スールディーヌ・オンディーヌ

水辺に聴いた詩と歌の日記

源氏物語の色彩  四   ムーン・スペンサーの色彩調和論

2015-10-14 14:44:29 | 日記




 今日は源氏物語の色彩分析の基礎となるだいじな論文を概説しますね。硬派なものですが、主張している理論は身近な色彩が対象の、シンプルにプラクティカルな内容なので、理解しやすいと思います。

 源氏物語の広大な色彩空間を眺めるコンパスになる理論です。

 1944年に発表されたP・ムーンとD・E・スペンサーの共著になる論文は三つです。執筆者両方の名前をとって、それらをまとめてムーン・スペンサーの色彩調和論と呼んでいます。マンセル表色系の三属性に基づき色を数量記号で表したこと、主観性(好き嫌い)を退け、総轄的科学的な取り扱いをしていることに、それまでの研究書と異なる特色を持っています。

 まず第一論文ですが、実践的にすぐ役立てられる結果、それに直結する説明だけに簡約しましょう。そうしないと煩雑で、読むだけでも皆さんはきっと飽きてしまうでしょうから。

1)古典的色彩調和理論の幾何学的形成

 配色には、ずばり快いものとそうでないものがあります。快い配色は美的な価値が高く、それを《調和》であるとしました。快さ、という単語にちょっと敏感になってください。目で見て気持ち良い、快楽であるということが《調和》というのは不思議なことに思えませんか? 
 さっき、わたしは主観、好き嫌いを離れた「色彩調和」と申し上げました。旅の道連れである読者の方はきっとこう考えることでしょう。いい気持ちっていうのは個人的感覚じゃないの?
 それはそのとおりなのですが、とてもわかりやすく、この「快い配色」とは「生体にとって優しい配色」と言ってしまいましょう。つまりムーン・スペンサーの色彩調和にかなった配色世界にいると、肉体的に安定、すこやか、気持ちがよい、ということ。
 脳味噌に蓄積された経験や好悪とは別に、体そのものにとって「快い」のです。たとえば、お風呂はぬるま湯が健康には良いとしても、ある人は熱いお湯でないとお風呂に入った気がしない、とか、そういう感じでしょうか。熱すぎるお湯は体に毒かもしれませんが、それこそはその人の「好み」や「状況」なのです。

 美、という言葉にも少し気を配りましょう。美という文字の語源は「肥った羊」だそうです。つまり健康であること、生体が丈夫であることが美しさのベーシックというわけです。

 だから、調和した色彩空間の中にいると、それが個人的にあまり好みでないにせよ、そこから受ける無意識の視覚刺激によって生体は安定し、すこやかな影響を受けるのです。

 モーツアルトやバッハを聴かせると、植物はよく生い茂り、牛や羊の乳の出がよくなるそうです。植物や動物は音楽を知的に理解するわけではないのに、肉体はちゃんと反応するのです。色もそれと同じですね。

 というわけで、疑い深いどなたにしてみれば、わたしの説明はきっと、イワシの頭も信心から、信じて服用すれば砂糖水でも特効薬、というプラシボ現象と紙一重ですが、色彩調和は立派な現象学で、でたらめではありません。

 前置きが長くなりました。ムーン・スペンサーによる快い色の組み合わせのポイント」は次の2点です。

 〈1〉2色間の差が曖昧でないこと。

 〈2〉色彩空間のなかで、簡単な幾何学関係に位置するように色を選ぶこと。

 当然ながら、この仮定には、色彩の連想や感情、実際の物への適合性、好悪とは切り離されています。

 ムーン・スペンサーの実験は、古代からその当時の現代における古今東西の膨大な絵画を丹念に色彩分析して得られたデータから抽出されたそうです。時間と時代の淘汰に耐え、「名作」として訴える作品の集積から「永遠、普遍」へ至る色彩調和、美しさの度合いを弾き出した、と。

 その検証過程を、今ここで、ことこまかに皆さんに説明することはしません。皆さんはああ、そうなんだ、と結果だけ手にして源氏物語の色彩世界にお入りくださいね。それがコンパスなのです。コンパスがどうやってできたか、なんて考える必要はないでしょう?

 さて、ムーン・スペンサーによる調和は3つに分類されます。
 
   同一(IDENTITY)
   類似(SIMILARITY)
   対照(CONTRAST)

 さらに、同一の調和には色相同一、明度同一、彩度同一の三種類がああります。

 また、類似というというのは似た配色、対照は反対の配色で、それぞれ色相・明度・彩度について考えられます。

 逆に不調和はどうかと言いますと、

  第一の曖昧な関係(FIRST AMBIGUITY)
  第二の曖昧な関係(SECOND AMBIGUITY)
  眩耀(GLARE)

 第一の曖昧な関係とは、色相・明度・彩度それぞれが、隣り合わせた2色間の中で違っているのか同じなのかわからないという配色関係。
 第二の曖昧な関係とは、似てもいないし、対照的でもない中位の配色関係。
 眩耀とは、色と色との差が極端に大きくて、並べたときに「まぶしさ」を感じる関係。う~~ん、つまり格差配色ってことかな。

 ね、こうしてお話しすると、色のことって人間関係によく似ていませんか?




 

 
 

 

 

  

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