ひろポンの“わたしにも作れますぅ” 

60’sオヤジのブログへようこそ。模型、モータースポーツ、イラストなどクルマと乗り物を中心に気ままに書いていきます。

チョロQ増産中

2020-05-30 | チョロQ


100均は良く行くんですが、昨日Daisoで見つけたのがこれ。

へー、こんなものまで売ってるんですね、全然気がつかなかった。

模型店で見たら同様のものがこれの5〜6倍以上の値段してましたよ。
もちろん大きさとかにもよりますけど、4つ買って大きくまとめて両面テープで止めれば
A4サイズくらいにはなるしこれで充分じゃない?(笑)



いままで洗濯ばさみとかで挟んで置いておくだけで、別にこんなもん1000円近く出して
買うほどのモノでも無いと思っていましたが、これなら10個かっておいたら相当持ちそう。

最近、昔アルプスプリンターで作った自作デカールが大量に出てきたんですが
捨てるのも勿体ないし、折角なのでいくつか再利用してまた作ってみようと956を製作中です。
GT40はクリアがけが終わってもう2週間放置中。
そろそろ仕上げにかからねば。








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フォード vs フェラーリ :フジミ1/24 GT-40 MarkⅡ  4

2020-05-01 | その他のクルマ模型 : Other Car Models
5月、いつもなら一番良い季節で海へ山へ郷里へ旅行へ、そして静岡へ。

緊急事態宣言が延長になりました。
とはいえ都会のど真ん中は閑古鳥鳴いていても、海に山にホームセンターに公園、そしてパチンコ屋。
いつもと何ら変わりない国民の休日状態です、嗚呼.................。

いつ感染するかという緊張感からひと月以上微熱が続くのに、一方では危機感など
他人事の国民が半分いるわけです。
そんなもん感染が止まるわけ無いですわね。

これほど危機感も自制心も想像力も無い日本人にいつからなったのかと感心します。
1年後2年後、その答えが1人1人の所に戻って来た頃にはじめて判るでしょう。
他人はどうあれ、しっかり回りに気を配ってかつ自衛していきたいものです。

さてと、GT40MK2はようやくデカールも貼り終えました。
今回ルネッサンスのデカールをあらかじめ買ってあったので、それを使用しました。
フジミのキット用なんですが、ストライプの部分がキットのサイズピッタリなので
サイドシルにラジエーターアウトレットの延長やノーズのインテークなど
修正した部分が足りません。
あとからホワイトデカールを貼って、タッチアップしなければ。





タイヤのGood Yearのブルーストリークの青いリボンもデカールなんですが
なぜか正円ではなく3分割。
これをきれいな正円に貼るのはなかなか難しい。

仕方なく以前ロータス49Bの時にやった方法、ホイールにピッタリはまる厚紙を切り出して
烏口コンパスで塗料を流しました。
ここは躊躇せずに一気にコンパスを回すとうまくいきます。





タイヤのロゴはこのキットもそうなんですが、何故かイタリック体なんですよね。
近年の取材で作ってるのかもしれませんが、66年ですから斜体はかからない文字です。
そんなわけでイラレとアルプスプリンターでロゴも作り直し。

貼ってから白色の強さを落とすために艶消しスモークをサイドウォール全体に吹いておきました。
あとはクリア吹き、そして仕上げに進みますよ。


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 フォード vs フェラーリ :フジミ1/24 GT-40 MarkⅡ  3

2020-03-29 | その他のクルマ模型 : Other Car Models
コロナが深刻な状況になっていますが、皆様いかがおすごしでしょうか?

不要不急の外出は自粛、と言っても先日の都内繁華街の人混みや花見客を見る限り
この国の半分の人達は自制心も危機感も無い事が良く判りますね。
外に出ないで模型作って籠もっているのが安全かどうかはわかりませんが
おかげでこの数日は仕事も一段落して、ちょっと模型製作も進んでいます。

といってもいちいち画像撮るのもメンドかったので、いきなりジャンプしますが
こんな感じになっております。





マイルズのフィギュアはタミヤ製が大きすぎたのでフジミのドライバーを使いました。
頭削ってエポパテ丸めてヘルメット。シートに座らせてしっかりステアリングを握ってもらいます。
バルクヘッドには何か断熱材?みたいなメタリックシルバーの材料が貼られているみたいなので
これもパテで作ってみました。





健さんが座るところは見えなくなるので、シートのハトメも塗りません(笑)
一応穴だけは最初に空けてあります。
ドアの内張やハンドルもプラ板で適当に作ってみました。
シートベルトはブルーのようですが、あとで気がついたのでもう直せません(笑)

リヤエンドのホース類はさかつうの6角フランジに金属線を通してからWaveのスプリングを通して
作りました。雰囲気だけです。





本橋さんのホイールはリムを残してメタリックグレーに塗ってあります。
レインに履き替えたホイールは何かゴールドっぽいし前後で異なるものを履いていて
良く判りませんので、スタート時の画像からグレーにしました。





ボディーの赤い塗装は元々全面ブルーだったけれど予選でイギリスチームに間違われたため
急遽ペイントされたものですが、実際は蛍光色らしい?のですが、いまひとつ不明なので
クリアがけでしみ出すのを防ぐ意味もあって、シャインレッドに少量のホワイトを加えた赤で
塗っています。

このあとデカールを貼って最終組立に進みます。


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流線型

2020-03-20 |  vehicle
久々の鉄ネタ。
流線型80と言えばユーミンの名アルバムですが、流線型車両のそっくりさんがこちら。

まず左側の旧型国電の名車52系です。
昭和11年に製造され京阪神の急行として当時の阪神、阪急と競争し活躍した国鉄の新型車両でした。
最初は4両固定編成でスカート付きのクリームと葡萄色の2トーンでしたが、後に格下げとなり
スカートは外され阪和線特急となりました。
その後旧型国電のメッカ飯田線の快速として転用されて、最後はヨコスカ色になって
長年活躍しました。

私も子供の頃郷里に帰る時に何度もこれには乗りましたが、旧型国電やED16,17,18といった
外国製ベースの電気機関車が走っていた頃の飯田線はとても絵になりました。

いまやほとんど無人駅で、廃止になりそうでならない(出来ない)飯田線ですが
長距離路線なので無くす訳にはいかないんだろうけど、この先判りませんからねえ。
私も最後に乗ったのが40年前で、以後一度も乗っていません。
この52系は名古屋のリニア鉄道館に展示されています。

そしてよく似た顔のもう一つが京阪電車の1000型です。
これは国鉄より一足早く大正13年に京阪電気鉄道が導入した車両で、最初は京阪本線に
後に宇治線、交野線で活躍しました。これも良く乗った記憶があります。

どちらもデザインは当時のアメリカのストリームライナーの影響を受けています。
丸い先頭車両はあの30年代のパイオニア・ゼファー(Pioneer Zephyr)やニューヨークセントラルの
マーキュリー( Mercury)といった車両に似ていますね。

流線型という言葉自体すでに死語になりつつあり、近年の気持ち悪い(笑)スタイリングの
列車や車や電車を見る度に、乗り物のデザインに夢が無くなった時代を悲しく思うのであります。


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ブースカのデカパン

2020-03-07 | Toys
今の我が家に引っ越してきて以来、玄関収納の上に鎮座しております怪獣ブースカです。

25年くらい前に埼玉県川越にあったブースカ専門店で購入しました。
いまはこのお店、ちょっと離れたところに移転しています。
先日久々にネットショップを見たら新製品のデカパンが出ていたので買ってしまいました。

製品の中で一番大きなジャイアント・ブースカ。
元々はブラウンだったのですがソフビ塗料で全部塗り直しています。
だいぶ汚れが溜まっていたので洗ってあげて、新品のおパンツを履かせてあげました(笑)
これでお腹が冷えるのを防げます。ラーメンもいっぱい食べられそう。






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イチゴバター・メロンパン

2020-02-21 | 食いしんぼう
近所のスーパーのパンコーナーに立ち寄ったら、イチゴバターメロンパンというのが
並んでいました。

妙に脳みそっぽいのが引っかかって、つい買ってしまいましたが
なんのこたーないイチゴのバタークリームが入ったふつーのメロンパン……………..。

しかしメロンパンってなんであんなにカロリー高いんでしょうね?
300~400kcalとかありますからね。ラーメン1杯と同じくらい。
最近徐々に太り気味なので危ないかな。

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フォード vs フェラーリ : フジミ1/24 GT-40 MarkⅡ  2

2020-02-09 | その他のクルマ模型 : Other Car Models

あっという間にもう2月、GT40はさっさと作らねばと気ばかり焦るもののあちこち手を入れる所も多いのでなかなか思うように進んでいません。
それでも同じ街に住む巨匠、というより人間国宝とも言うべきMさんの金属ホイールと小物パーツが届いて、ようやく雰囲気がつかめるようになってきました。

GT40Mk2の履いてるハリブランド・ホイールは、前期と後期で若干形状が異なります。
Mさんの凄い職人技で一つ一つ削り出したホイールは後期のタイプ。





この1番のマシンは当然ながらレース中にホイール交換をしていますが、ネットで見つけたゴール後の前後別々に履いている画像を拡大してみます。
左のフロントはキットと同じ前期タイプ。センター-の穴の周りのリブがリムの部分まで延びています。
リヤホイールは後期のタイプで穴の形もちょっと違いますし、リブはリムまで延びていません。

リヤはリムの外側以外はメタリックグレイ、あるいは黒鉄色に塗られていますがフロントはちょっとゴールドがかった色みたいですね。





まあ折角の彫刻ホイール、キットの物を使う手はないので、ここは4輪とも後期タイプのままで作ります。
そしてこちらも注文しておいたナンバー照明のライト、ドアハンドル、トランクヒンジもこんな感じです。
こういった小物がキッチリしていると全体が締まってくれると思います。





ナンバーライトは3mmx2mmくらいですが、ちゃんとライト部分はアクリルで、オマケに中に球まで彫刻されています!!
ルーペで拡大しないと判らないくらいです。
凄い職人技ですが、どうゆうことかというとこんな感じでしょうか。




正直なところ私のモデリングには勿体ないくらいですが、ちょっとでも見栄えが良くなれば万々歳。

ボディーはフロントのラジエーターアウトレットのスロープを深くしているため、シャシーもフィッティングの都合上前部を切り離しました。
リヤのシャフトもキットのままだとグラグラ動いてしまうので、アップライトからバルクヘッドに向けてラジアスアームを真鍮線で追加しています。
エンジンカバーもちょっと弄っています。

このクルマのシャシーはブラックではなくダークブルーなので適当に調色して若干明るめに塗装。
内装に進みますが、タダ作るんじゃつまらないのでマイルズのフィギュアを乗せようかと思っています。



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フォード vs フェラーリ : フジミ1/24 GT-40 MarkⅡ  1

2020-01-16 | その他のクルマ模型 : Other Car Models
FORD vs FERRARI 皆様もうご覧になったと思いますが、昨日遅まきながら私も行って来ました。
クルマ30分走らせてIMAXで上映しているショッピングモールの109シネマへ。

お客さんはせいぜい10人もいれば良いとこだろうと思っていましたが
シアターのど真ん中のエグゼクティブシート2列にオッサンとお爺さん?が10数人。
おお!金持ちやなあ(笑)

他にも若い人やシニアカップルが15人ほどいましたね。
IMAXじゃないほうの部屋はどのくらい入っていたんだろ?
パンフも最後の1冊だったので、1週間でそこそこ入っていたのかな。

結論、実に良い映画でした!
世代もあるんだろうけど当然RUSHよりずっと入り込めました。
バックミュージックも良い。
エンドロールのポークサラダ・アニーまで2時間半あっという間でした。

映画なので史実とは違うとこもありますが、細かいことは言わずに楽しめました。
ただ予告でもレストランで2人がフェラーリを倒すのに200年かかるところを90日だ、という
シーンがありますが、映画は決して90日間の出来事を描いているわけでは無いので
そこんとこ勘違いしないように。
あれは前年のシーンと考えると1年三ヶ月前くらい前かと。

マイルズは実際は65年のルマンにもブルース・マクラーレンと組んで
ノーズが長く三角尾翼のついたGT40で出ているんだけどリタイヤしています。
66年のレースがテーマなのであえて描かなかったのかも。
まあ映画では外されてフランスに行けずラジオで実況聴いていますが。

おかげでフジミの昔のキットがいきなり人気になって10000円とかヤフオクで付いていますが
ちょっと前まで1500円くらいでしたよね。
あのキットは名作なのでP4と一緒に映画バージョンで再版でもしてくれないかな。

制作の方はなんだかんだ弄ってやっと白サフまで吹き終えました。
このあとボディー塗装に進みます。
くれぐれも1号車はガルフブルーじゃありませんから間違わないように。

赤い部分もソリッドじゃなくてH&Mの2台同様、蛍光が入っているようですが
実際はどうなんだろう?写真ではイマイチ判りませんが調べなくちゃ。








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京都大阪:2019秋

2019-11-30 | おでかけ




2年近く前の2018年1月の記事に書いた、昔住んでいた京都のアパート。

この時の同じ中学のご出身の方が送ってくださった画像を見て、早く見に行かねばと
京都に行く予定を立てたのが7月。
ところが台風が近づいていて大雨になりそうなので結局取りやめたのですが、年内に
なんとか見ておきたいと思い、再び連絡を取ってお時間も都合していただいて
先週見に行ってきました。

この街に来る前に1年住んだお隣の町の卒業した小学校も一緒に見てこようと
まずは近鉄の駅で降りてタクシーで学校へ。
53年ぶりに訪れて、通った通学路を住んでいた家にむかって写真を撮りながら
記憶を辿って歩きました。

一面の田んぼの風景は住宅街と団地になっていましたが
新しい家がポツポツある中に古い板壁の旧家や見覚えのある家々など
小6の頃の記憶のままの家も残っていました。



転勤族だった私が1年だけ通った小学校。




通学路の途中の田んぼは見事な壁で囲まれたお屋敷に。





53年前住んでいた家は左の白い戸建てのところ。元3軒長屋だった。


バスで移動しJRの駅前で待ち合わせている時にスマホに入ったその方のメッセージで
なんとアパートが更地になっているとの連絡が。

ご挨拶もそこそこに行ってみると、見事にすっかり何も無くなっていて
まあいつ取り壊されても仕方ないような有様だったけれど、まだ住んでいる人がいたとのことなので
実際目にすることが出来なかったのは本当に残念。




残っているうちに見たかったという目的は果たせなかったけれど、そのあとはご厚意で
クルマで懐かしい場所をあちこち案内してくださいました。
お世話になったHさんには心から感謝。ホントに良い想い出になりました。





50年ぶりに来た天ヶ瀬ダム。
右の茶色い発電所の所から、手前上流へ川に沿って〝おとぎ電車〟が走っていた。




黄檗山万福寺の三門。


また遠くないうちに今回行けなかった場所にも行ってみたいと思います。

夜は大阪京橋で久しぶりの大学時代の友人達とプチ同窓会。
翌日は大阪城公園そして水上バスで川巡りのクルーズを楽しみ、曾根崎界隈を歩いてから帰京。




大阪城公園のお堀、ここは元グラウンドでした。








大阪駅前曾根崎連絡デッキから、そして阪急ファイブの跡に出来たHEP FIVEの観覧車。
大月楽器店にはよく行ったなあ。









すっかり変わってしまって迷子になりそうな大阪駅。
そして新大阪駅でバッタリ出会ったドクターイエロー。
ラッキーな締めくくりの今回の旅でした。

自分にとっては生地よりも故郷と言える関西を久しぶりに訪れて
いろいろあったこの数年のモヤモヤを消し去る事が出来た気がします。
人間、動けるうちに動いておくのが大事だとつくづく感じた2日間でした(笑) 

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田中正美の〝Beat On Plaza〟

2019-11-20 | Music



今はもう音楽を聴くのにネット配信が当たり前で、よほどの好き者じゃ無いと
CDなど買う人はいませんが、なぜか急にアナログ盤が脚光を浴びて
近年はいろんなアーチストが新譜を重量盤アナログレコードでリリースしてくれるようになりました。

昔と違って音楽が使い捨て聴き捨てになって、創る側も聴く側もそれが当たり前のようでは
なんとも寂しいとしか言いようがありませんが、それでも懐古趣味ではなくアナログの良さを
再認識してくれるのは嬉しいことです。







でもって、ざっと遡って70年代のはじめ。
いろんな洋楽のミュージシャンが大挙して来日し、LPが3000円前後したこの時代。
そうそう片っぱしから買うお金も無い学生や社会人が、こぞって頼りにしたのが
FMエアチェックなどという、今の若い人が聞いても〝なにそれ?〟というもの。

チューナーやレシーバーのブルーやグリーンのメーターを見ながら、息を殺しながら
カセットデッキやオープンリールに録音していたのが思い出されます。

そんな頃に私が一番聴いていたのがFM大阪の平日18:00から放送されていた
田中正美のビート・オン・プラザ。
70年代を関西で過ごしたロックファンなら、もうほとんどの人が知ってる?くらい。

何と言っても55分間の番組内で、毎日新譜のロックのLPをノーカットで丸ごと流してくれるという
貧乏学生にとっては神様のような番組でした。

FMファンや週間FMを買って、この日は何を流してくれる!と赤丸をつけて
テープを準備して待機していたものです。

ポール・マッカートニーのアルバム「McCartney 」に収録されていた、「Momma Miss America」が
イントロで流れて、DJの田中氏の紹介でだいたい3曲づつ、あいだにCMは入りますがCMの前後に
録音、停止ボタンを押すタイミングを計れるようインストの曲が流れたように思います。

当時はミュージックライフや音楽専科といった洋楽雑誌はありましたが
新譜やミュージシャンの情報などは雑誌が出るまでほとんど判らなかったので
この番組はすごく楽しみでした。
FM大阪が開局した時から始まって、田中正美氏が3代目DJだそう。
残念ながらそれ以前のDJの放送は聴いていないのでわかりません。

そういやNHKのサウンド・オブ・ポップス、もアルバム両面流してくれてましたね。

こういった番組があったおかげで、還暦を過ぎてもいまだロックファンを続けていられるわけで
やはり良い時代だったと言うべきなんでしょう。


Momma Miss America (ママ・ミス・アメリカ) / PAUL McCARTNEY


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