RAKUDA通信 海外&国内 添乗員の最新旅情報! 

こだわりの旅で世界の国々へご案内!㈱キャラバントラベルのスタッフによるブログ。コメント、ご質問歓迎!

杏の花咲くフンザの谷

2007年12月28日 14時06分03秒 | 添乗報告
このブログでも何度か報告しております杏のフンザとパキスタン情勢。

昨日の暗殺事件は周知の通りですが、キャラバンの『杏のフンザの旅』につきましては、発表に踏み切りました。

当然、安全第一での判断ですので直前でのツアーキャンセル!というリスクも伴っています。しかし、お客様からのご要望があり、かつ弊社が現地との太いパイプを持ち状況を熟知し、ツアーも何度も催行している場所、ということでゴーサインを出したのです。

しかも、①添乗員は弊社勤続4年以上の社員が添乗する、②ガイドはパキスタンのトップガイドが同行する、③7名様から出発を決定し最大でも12名様という少人数催行。加えて往復の国際線はエコノミーの上のクラス「エコノミープラスクラス」を利用いただきます。

とまぁ、万全なる体制で臨んだ今回の発表だった訳です。昨日ホームページをアップし、パンフレットは今日発送が終わりました。その矢先の今回の事件・・・。

安全第一という弊社の方針は変わりません。その一方で、パキスタン情勢を引き続き注視して参ります。

内藤でした。

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今年もお世話になりました

2007年12月27日 21時41分00秒 | 添乗報告
丸山です。皆様、こんにちは。ブログは大変ご無沙汰しておりました。お久しぶりです。今年も残すところわずか数日となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?会社の営業は残す所あと1日で終わります。今年も皆様のおかげで無事年を越すことができそうです。誠にありがとうございました。
振り返ると今年も様々な所へ添乗に行かせていただくことができました。1月のカナダ・イエローナイフで始まった2007年、バッチリと神秘的なオーロラを見ることができました。そして、北インドの旅、悠然とそびえ立つタージ・マハールが忘れられません。2月の北京、とても寒かったです。3月の巨大穴・天坑、2回目でしたが、変わらず108歳(現在は109歳)のおばあさんは元気でした。4月の五台山、平遥の旅、文殊菩薩の姿につい見とれてしまいました。5月の雲南省シャングリラ、残念ながら梅里雪山は恥ずかしがって姿を見せてくれませんでした。6月の九寨溝と黄龍、童話の世界に可憐に咲く花々、特にアツモリソウが綺麗で沢山見られました。7月のカナダ・スチュワート、間近に現れた親グマと3匹の可愛い小グマの親子、エメラルドグリーンの氷河が目に焼きついています。9月の中国からパキスタンへの国境越え、フンザの素朴な生活が印象的です。10月のシルクロードのチャーター列車、大変でしたがお客様の喜んでいただいた笑顔が忘れられません。そして、今年2回目のシャングリラ、梅里雪山はバッチリ見えました。11月のアンコールワット、中世クメール人の叡智の結晶をこの目に焼き付けました。と一言では語りつくすのは非常に困難ですが、本当に色々な国、土地へ行かせていただきました。
何より印象深いのが、やはりご一緒したお客様との出会いです。温かいご協力の上今日を迎えられたこと感謝しております。
また来年も皆様を素敵な旅にご案内させていただきます。良いお年をお迎え下さい。
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裏...

2007年12月19日 19時38分05秒 | 添乗報告
どうも、皆様こんにちわ。
師走のあわただしい時期になりましたが、この忙しさに皆様は
あわくってないでしょうか?

突然ですが私、行って参りました、行って参りました桂林へ。
桂林と聞けば山水画の、、やら水墨画の、、やらそんなイメージを思い浮かべるのではないでしょうか?

そうなんです、まさにその風景なんです。漓江をクルーズしてあの、カルストに抱かれるわけなんです。

そこまではごく普通のことなんです、桂林から陽朔までクルーズをして戻るわけです。

しかしキャラバンの旅行にはそこに決定的な違いが現れます。

裏の、裏までご案内をさせていただくのです。
裏と聞けば怪しげで意味深な言葉ですが、つまりは、
普通では行かないところをご案内いたします。という事です。

陽朔を拠点に、洋人街を散策したり、朝日を橋から見たり、イカダで夕日を見に行ったりとエトセトラ
残念ながらどちらも天候に恵まれず見れませんでしたが…素敵らしいです
とにかく、言い出したらキリが無いほど盛りだくさんです

はっきり行って「エッそんな体験できるの」と思われた方々
お任せ下さい、ご案内いたします。

乾季のこの時期、漓江の水位が低く今年はこれで最後ですが、
ハイッご安心下さい、そんな皆様の期待にお答えするのがキャラバントラベルです。
3月からまた始まります。
最近、旅行で満たされてない方、騙されたと思ってご一緒して下さい
笑顔がさらに緩みっぱなし間違い無しです

さぁ興味のある人この止まれ

東京の浅野でした

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メリークリスマス

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おっはー、か。

2007年12月18日 22時59分30秒 | 添乗報告
大阪支店の真田です。
突然ですが皆さんは電話で自分の名字を説明する時、どうしていますか?
私の名前「真田(サナダ)」は本人の発音が悪いのか聞き取りづらいらしく、「花田」(お相撲さんだよ)だの「棚田」(元陽が有名ですね←宣伝)だのと勘違いされ、なかなか本題に入れない事もしばしば。そのような時最終手段として用いるのが「真田幸村の真田です」というもの。周囲の人々の失笑を買うという副作用があるため、ホントに最後まで使いたくはないものの効果は絶大。ほぼ100%わかってもらえます。

その真田幸村(ちなみに今の日本史の教科書では本名の「信繁」で統一されているとか)が戦死したのが1615年大阪夏の陣。そしてその戦死の地というのが大阪のど真ん中に残っています。大阪のシンボルご存知通天閣。そのすぐ近くにある安居神社の境内で越前松平勢の西尾仁左衛門に討たれたといいます。享年49。(真田幸村の戦死については虚実入り混じって様々なエピソードがあるのですが長くなるので割愛します) そして境内にはひっそりと「真田幸村戦死跡之碑」が建っています。

よく晴れた日曜日の昼下がり。野良猫しかいない静かな神社の境内で歴史のひとコマと向き合う。時にはこんな「小さな旅」も良いものです。


「大きな旅」がしたい方、今なら元陽・羅平の旅がお勧めですよ!←宣伝


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オススメ本 宮城谷昌光もの その2

2007年12月14日 14時03分44秒 | 添乗報告
『子産』(上・下)  講談社文庫

「楽毅」の次は、孔子が尊敬したという子産(しさん)です。時代は楽毅が生きた戦国時代よりもさらにさかのぼり今から二千五百年前の春秋の世です。

黄河流域の中原にあって、晋と楚という二大国の狭間で苦しむ小国・鄭(てい)。その宰相として、時代の改革者として、そしてついにこの時代最高の知識人として歴史に足跡を残した巨星の生涯を描いた作品です。

人間の偉大さ卑小さ、その全てを呑み込み描かれる偉人たちのドラマ。苦境にあっても「礼」を胸に矜持を守る姿、また互いを認め会った者同士の心の通い合いもすがすがしい、吉川英治文学賞受賞もうなずける内藤絶賛の小説です。

・・・と書きましたが、分かりにくいですね。要するに子産は鄭という小国の重臣の子として生まれ、大国の狭間で「昨日は楚で今日は晋」という小国ゆえのその場しのぎ的な外交を正し、結果列国の中での鄭の地位を引き上げたのです。その子産の思考の中心にあるものの一つが「礼」であるわけです。

子産の「礼」は、直後に活動を始めた孔子にも大いに刺激を与えました。つまり子産は、儒教の形成にも大きな影響力を持ったと言っていいでしょう。

さて、中国の英傑の話を読んでいつも思うのは、いずれの人物も「恥を知る人であった」ということです。今年を象徴する文字が「偽」だそうですが、右手のやっていることを左手は知らない、という厚顔無恥な輩が前後左右に多い時代です。新聞を広げてもテレビを点けても、仕事をしていても街を歩いていても、恥知らずな人を見かけてしまう昨今、読書ですがすがしい気分となるのは貴重です。

世の中に対し自分を恥ずことなく堂々と生きる人は皆、恥を知っている人なのだろうと私は思います。

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開平・マカオの旅

2007年12月13日 21時03分13秒 | 中国
                

東京の安達です。12/8~12/11開平、マカオに行って来ました。開平は広東省・珠江デルタ西南部にある町です。広州から2時間ほどの距離で意外に近くにあります。2007年6月に「開平望楼と村落」という名称で世界文化遺産に登録されたばかりですが、現在はまだあまり観光客が多くないようです。のどかな田舎の町のなかになんでこんなところにと言うような楼がポツポツと現れ、何だろう???と思ったままにその[望楼]の屋上にのぼるとその屋上からも、近くにも遠くのほうにも望楼の頭がたくさん見えました。開平にはかつて約3000棟の望楼がたっていたそうですが、現在残っているものは1833棟だそうです。望楼は防犯の為、また洪水の非難を考えて作られた建物で、入り口は小さく、壁には銃眼があり防犯に優れ、洪水を考え3階~4階建ての建物の全ての階に台所、トイレがあるというというとても考えられた作りになっていました。中国の世界遺産の中では地味な方かもしれませんが、一見の価値ありです。世界遺産になってから日が浅いこともあり、行かれたことのある方はあまり多くないと思いますが、のどかな町の中にある西洋の建物「望楼の」不思議な風景を是非見に行ってみてください。お勧めです。
「開平ちょう(石周;一文字ですが漢字が出ませんでした)楼と歴史の街マカオ、世界遺産の旅 6日間」2/17発・3/16発 お問合せお待ちしています。
マカオの報告はまたこのブログにてさせていただきます。


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オススメ本 宮城谷昌光もの

2007年12月11日 14時27分18秒 | 添乗報告
昨日に続いて内藤です。

今日は中国古代史を題材にされ、はじめはとっつきにくいかもしれないのですが、読んでみれば大変読みやすくおもしろいという宮城谷昌光さんの小説を紹介しましょう。

『楽毅』 全4巻 新潮文庫

「がっき」と読みます。
三国志で縦横無尽の活躍をし中国史上最高の軍師の一人と言ってよいあの諸葛孔明が尊敬してやまない将軍、それが楽毅だったといわれています。

時は二千四百年前の戦国の世。
当時河北省にあった小国・中山(ちゅうざん)の宰相の子として生まれ、斉で兵法を学んだ後に帰国し一軍の将として立った楽毅は、隣接する大国・趙の武霊王によって攻められた祖国・中山防衛戦の一角を指揮し、機略を尽くした抵抗によって趙軍を苦しめました。しかし大局を変えるまでには至らず結局中山は趙に敗れますが、楽毅は正に滅ぼされるその日まで戦いを続け、趙軍に一泡も二泡も吹かせたのです。
その後は趙、そして魏と流浪した後に燕に迎えられて将軍となり、秦や楚と並ぶ超大国・斉を瞬く間に滅亡寸前まで追い詰めるという離れ業まで演じました。

その楽毅の生涯を丹念に再現したのが本書です。史書に記述の少ない楽毅ですから、宮城谷さんの創作的要素もある程度あるでしょうが、それを考慮してもよく書かれていると思います。

皆さん、年末年始のお休みの際に是非読んでみて下さい。


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山西商人

2007年12月10日 17時23分08秒 | 中国
さて、皆様は「山西商人」をご存知ですか?

山西商人とは、中国華北地方・山西省出身の商人や金融業者の総称です。山西省は黄土高原まっただ中にあり土地は痩せているものの地下資源が豊富で、現在は石炭の産地として知られていますが、古くからは鉄の産地としても有名です。そして、五代十国以降商人の勢力が形成されはじめましたが、最も活躍したのは近代に入ってからの明清時代です。明代に北辺防衛の兵糧を確保するため開中法を施行したことを契機に、人口の多い中原と都・北京とを結ぶ途上にあるという地の利を存分に生かして、山西商人は米穀商と塩商をかねて巨利を得ました。

さらに彼らはその資金をもとに金融業にも進出。活動範囲を中国全土に拡げ、やがて中国経済界を支配していくまでに成長しました。清代の十九世紀後半には全国の為替業務のほとんどを山西商人が独占するほどになりましたが、近代的な銀行の発達や国際経済の中国浸透(銀本位から金本位へ)とともに衰退していったのです。

しかしながら、中国史における山西商人の歴史的意義は大きく、例えば中国最古の銀行は現在世界遺産となっている平遥古城(写真)の中で生まれました。その『日昌昇』は現在、建物がそのまま博物館となっており当時の様子がよくわかります。ここは、ツアーでもご案内し見学しておりますので、機会がありましたら是非。

ちなみにこの平遥、今は極寒の時期です・・・。弊社の平遥の旅は来年4月から再開いたします。

中国なら山西省!と思っている内藤でした。


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憧れの桂林まであと●日?!

2007年12月05日 22時26分31秒 | 中国
さて早いもので今年も年の瀬を向かえ慌しい時期にさしかかって参りましたが、
皆様お体にお変わりはないでしょうか?
インフルエンザが例年より早く人気が出ておりますのでくれぐれもハマらないようにお気を付け下さいね。

一方の私はと言うと、相変わらず風邪も引かずに元気にハニカんでおります
ただ先月の3日に武陵源の添乗から戻って以来、添乗に出ておらず言葉だけに留まらず、
体もなまって来ている次第でございます

しかし 

来週の13日から桂林の添乗に出ることが決まり、大変わくわくしながらの毎日を送っております。
裏の裏まで桂林を感じて来たいと、心にそんな野望を秘め、裏桂林に行ってきます。
あの、、、あの、あの、カルストの大地に抱かれてきます

行ってきます

浅野でした

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行ってきました!!海南島

2007年12月03日 19時18分07秒 | 中国

先日、中国のリゾート地として有名な海南島へ行ってきました 

今回は「食の広州」から海南島へ渡るコースでしたが、ビックリ  したのは列車毎フェリーに乗るという事です。

なんとも発想が大胆で中国らしいなぁとは思いますが、実際に体験してみるとなかなか面白い体験でした。

どんな感じかというと・・・・・・金太郎飴を短い袋に入れる時の事をちょっと想像してみて下さい。

適当な長さで切って、袋につめるのではないでしょうか?なかなか言いえて妙だと思うのは私だけでしょうか?

さて、海南島に話を戻しますと、島内には椰子の木が生い茂りモンキーバナナやマンゴーなどの南国のフルーツが市場には並んでいて、海岸線をバスで走ると白い砂浜と青い海が出迎えてくれました。

中国国内でも観光先として人気のあるリゾート地の「三亜」は観光客も沢山いますが、今回移動した西側は一般的には全く知られていない穴場でした。

罪人として島流しの刑を受けた「蘇東坡」が暮らした場所や、昔ながらの製法で塩を精製する村など、見所も多々ありました。

そんな南国の陽気と素朴な雰囲気に満たされて帰国しましたが、日本の寒さにちょっと途惑っています。



   竹内

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