼女は茶屋の一仲居、端役だね。
(昭和レビュー狂時代)

048. 樋口一葉   1939
 一葉は山田五十鈴
(昭和レビュー狂時代)
049. われ等が教官 1939
050. 花つみ日記 1939

続く

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プライドと偏見 / アネモネ・ポルト 赤の八重咲き

2008-03-03 14:23:40 | 映画のはなし

今日は肌寒い日です。
三寒四温は冬の言葉で意味が違うそうですが、やっぱり冬から春に変わる今頃を表現するのがぴったりではないでしょうか。

プライドと偏見

夕べ映画「プライドと偏見」をwowowで見た。
主人公のエリザベスの家ベネット家の階級が気になる。
 
(キーラ・ナイトレイ)
いわゆる大地主で立派な屋敷のキャサリン夫人から
*身分が低い
*家庭教師をやとって姉妹を教育していない
*姉たちが結婚する前に妹たちを社交界にデビューさせている
*絵を習っていない
*庭が狭い
と馬鹿にされる

女性に相続権がないので、父親が死ぬと財産は従兄弟のコリンズに行くのだが、そのコリンズが訪ねてきて
*料理がうまい。 娘達のだれかが料理をするのか、と聞かれて、母親が
*私たちにだってコックはいる。 と憤慨して答える

またよその家を訪問するのに馬車を使わず
馬で行ったり、歩いて行って、「泥だらけよ、気味が悪い」
と言われたりする。

庭は泥でぬかるんでいるし、その庭に豚や鶏などの家畜を飼っていて汚い。
長女と次女が同じベッドで寝ているという家の狭さ。
しかし父親はおびただしい本を所有している。
そして数人の身なりの貧相な男女の使用人がいる。

貴族階級とは思えない、が労働者階級でないのは確かだ。
「いつか晴れた日に」に出てきた家族は貧しいながらも貴族の雰囲気はあったのだが。

それで映画を見ながらふと思い出したのが、「四谷怪談」で、あんな貧しい家にも下男がいる。 何故だろうと思っていたら、以前ネットで「武士は下男とか雇う義務があった」というような記事を読んで納得したことがある。 そういう風に雇用の機会を増やしていたのだろうか?

アネモネ・ポルト



(ペンタックスK10D+タムロンSP AF 28-72mmf/2.8)
アネモネ・ポルトの新しい仲間。
八重咲きのゴージャスな花で、蕾もいっぱい出ていてすごい元気です。




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市川崑監督逝く

2008-02-14 08:42:39 | 映画のはなし
市川崑監督が13日午前1時55分、肺炎で亡くなった。
92歳だった。

1915年11月20日生まれ、三重県出身



一番上の写真のイメージしかなかったのですが、こんなにふくよかになっていたんですね。

新説カチカチ山 (1936)  Anime
娘道成寺(1945年、東宝教育映画)
東宝千一夜 大阪編(1947年、新東宝)
三百六十五夜(1948年、新東宝)
花ひらく(1948年、新東宝)
果てしなき情熱(1949年、新世紀プロ=新東宝)
人間模様(1949年、新東宝)
銀座三四郎(1950年、新東宝=青柳プロ)
暁の追跡(1950年、田中プロ=新東宝)
熱泥地(1950年、新東宝)
恋人(1951年、新東宝=昭映プロ)
盗まれた恋(1951年、新東宝=青柳プロ)
無国籍者(1951年、昭映プロ=東横映画)
夜来香(1951年、新東宝=昭映プロ)
ブンガワンソロ(1951年、新東宝)
結婚行進曲(1951年、東宝)
足にさわった女(1952年、東宝)
あの手この手(1952年、大映京都)
若い人(1952年、東宝)
ラッキーさん(1952年、東宝)
青色革命(1953年、東宝)
愛人(1953年、東宝)
プーサン(1953年、東宝)
天晴れ一番手柄 青春銭形平次(1953年、東宝)
わたしの凡てを(1954年、東宝)
女性に関する十二章(1954年、東宝)
億万長者(1954年、青年俳優クラブ)
こころ(1955年、日活)
青春怪談(1955年、日活)
ビルマの竪琴 第一部(1956年、日活)
ビルマの竪琴 第二部(1956年、日活)

TVで見た映画で、西村晃が印象的だった。

日本橋(1956年、大映東京)
処刑の部屋(1956年、大映東京)
東北の神武たち(1957年、東宝)
満員電車(1957年、大映東京)
穴(1957年、大映東京)
炎上(1958年、大映京都)
あなたと私の合言葉 さようなら、今日は(1959年、大映東京)
野火(1959年、大映東京)
鍵(1959年、大映東京)
おとうと(1960年、大映東京)

これはビデオで見て感動した。

女経(1960年、大映東京)
ぼんち(1960年、大映京都)
これもTVで見た映画。
すごいテンポのよさ。 波瀾万丈とはこのことかな。

黒い十人の女(1961年、大映東京)
いい女優がいっぱい出ているのだが、脚本が弱い。
学芸会レベル。

破戒(1962年、大映京都)
見たいとはさらさら思わない。

私は二歳(1962年、大映東京)
太平洋ひとりぼっち(1963年、日活・石原プロ)
雪之丞変化(1963年、大映京都)
男の厚化粧にうんざりして見るのをやめた。

ど根性物語 銭の踊り(1964年、大映東京)
東京オリンピック(1965年、東京オリンピック映画協会)* 総監督
トッポ・ジージョのボタン戦争(1967年、東宝東和)
第50回全国高校野球選手権大会 青春(1968年)
愛ふたたび(1971年、東宝)
股旅(1973年、崑プロ=ATG)脚本:市川崑・谷川俊太郎
吾輩は猫である(1975年、芸苑社)
犬神家の一族(1976年、角川春樹事務所)
これは面白かった。
ただ湖から出ている死体の足が揺れていたのは興ざめ。
日本映画は時々手抜きがあるので安心出来ない。
(あるいはマネキンの足を使うのはやめよう、実際の人間の足を白く塗ってやろうとしたのかな、裏目に出たんだね)

妻と女の間(1976年、東宝=芸苑社)* 豊田四郎と共同監督
悪魔の手毬唄(1977年、東宝)

豪華俳優陣、白石加代子は演技が重すぎて浮いていた。

獄門島(1977年、東宝)
火の鳥(1978年、火の鳥プロ=東宝)
女王蜂(1978年、東宝)
病院坂の首縊りの家(1979年、東宝)
一応4本とも見たがイマイチだった

銀河鉄道999(1979年、東映)* 監修
古都(1980年、東宝=ホリ企画)
幸福(1981年、フォーライフ=東宝)
細雪(1983年、東宝)
おはん(1984年、東宝)
つまらん、途中で見るのをやめた映画。

ビルマの竪琴(1985年、フジテレビ=博報堂=キネマ東京)
鹿鳴館(1986年、MARUGEN-FILM)
竹取物語(1987年、東宝=フジテレビ)
なんかねぇ。 三船敏郎がダイコンになっていた。

映画女優(1987年、東宝)

脚本に新藤兼人が加わっているのでストーリーは一級。
若い頃の田中絹代をモデルにした映画だが吉永小百合が田中絹代ではいただけない。
田中絹代は若い頃は美人でもなく声もしゃべり方もいいとは言えないがどうして人気女優になったのだろう?
年をとってからの作品はTVやDVDでよく見てすばらしい女優さんだと思うが。
写真の「流れる」は日本映画のよさがすべて出ている映画だと思う。
監督は成瀬巳喜男

つる 鶴(1988年、東宝)
これは暇な時、録画していたのを見た。
全く期待していなかたのに脚本のよさに驚き。
「涙では表現しきれない悲しみがある」と言うようなつるのことばとか。

天河伝説殺人事件(1991年、東映=天河伝説殺人事件製作委員会)
帰ってきた木枯らし紋次郎(1993年、フジテレビ=C.A.L)
忠臣蔵 四十七人の刺客(1994年、東宝)
八つ墓村(1996年、東宝)
これはインパクトありの映画で、こういうの好きだなぁ。

どら平太(2000年、どら平太製作委員会=日活)

けっこう楽しめた。

新撰組(2000年、フジテレビ=メディアポックス)
かあちゃん(2001年、映像京都=日活=イマジカ=シナノ企画)

かあちゃんが上品すぎると言われたが、善意に溢れる人情映画で忘れものをふと見つけたような映画だった。
岸恵子さんって年をとらない女優さんだ。

犬神家の一族(2006年、角川映画)
ユメ十夜・第二夜(2007年、バイオタイド=日活)
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ブラッド・レンフロ逝く

2008-01-22 08:52:41 | 映画のはなし
ブラッド・レンフロが1月15日、朝ロス・アンジェルスのアパートで亡くなりました。 前の晩酒を飲んで、朝方はいびきをかいて寝ていたそうです。 同居人がいたのでしょうか。 亡くなったのは朝9時、死因は調査中ですが、ずっとドラッグを摂取していたのが原因だろうと言われています。
25歳の若さでした。

;
(デビュー作の「依頼人」)
この子は何者だ、と強烈なインパクトを与えた。

1982年の7月テネシー州のノックスビルで生まれたが、5歳の時両親が離婚すると祖母に預けられ育てられた。 離婚の原因は父親がドラッグ常用者で家庭が貧しかったこと。なお祖父もドラッグの乱用者だった。 
母親は再婚し、父親もしばらくは彼と祖母と一緒に暮らしていたが再婚して家を出て行った。 祖母は教会の事務員の仕事をしながら彼を育てたと言う。

;
(二本目の「マイ・フレンド・フォーエバー」)
この映画はエイズに罹った少年の唯一の友達役。 周りの偏見と母親との確執、病気の少年の母親の意志の強さと志の高さを描いて秀逸。

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(6本目の映画1998年「ゴールデンボーイ」)
スティーブン・キング原作で相手はベテランのイアン・マッケラン。

;
(2002年の14本目の作品、「ブリー」 bullyとはいじめっ子の事)
いじめ(と言うより舎弟のような)にあっていたブラッドが相手を殺してしまう後味の悪い映画。 内容が日本では公開されるようなものではないのでDVDを輸入して見た。買ったのは2003年だと思うが、2004年に国内公開された。普通にいい作品が日本では公開されないものあるのに、こんな映画でも封切りされるんだと驚いたものだ。

これを最後に彼の作品は見ていません。
IMDbによると2006年「10th & Wolf」、2008年 「The informers」 post-production となっているので撮影は終わっているようですね。





子供の頃の隣人のコメントを何回か見たことがあります。
礼儀正しくいい子だったと祖母のことも一緒にほめていました。
内向的で気むずかしい性格、友人のいない孤独な生活がドラッグとアルコールの乱用に走らせたようですが、死に方は上手でうらやましくもあります。

Rest in peace Brad
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蕨野行を見る

2008-01-18 10:48:38 | 映画のはなし

昨夜NHKBSで「蕨野行」が放送されました。
この映画に関する知識は全くなくて、放送寸前に「姥捨て」を扱ったものだと知ったしだいです。

  映画紹介サイトの一つ












東北の貧しい寒村のお年寄りにしてはみんなふくよかで、欧米映画の俳優達が映画のために減量増量をする努力が全くない日本映画の俳優女優陣たちだ。が、すぐにそれを忘れてしまうほど彼らの演技力とストーリーの奇抜さ、撮影とテンポのよさに見入ってしまった。
「楢山節考」と違うのは老人達が生きる努力をする行為だ。 これが映画に明るさをもたらしている。 
しかし食べ物のない晩秋から雪が降り出す冬には命を永らえることは出来ず死んでしまう。 そして翌年にはまた60になった年寄り達が「蕨野」に来ることになる。 口減らしのために3男の嫁が妊娠すると嫁は家を追い出されてしまう。 行き場のない彼女たちは山に逃れそこで何とか生きるものもいるが。

樋田慶子さんが出ていて驚いた。
この人1934年生まれだそうだ。
中原ひとみさんは年をとってもかわいらしい。
李麗仙さんが口の悪い婆さん役で出ている。 この人は1942年生まれだそうで、もっと年を取っているかと思っていた。
性悪な女だったが死に方は上手なり、と言われる。
この映画は老人達の悲惨な最後を描いているのに、救いがあるのは、ラストの死んで「窮屈な殻」から抜け出して体がふわふわ軽くなったと笑いながら雪遊びをする老人たちがいるからだろう。

ある所で社会科の高校の先生から、「東北地方の農民達は第二次大戦まで米の飯はほとんど食っていなかった」と聞いて、腰を抜かすほど驚いた事があります。 ネットで調べてみると東北地方は4,5年周期の飢饉の連続だったようです。
人増減口記録の細かいデータも残っていて、飢饉の年とそれ以後のもたらす結果はひどいものです。
そして飢饉は天災だけでなく、藩の為政による失策もあったようです。

明治維新の時、東北地方は津軽藩のみが天皇方だったそうですが、時代を読む力もなく、農民を顧みる心もなかったこの地方の為政者たちが非難されることはないですね。
「白虎隊」の話は為政者の愚弄を非難すべきが悲劇にすり替わってしまい同情を引いています。

人間とはこの程度のものでしょうか。
あれ、最近人を非難する傾向が出てきてしまった。
株価の信じられない下落ぶりにストレスがたまってしまいます。


 

 

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今村昌平監督逝く

2006-05-31 11:37:34 | 映画のはなし
◎昨日29日の岡田真澄さんに続いて今村監督が30日亡くなった。
1926/09/15 - 2006/05/30



東京都出身、筑波大附属高校、早稲田大学卒業。
1975年、横浜放送映画専門学院(日本映画学校)を開校。

(監督作品)
(1)11'09''01/セプテンバー11(イレブン)(2002)  監督
(2)赤い橋の下のぬるい水(2001)  監督/脚本
 倍賞美津子 役所広司 中村賀津雄 夏八木勲 清水美砂 北村和夫 
(3)カンゾー先生(1998)  監督/脚色
麻生久美子 松坂慶子 柄本明
(4)うなぎ(1997)  監督/脚色 
倍賞美津子 役所広司 清水美砂 市原悦子 田口トモロヲ 光石研 柄本明 

(5)黒い雨(1989)  監督/脚本

田中好子 北村和夫 市原悦子 石丸謙二郎 大滝秀治
それほど印象にはない。

(6)女衒 ZEGEN(1987)  監督/脚本
緒形拳 倍賞美津子

(7)楢山節考(1983)  監督/脚本

緒形拳/坂本スミ子/左とん平/あき竹城/倍賞美津子/清川虹子
苦手な範疇の映画だが、やはり圧倒されてしまった。
じゃがいもだったか盗んだ一家をみんなで生き埋めにするシーンには驚くばかり。

(8)ええじゃないか(1981)  監督/原作/脚本

(9)復讐するは我にあり(1979)  監督

緒形拳、三國連太郎、小川真由美
倍賞美津子、清川虹子、白川和子、ミヤコ蝶々
初めからとにかくショッキングな映画だった。
キリスト教系の高校を出た知り合いから「復讐するのは人間でなく、神である私だけにあるのだ」と聞いて、ずいぶん傲慢だね、と言ったら「あなたがよく言うわね。」

(10)にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活(1970)  監督/脚本
(ドキュメンタリー)赤座たみ 赤座あけみ 赤座悦子 赤座昌子

(11)神々の深き欲望(1968)  監督/脚本

三國連太郎/河原崎長一郎/沖山秀子/嵐寛寿郎/松井康子/加藤嘉/原泉/浜村純/北村和夫/小松方正/殿山泰司/細川ちか子
5月10日 wowowで放送されたばかり。
島の青年達が逃げた三国連太郎と松井康子を、仮面をかぶって手こぎの船で追いかけるシーンがある。燦々と降り注ぐ南の太陽、青い海、悲しげな仮面の表情・・・。発想に感服。
沖山秀子が「真剣勝負」の映画の後精神を病んで死んだ、というデマが流れてずーっと信じていた。

(12)人間蒸発(1967)  監督/企画
(13)「エロ事師たち」より 人類学入門(1966)  監督/脚本

小沢昭一/坂本スミ子/近藤正臣/ミヤコ蝶々/殿山泰司
昔昔見た映画だが全く覚えていない。ワンシーンも記憶にない。

(14)赤い殺意(1964)  監督/脚本

春川ますみ/西村晃/露口茂/北林谷栄/北村和夫/小沢昭一
ただただびっくりの映画だった。
雪の中を春川ますみと露口茂が延々と歩くシーンは忘れられない。

(15)にっぽん昆虫記(1963)  監督/脚本

左幸子/北村和子/長門裕之/吉村実子/露口茂
これは傑作。第二次大戦前後の日本の中以下の階級の生活がよく描かれている。特に売春宿の女中をする所からはぐいぐい引き込まれていく。合間合間につたない「短歌」を詠むが、それがなんともおかしく切ないのだ。

(16)豚と軍艦(1961)  監督

長門裕之 吉村実子 三島雅夫 小沢昭一 丹波哲郎 山内明 加藤武 殿山泰司 西村晃 南田洋子 中原早苗
これもCS放送でやっていたが用事があって途中までしか見ていない。たしか「徹子の部屋」で吉村実子が大学生(短大?)の時出た映画だと言っていた。

(17)にあんちゃん(1959)  監督/脚本

見たことはないがタイトル名はよく聞く。

(18)盗まれた欲情(1958)  監督
(19)西銀座駅前(1958)  監督/原案/脚本

(20)果しなき欲望(1958)  監督/脚本

長門裕之/中原早苗/渡辺美佐子/殿山泰司/西村晃/小沢昭一/加藤武
CS放送で結構繰り返し放送される。
教師役の小沢昭一や渡辺美佐子が印象に残る。
人がよく死んで暗い映画なのにからっとしている。

(A) 幕末太陽傳(1957)  脚本/助監督

監督:脚本: 川島雄三 脚本:田中啓一 今村昌平
フランキー堺 石原裕次郎 南田洋子 左 幸子 芦川いづみ 小林 旭 小沢昭一 二谷英明
岡田真澄  金子信雄  西村 晃
興味の無かったフランキー堺の演技に感服した映画。
残念ながら俳優全員の鬘と皮膚の境目がはっきりしすぎて興ざめ。なんでそんなところで手を抜くんだだろう。
(B) 風船(1956)  脚本/助監督
(C)キューポラのある街(1962)脚本
(D)サムライの子(1963) 脚本 
(E)競輪上人行状記(1963) 脚本
(F)東シナ海(1968)  企画/原作/脚本
(G)君は裸足の神を見たか(1986)  プロデューサー

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田村高廣さん、逝く

2006-05-23 13:08:31 | 映画のはなし

田村高廣さんがなくなった。
1928/08/31~2006/05/16
阪東妻三郎の長男。洛北高等学校、同志社大学経済学部卒業。
サラリーマンをしていたがお父さんが亡くなった後、周囲のすすめで映画界に入ったという。阪東妻三郎が51才で亡くなった時、彼は24才、正和は9才、亮は7才だから実に正和と15も年が違うんだ。
◎野菊の如き君なりき(1955)

 
政夫の兄の栄造役、妻や使用人の悪口をたしなめるが・・・

◎紀ノ川(1966)

何年か前多分CS放送で見た。
司葉子だけが印象に残っている。

◎青幻記 遠い日の母は美しく(1973)


主人公の少年の大人の役。
母親の面影を求めて鹿児島から沖永良部へ。
鹿児島で父の亡くなった後、妾からつらい仕打ちをされる子どもの自分を愛しそうに見、やさしくしてくれた電気屋のおじさん(の幻)に何回も頭を下げて礼を言うシーンはジンとくる。
妾役は好きな山岡久乃さんで複雑な心境だった。

◎恍惚の人(1973)


森繁久弥の息子、高峰秀子の夫役。
2人が強烈すぎて印象が薄くなった。

◎愛の亡霊(1978)


妻と妻の愛人に殺される人力車夫儀三郎役。
幽霊になって出てくるのだが、怖いと言うより何かやりきれない感情におそわれる。貧しい生活が本当によく表現された映画で、当時はこんな人たちがいっぱいいたのだろう。

◎泥の河(1981)


父親役、最高によかった。
日本にはもうこんな父親はいないだろうな。
ラスト近く息子の信雄に目でものを言うシーンは忘れられない。

◎彼のオートバイ、彼女の島(1986)

原田貴和子の父親役。
夏、竹内力が瀬戸内の彼女の島を訪ねると、盆踊りで、田村高広がやぐらの上で歌っている。
やさしい笑顔が目に浮かんでくる。

◎オイディプスの刃(1986)


父親役。
つまらない映画でなんとか最後まで見はしたが・・・

「泥の河」と「愛の亡霊」「青幻記」での悲しそうな表情は忘れられない。

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予告された殺人の記録 (1987)

2006-01-15 08:19:44 | 映画のはなし

予告された殺人の記録 (1987) Cronaca di una morte annunciata 110分 伊仏

監督: フランチェスコ・ロージ Francesco Rosi 
原作: ガブリエル・ガルシア=マルケス Gabriel Garcia-Marquez 
脚本: フランチェスコ・ロージ Francesco Rosi トニーノ・グエッラ Tonino Guerra 
撮影: パスクァリーノ・デ・サンティス Pasqualino De Santis 
音楽: ピエロ・ピッチオーニ Piero Piccioni 


物語は27年ぶりに故郷に帰ってきた医師クリスト(ジャン・マリア・ヴォロンテ Gian Maria Volont )の回想で始まる。(映画は時間が前後してパズルのような展開をするがここでは事件が起きた順に取りあげる)


事の始まりは事件が起きる半年前に、この町にハンサムな青年バヤルト(ルパート・エヴェレット Rupert Everett)が、結婚相手を探しに来たことだった。


彼はアンヘラ(オルネラ・ムーティ Ornella Muti )と出会い惹かれる。


彼女には双子のビカリオ兄弟(カルロス・ミランダ Carlos Miranda ,ロジェリオ・ミランダ Rogerio Miranda)がいた。


陽気で美形のサンティアーゴ(アントニー・ドロン Anthony Delon)は女の子達の人気の的。


フローラ(カロリーナ・ロージ Carolina Rosi)とは恋仲だった。


バヤルドは金にものを言わせ、次第に兄弟や母親(イレーネ・パパス Irene Papas) を惹き付けていく。
アンヘラは結婚を拒否するが強引に説得されてしまう。

 二人で夕方の河をボートでデイトするシーンは幻想的で美しい。




次々に挿入される珍しい小動物や鳥、そして野生の馬たち。


バヤルドは言う。「この町のどの家が一番好きかい?」
アンヘラは答える。「ジウスさんの家」


妻との思い出がつまった家。
頑なに家を売ることを拒否するジウス(アラン・キュニー Alain Cuny )だったが、目の前に積まれた大金に涙を流して承諾せざるを得ない。
(この世に金で解決できないものは何一つない、とよく言われるが・・・)


そして町を挙げての壮大な結婚式が行われる。


しかし彼女は処女ではなかった。
泣きながらバヤルはその晩のうちに彼女を家に連れ戻すのだった。
母親と兄弟に責められて相手を「サンティアーゴ」と言うアンヘラ。


兄弟は名誉のためサンティアーゴを殺すことを町のあちこちで予告するが、ためらいもある。


その日は鳥の糞を浴びる夢で目が覚めたサンテァーゴ。
母親は鳥の夢は健康の印だから縁起がいいと言うが・・・

 
またその日は司祭が町に来る日で盛大な出迎えをするが、町は素通りされる。
(すごい人出、まるで実際の祭りのように)


しかし決定的な動機は兄の許嫁が「腰抜けとは結婚しない」という言葉だった。




殺人の予告以来、酒浸りの兄弟だったが、この言葉に意思を決定する。


予告された殺人は警察を始め町の大半の人たちは本気にしない。
サンテイアーゴはフローラの父から初めて兄弟が自分を殺そうとしている事を知らされるが、半信半疑である。
殺人を予告した手紙や、人の忠告が様々な偶然によって彼や母親に届かない。
多分予告を最後に知ったのは彼だったのだろう。


兄弟は回りを見ながらサンティアーゴを追いかけるが誰も止めない。
みんなの前で、家の門の扉を閉じた母親の前で彼は21才の若さで殺されてしまう。
その後兄弟は教会に逃げ込む。


酒に溺れたバヤルドは母と姉妹によって家に連れ戻される。


その日からアンヘルは毎週25年にわたってバヤルルドに「恋しい人」と手紙を書く。
しかし返事はなく、ある日自宅の前に手紙が延々と棄てられている。


たどっていくとそこには年老いたナヤルドがいて、無言のうちに許しと抱擁が行われるのだった。

◎年老いたクリストがアンへラに本当に相手はサンティアーゴだったのかと聞くと、「私を責めないで」と答えない。
事実は闇の中だ。
サンティアーゴの家は名門で金持ちだ。反感を持つ人たちもいただろう。
彼はハンサムで若い。 いろんな女の子に手を出し、相手にされない子もいたかも知れない。
殺人の予告を誰もがほとんどが本気にしなかったこと、様々な偶然と人々の思惑が交錯して殺人は遂行される。
人々は事件を思い出し自分なりに再構築する、それは好奇心からでなく運命が彼を選んだ理由を知りたかったのだ、と言うシーンが印象的だ。
しかしアンヘラの相手がサンティアーゴでなかったら、自分の兄弟が殺したのに、それはそれでおいといて愛の手紙をバヤルドに書き続けるという行為が出来るのだろうか?
原作はサンティアーゴの殺される場面は残酷な表現らしい。
映画は全編を通して南米の明るい風景と広い空、音楽が美しい。

◎昨日はすごい雨だったが、今日は快晴。

 

 


 

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