再就職&これが私の修行の道!

再就職して時間だけ無駄に経過しています

突如なくなった話

2016-11-28 14:34:21 | Weblog
他人様には本当にどーでもいい話だと思います。

2つある。

一つは小学校1年くらいの時の話。
本の付録でカイワレ大根栽培キットと言うのがついていて、一生懸命育てていた時の話、「そろそろ食べごろね」と母が言った。
少なくともあの味では生では子ども受け付けないのは母は知っていて「どうしようかしらね」と言った次の日のことである。

私のカイワレキットが無くなっていたんです。
そしたら母がいきなり謝ってくる。
「ごめんねー。あんたのあれなんだけど、昨日お父さんが友達連れて帰ってきて飲みだしたんだけど、おつまみが無いって言うことで、あんたのあれ・・食べちゃったのよ、友達と・・・」

はあ・・・忽然と消えたのはそう言うことか・・・って幼少の頃でも微妙に風船膨らませてもらったら、空気入れすぎて破裂させた父のことかと思い、言うだけ無駄って言葉が頭をよぎったのである。
今なら「こいつら○す」くらいは言ってるだろーなあと。

ちなみに父からは何にも言われておりません。わたしかあっちが死に際の時にそいつは突っ込んでやろうと思っている。
どうせ親からしたら、自分達より先に逝きそうだと言われたんだし。どっちが先かなんてわからない。

私なら家人が食っちゃいましたって言うなら、そいつの埋め合わせはするが、まあ当時の親は無神経である。
友達がそこらは突っ込んでくれましたが。

普通ならカイワレの種とスポンジを用意してやるか、お詫びの交渉くらいはするよ、私なら。

そしてもう一つはウサギである。
親が知り合いから貰ってくることになったと言う。
私は当時、ウサギと言えば真っ白な毛に赤い目のウサギしか知らなかったのである。
だから、ウサギと言えばそれがくるもんだと思っておりましたが・・・

これも学校から帰宅して、「ウサギいるよー」って言われてみて、二度びっくりした。
真っ白な毛に赤い目ではなかったからである。

そこにいたのは、黒目で、白と黒いぶちのついたウサギであった。
確かに外見はウサギだが、赤目ではない、真っ白でない(しつこい)、正直口にこそ出さなかったのだが、詐欺だと思ったね。
知らなかったとは言え、イメージをぶち壊されるという衝撃はこのかいわれとウサギで知った私である。

その上、今は違うらしいが当時はウサギに水をやったら死ぬって言われていて、その場で二度衝撃を受けたのである。

そんなだからせっかく来ても可愛いとも思えず、私はほとんど触らないうちに、そう家にきて10日もしないうちに忽然と消えたのであった。
その時は真っ白いウサギが良いって思ったから家出でいなくなったのだと思ったが、今思えば、1小屋の施錠がイマイチで自力で逃げた、2ネコかなんかに盗られた、まさかの3でとーちゃんたちが食ってしまった・・・だが、多分2だと思われ。

ちなみに、とーちゃんととーちゃんの友達の皆さんはそれぞれ自○車ディーラーの会長、○築会社の会長、公○員経て褒章もらった人他、まあまあの社会的地位についているが、この人たちは単体でも、全員お揃いになっても、うさぎくらいは簡単にさばいて食べてしまう人種である。
実際イノシシは、この人たちさばいちゃってますから。
そこもあって疑われても仕方のないことである。
そもそも人のカイワレ食ってるんだし。

だが、何にしても突如いなくなるとか、無くなるって言うのは強烈な思い出を残すのである。


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きくいもと黒豆と雑煮

2016-11-24 18:40:57 | Weblog
大した話ではないのであるが。

今日買い出しに出て、いつものところにきくいもが置いてあり、うちではお値段もありがたいし、きくいもはきくいもチップスにして家族に出すが、くわいをチップスにした感じに近い味で、うちでは皆が手を出すので、今日も見つけた途端にかごに入れた。

ちなみにくわいは正月に出さないと家人が文句を言うので、それは年末に買うが、デパートとスーパーではおいてある大きさが違う。
これは煮付けたりしないでチップスで出す。

・・・で私がきく芋をためらわずにかごに入れたのをみた、見知らぬおばあちゃん、本当におばあちゃんって感じであったが(最近の方は若く見える人が多いから)、いきなり「これ・・体にいいって聞くんだけど、どうやって食べてるの?」
横に棚卸する店員がいたんだけど、思いっきり目は私に向いていたので、
「えーっと、洗って汚いとことって、食べるのに歯に問題ないなら、皮ごとそのまま薄切りにして油で揚げてチップスにして、塩かけて食べます。味はくわいチップスに近い感じだと思います」

ちなみに他の食べ方で出した事ないんだけど、どのサイト見てもチップスが一番美味いと書いてあったし、家の場合は他の調理法は向かない。

そしたらおばあちゃんが「体にいいって聞くんだけど、どう料理していいのかわからなかった」
「糖尿病とかに良いとは聞きますが(チップスはその病気にどうなんだろうか)」
「ありがとう、やってみるね」と言うことであった。

本当はきんぴらとか食べ方あるんだけど、一回調理して食べたら、自分が食べたいようにすればいいんだし。

驚いたのは棚卸していた店員さんが耳ダンボにしてた・・・

一方でこの間、母から黒豆煮たのを冷凍したのをもらったのであるが、これまた薄味ではあったが、うまかったので珍しく作り方を電話で聞いた。
そしたら「あれ・・まずかったの?」と聞いてきたので、
「逆逆!!確かに味は薄かったのだけど、子どもが最近私が作る黒豆を気に入らなくて、それで聞いたんだよ。子どもはこっちの方が良いらしい。後から味少しつけたんだけど」
そしたら珍しく丁寧に教えてくれた。私が母に「何々の作り方を教えてほしい」と言うのは割に最近では珍しいことになってしまったからである。
でも味付けの裁量は父に任せ、自分は食べないって言っていた。食わんもん作ってんのか・・と思わず。

次にやって来たのは年末に近いことから、子どもが要求してきた雑煮。
うちは母の実家に伝わっている雑煮を出すが、それも上手いが、他にも美味い雑煮出汁で食いたい欲望がある子ども。
「他のとこのご当地雑煮が食いたいが、かーちゃんは美味いのは知らないのか?」と言うことだったので、
「お前さんはゲームしながらチャットやってんだろうよ。だったらその人たちに聞いてごらん」

真面目に聞いていたけども、どうにも漏れ聞こえる言葉は「ぞうり?」とか、「象煮た物?」とか、なんだって男子と言う生き物はこういう反応なんだろう。
しまいには作り方聞いてるのに「うまいぞ」とか、「○○が入っている」とか適当で、子どもが「か-ちゃんに作り方聞いてこい」ってキレていた。
あのー、お願いするのはあなた、なのにどうして斜め上なのか私には謎である。
三つ葉って言っていたけど、セリの可能性が高いと思うなあと思いつつ、私は結果待ち。
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実際はどうなんだろうか

2016-11-21 17:30:10 | Weblog
先日友達が来た時の話である。

友達は介護職についている。
本人はきつい仕事だと思うが、自分は向いているし好きだと言う。
その友達ならそうだろうなあと思いつつも、彼女は小学校位から介護の手伝いはしていたらしい。
当時は全然知らなかった。でも手伝いとかいたけど、戦力だったのは間違いないのだ。

漠然と知ったのは、2人で私の子が生まれる前に介護教室に通ったことであった。
家人の祖母が入院したのを知り、慌てて半年後に見舞いに行き、現状を知った私にかかってきたネタは、伯母さんか大叔母さんか忘れたが、夕食の介助をしてくれと言われてやったものの、一つも納得がいかない結果に自分で衝撃を受けたのである。
「あ・・あたし、何にも出来んじゃん」って。23くらいの時だ。悔しかったなんてもんじゃなかった。
話では家人を大事にしていた祖母だと言うのに、私がこれかい・・・と思ったら、気が付いたら友達に愚痴をこぼしていて、聞けば私の住んでいる2つ先の区にそう言う教室があると聞いて、友達と3回コースの教室に通うことにしたのである。

そのあたりから、講習中の友達がいきいきしていることを見逃さなかった。
そして私は、最低限を教えていただき、食事とか車いすへの移動とか、トイレ介助の最低限は出来るようになった。

以後私は介護職は考えず、結局マッサージやエステの方向に行った。
自分の祖母の時にも上記は役に立ったが、今みたいに知識もなく、何もしてあげることは出来ずに祖母は逝った。

そして年数が経って、私は資格を取り、気が付けば親の入院の時に少しでも早く治るようにとマッサージをつづけた。これは担当医の許可は取ってやりました。
友達は、風呂介助の仕事に入った。
大変らしいが好きだと言う。

その友達との会話で、私が「実は大学病院の検診について行けば、私の世代が親を看ているのではなくて、現実は私の親の世代が、その親の世代の検診に付き添っていて、思わずおかんに「”あれが老々介護とか言う現実ですかー”と言ったら”そうなんよ”と返されたのだが・・・」と言ったら、
「実際は、自分の要介護認定受けているのが親の面倒みてるし、最近の高齢者の事故も、あれだって専業主婦が減って家庭が共働きになって増えたとしか思えないのよ」と。
その友達は、専業主婦の重要さと言うのをいつも言っていた。
彼女はほとんど専業はしていないのだけど、専業をバカにするようなことは一言も放ったことがない。環境が許すなら子が小さいうちは専業を希望しただろうと思う。

実際私の親の親世代は、私の住んでいた地域に限って自動車免許を持っているのは大半男性で、それだって今みたいに自動車免許当たり前、身分証明書代わりみたいなのではなく。
私の世代になれば、車が無いと不便な地域だから、高校3年になって学校の許可がおりたら免許を取りに行くであった。
だから、田舎だと嫁とか孫がたまに年寄りをあちこちに連れて行くみたいなことになっていた。

私が会社勤めをして、車通勤をしていた頃は、祖母も親に頼むのが忍びなかったか、良く私に「○○まで乗せて行って」と。

そして今は共働きが多くて、親の面倒ばっかりも看られないから、一部限定で結果的に高齢者がハンドルを握ることになると。そういうことらしい。
それに交通の便が良いところではなく、悪いとどうしても簡単にハンドルは離せないし。
ご時世的に、現役世代は給料は上がらないが、家を買えば共働きで仕事に出る、子どもが小さければそれを可能なら祖父母に預けて仕事に出る、それでも躾が行き届けば問題がないが、そうでなければ子どもは学校内外で問題行動を起こす。
一方で年よりもそう、子ども世代が手を貸してくれるならいいが、実際高齢者の夫婦のどちらかの面倒を看ているとか普通にあるのである。
私も例外ではない。親はよほどでないと連絡はくれないのである。大学病院検診他市内の検診だけは頼ってくれるようだが。

私も少しは思う、政府も女を外に出すことばかりを考えるのではなく、少なくとも3歳まではお母さんがゆっくり子育てできる環境みたいなのを作る、育休使って戻ってきたときにその人が同じ場所に復帰できないとかあるそこらだって問題だと思う。これは仕事が出来る人に限るけど。
パートの上限額上げる前にすることはないんかと。
あと、一定年齢以上の女の求人なんかほとんどない。
介護に関しても会社が介護休暇などは作ってはいるが、実際家人の会社などもあるだけで使えるんだろうか?と頭に(・・?こんなもんがよぎる。

私も新卒の会社で見たことがあるのだが、実際現場で大して使えなかったのであるが、本人お金命みたいなところがあって仕事と金に執着していて、妊娠中もしんどいなら休めばいいのに、大して居心地の良くない会社で午後から仕事せず居眠りして仕事をこなし(故意的ではないのはわかるが、寝る位なら帰れと言う話である。それなら誰も文句は言わないから)、産休ギリギリまで働いてから育休(ただし、そいつに限らず会社自体はギリギリを要求したわけではなく、本人希望で辞める選択肢もあった)、最低の育休で復帰したけど、時短で授乳の為の休憩時間も多く取られていたけど、結局妊娠中に仕事が出来ずに自分のデスクで寝ていたのが上層部にばれて、大して人徳もなかったことから結局本格復帰した後、閑職に追われていた。
私は結婚したので辞めた後だったが、人づてに聞きました。
結局本人に色んな意味で余裕がないのである。
申し訳ないけど、ここを逃せば次の良いところは絶対ないからしがみついているって感じであった。
本人は何かと先輩風をふかすのであるが、正直田舎から出たことが無くて、最終学歴は私の方が悪いが上で知識や勉強量も違うし、正直先輩風吹かせても意味ねえなあと。最低限立てたけど、その価値も正直危ういじゃなかろうかと。
この人は会社だって首を切らなきゃならなかったのだろうと今でも思う。悪気はないが給料泥棒じゃん。

私は使えない人を企業だって使う必要もないと思うし、その人に関して言えばびた一文同情も出来ないが、本当に仕事が出来る人にはそういう選択肢もあるべきだと。大きなところなら会社内に保育園とか、工業団地内に保育園とかあるんですけど、それ以外でも配慮は欲しかったりする。

私だって、変な話資格はあるが、子どもがいるからって大手企業のネタは最終審査まで残るが、最終的に子どもが理由ではねられてきました。
自分が理由なら、あきらめもつくけど子どもが理由になるのかと思ったら、じゃあ自分で会社立ち上げた方がいいんじゃね?って結論ですよ。

実際会社もやるやらないはもう少し勉強して考えるが、なんだかおかしいのだけは間違いない。
不勉強な部分もあるから、何がと的確には言えないのだけど。

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昭和○○年の思い出

2016-11-21 13:12:27 | Weblog
何年かは伏せておきますが、先日人と珈琲飲みながら喋っていた時のことである。
一定年齢を越えますと、昔の思い出と言うのを皆さん話してくださいます。
私は面白がって伺います。ふざけているのではなく、本当に楽しいから。

その人は昭和○○年は自分に転勤他があって、怒涛の年だったと言う。
どうにも新天地で営業募集をかけたが、誰も行きたがらないと言うのでご自分が名乗りをあげ、ご家族と行かれたと言うのである。
でもそれがあって、今の職に就くことになったと言う。

内情を私が聞くことはないが、それを覚えているのなら、人生的にもご自分的にも引っ掛かりがあるのだろう。
手相にも人相にも出ているのだろうが、私は本気では見てないからそこらは突っ込む気はありません。
・・と言う話から、私の話になった。
私は当時思いっきり子どもで、その年は実家が建て替わったのである。

・・・で保育所に行くときに有った家が、保育所から帰ってきたらその場所に家が無くなっているのである。
あれね、悪いんですけど衝撃的なんてものじゃなかった。
私の記憶にあるのは、帰宅して玄関の前に母と他の姉妹と無くなった家の前で阿呆みたいに眺めた記憶だけ。
それから、いきなり離れに連れていかれて、しばらくここが家ね!と言われて二度びっくり。

・・・って言ったら困惑されていたが、まあ当然であろう。

ちなみにこのあたりで曽祖父が亡くなったのであるが、遺言は「自分が死んでから家を建て替えなさい」だったんだそうで、忠実にそいつを守ったら、近隣からあろうことか酷い言葉がきたのだと言う。
要はじいさんが亡くなる前になんで綺麗な家に入れなかったのかと言う話のようだ。

そしたら「まあ世の中は言いたいことを言うもんだ」と。
そのようです。

ちなみに街中だと荷物を預けて、一時的にアパートやマンションあたりを借りて凌ぐんだろうと思うが。実家は田舎なので、離れを一時期に改装して使うことになった。
だが、子どもの記憶として衝撃的だったのが、いきなり家が無くなる、隣の離れがいきなり住まいになったが、ものすごく部屋数があったのに超2LDKみたいな状況、台所も風呂も今迄と打って変わってにわか仕立てであったが、「なんでこうなった?」と言うのが本音で、隣で新築されているものを見て初めて意味がわかったのである。ついでに自分達が使う部屋??には簡易トイレ(洋式)が置かれていたのである。
離れにはトイレがないが、昼間ならともかく、夜はトイレに起こすのにそこまで連れて行くくらいならと、晩年の曽祖父が使ったと思われるそいつが出てきていた。ちなみに離れには、まだ当時台所に改装した残り香でもないがそのくらいの勢いの痕は残っている。で見るたびに思い出すと。

だが、最近になって口を開いたネタであるが、みんな笑っていたな。
本人にしたら衝撃的だったのにね。




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疲労月間

2016-11-19 14:39:22 | Weblog
正直、本腰入れて休みたいんです。
何も考えずに。

しかし現実はそんなに甘くなく、私が休みたいけど休めないのが現実。
先月あたりから用事が突発的に入ったり大ネタ仕掛けるのにあれこれやっていて、気も張っていた。
一方で朝出る前に、身体がきついと言われたら、指圧して出すが、これも正直術後2年たっても朝だけはそれをやるのがきついのである。
要は下向いて、せーの!!ってやったら、自分がたちくらみするような感じで。少し長い時間やる時は、「朝は足でしかしません」
要はフーレセラピーみたいなもんだなあと。

この辺では足使って指圧するようなネタは店では見たことがない。

状況次第では夜の部の指圧もやる。ただし、家人はともかく、ぬりかべみたいな子どもの指圧は正直きつい。
骨のずれより筋肉疲労だもの。

その上、子どもの学校完全週休2日ではなく、隔週で学校があったり、部活をやれば土曜日だっていつものように5時にとなれば、微妙に休んでも疲労はたまっていくのである。もう若くないし(笑)

一昨日の話である。
実は良く行くイオンが、増床工事をやっていて、近々グランドオープンかけると知っていたので、外して昔良く行っていたイオンに午後から出向いた時の事。
私は上の駐車場に止めて、先にスーパーで買い物をして、荷物を保冷ボックスとかトランクに入れて、また店舗におりようとしたら、「あ・・・」って声がする。
見たら、知り合いであった。私はこの時期は視力が微妙で声を出されるまで気が付かず。
「なんでここにいるんだ!!それもあと2秒でも遅かったら遭遇もしていない・・・なんでだ…偶然にしては」と目の前でブツブツ言っている。
「それに今週車ですれ違ったよな?いつだ?」
「月曜は古希のお祝いやって死んでいたので、火曜日だと思いますが?」
「最近は頻繁に会うな。それでどこに行くつもりだったんだ?」と聞かれたので、
「手芸用品でも探そうかと・・・にしても肩こりやっぱりひどいんですね。」
「いーや自覚はない」
「ちょっと失礼・・・」凝ってるじゃん!!
「40分待ってくれないか?」
「はい?」
「40分で全部こなすからその後にお茶を飲む。都合は?」
「(あ、選択肢にお断りなしね・・と時計を見て)夜までに帰れば大丈夫かと」
「ではまた連絡する」

あー肩をなんとかせいってことか・・・
肩はなんとかしました。その後、コーヒーのみに行って喋って帰ったが、金曜の午後あたりから人の指圧した反動みたいなのが出てきた。
かなりひどい人のをやると、次の日に自分の体が全身筋肉痛みたいなおかしい疲労が出てくるのである。
だが、昨日の午後は約束が入っていた。

ちなみに何とかしたご老体は軽くなったらしく「体が軽くなった。スキップするぞ!!」
「はあ、お一人でどうぞ、そいつをなさるんなら私は逃げますんで」

友達との約束であったが、友達も結構うちには長居をするので、彼女が帰宅するころには手術で縫った腹も傷みだしていた。
酷い目にはあったが、手相と人相は見せてもらいましたから勉強にはなったようですけど、それにしても土曜日の今日も疲労感満載である。
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古希のお祝い

2016-11-15 16:07:21 | Weblog
家って言うか、実家がらみで、親の還暦・古希に関して言えばお祝いを外ですることになっている。
元は父が某陶芸家の花瓶に財布に500円が出来たら貯金して、たまったら、一族大移動みたいなことをしていた。

3年前の父の古希は入院手術が決まっていて、なんとなく無理やり感満載で笑って過ごすだったが、今回母の古希は以前より一人加わって。
問題は幹事とか面倒系は一切パスしたかったがパスはさせてもらえなかった。
事前打ち合わせから何から押し付けられてきて、その上お金のかかる学校と部活をやってくれている子どもへの負担考えたら「またか」って言うのが本音であったのだ。

今までの中で一番支出が多かった今年、親が提案した物と子どもの部活がかち合うようだったら、うちは欠席をと思ったが、そうは問屋がおろさなかった。
本気で首括らなきゃ不味いかってくらい支出が多かったのである。今年に入って、部活の遠征費用から道具代、教科書代も他校の倍以上の請求書が来て、家人の会社旅行、子どもの修学旅行、車検、他にも物が壊れて買い替えとか、お金がするするする~って飛んでいっているのに・・って感じだった。

結局、親と高速のSAで待ち合わせたうえで、父が宿の近くの神社に行きたいと言うから、それは行くことにした。
神社はこの間下見に行ったのと、私は父と運転を交代してやっている、帰りの時分の家の運転も私と来たら、今回は体力温存の為にお詣りはしなかったが、代わりに父が家人と子どもを伴ってお詣りしてきた。
そこに姪たちがやってきた。
姪は2人いるから、1と2って実名出せないのでその言い方をするが、姪1は可愛い格好をしている。
「お・・卒業式ですか(・∀・)」
この辺の女子のお子様の卒業式は制服がない公立の場合、某アイドルグループみたいなジャケット&ミニスカートが主流である。
良く似合っていたけど、本人は少し気に入らなかったらしい。
姪2は小さいこともあって、まだ人見知りが激しいが、お盆ほどの拒否反応はなかった。

それから3台の車が合流して宿に。
有名で高いところだと聞いていたのだが、接客に関してはばらつきがありすぎるなあと。
私も鬼畜の接客業やっていたから、目について仕方ないのだが、家人が車さばきに関して「なんか要領が悪いなあ」と。意見は同じかと思ったら、うちだけが手厳しいのか?と内心で。玄関に車つけろって言われたけど、実際はお帰りのお客さんのタクシーが占拠していて入れん。
これでも、そこそこクラスのところには出向いてきたし、しょっぱなからないわあ・・と思うのも。

結局食事する部屋に案内されたのだが、そこらも接客にばらつきがあって。
頭抱えたが、宿を決めたのは私ではないと口に出さずに言い聞かせた。

それから、部屋におもてなしのおやつとお茶が出てきたんだが・・・食事で有名なところはそれも他よりも豪華な内容であった。
普通はせいぜい小ぶりのケーキとお茶とか、抹茶と干菓子とかなんだけど、こりゃ普通のコースのデザートで通用するなあと。

それらをいただいて庭を探索して、全員で記念撮影。
それから、親は泊まる部屋に案内されたので、私は姪と一緒に売店に行く。
個人的に売店は大きなホテルにある売店が好きな私は、「うーん、お土産が買えない」
口には出さなかったが、大叔父さん達の分だけは確保が出来るのならと思っていたのだけど。
姪は友達になんとか買っていたけど、良い反応が返ってきたらと思う。

そして私はマッサージを頼まないが揉め!と言われていたので、親の部屋で父と母のネタをやっていた。
こちらの条件をのんでくれさえするんなら、そこらへんよりは腕は外していない自信はあるが、問題は母の足がこないだ見た時よりひどくなっていて、変だなあと思ったが、むくみを取るだけにとどまったのが私は気に入らなかったのである。
ただ、あの腫れ方は尋常ではないなあと。患部外してやったら、むくみ自体は半分以下に落ちた。
要は足の太さが最初の半分の太さに・・・

それから、妹と姪1と私は風呂に行き、露天風呂につかり、その後、姪2をおんぶして、親のいる部屋に運んだ。
問題は、私の体であるが、これがまずかったらしい。次の日死んだ・・・
肩が上がらなくなったのだ。術後2年経って、そろそろ普通の生活に戻したりしたいとあれもこれもと拒否せずにやろうとしたが、私の体は弱ったまんまだったらしい。
姪2に罪はない!!
でも、なついてくれたら可愛くて仕方がないのだよ。

夕食の時は、コース料理食べながら交代でお世話をしたが、疲れなければあれほど楽しいものはないのだが。

食事は贅をこらしたもので、食前酒、先付からデザートまで十分すぎる物であった。
だけど名のあるところなんだけど、椀の物だけが言うほどうまくなくて、正直三朝温泉の”ま”のつくお宿の椀が美味だったのを思い出してしまった。
結局は口に合う合わないだけなんだろうと思う。
ただ、あれほどアレルギーの人間のネタは聞いておいて、食事の段になったらそれが一切伝わっていないこと、子どものアレルギーは別の物が出ることになっていたが、実際は先付で出たもののなかにアレルギーのものが入っていたこと。返す言葉が無かった。

そう言う経験がない妹は「文句は言わないで」と言ったけど、一歩間違ったら死ぬんだ。ただ間違っただけなら私だって文句は言わないが、命かけてどうこうする内容ではないわ。
結局これに関しては、フロントにいらした、連絡の担当してくださった方にだけ申し上げた。本当ならお祝いでなかったら社長出せって私は切れてるよ。
認識が足りないってね。

あれだって子どもが私の隣にいて、私が先にそれに箸をつけて、下の方にみたら問題の物があって、「○○、それ食べたらダメ!死ぬよ」
「うわ・・・ホントだ。かーちゃんに言われなかったら俺はまた食ってるぞ・・・」
二度目である。黒米に隠れて見えなかったとは言え、危ない奴だよ。ちなみに下の方は子どもの伯母さんが「ちょうだい。私が食べておくから」・・・

先付に市販品入れたらしいが、そいつに混ざっていたのは気が付いて無かったようだ。

もーお願いですから、私に代わってしっかりした彼女なりお嫁さん見つけてくれって言うしかなかったね。
それにしても頭が痛くなってしまった。

おかんがいちいち検閲しなきゃならんのか!!!と。
子どもに気をつけろって言っても、気持ちが悪いって物は極力出さないようにしてきたので、それがどう化けていても気づかない可能性があるのは事実。

結局頭だけ冷静になって、私はあまり楽しめなかったような。

でも姪がやってくれた。
食事の時に紙がお盆に敷いてあったのだが、何を書いてあったのか彼女が読みだして、「今日の目に乾杯・・」
「うん?ちょっとまった。プロポーズか?!まあおばさんたちはもう年だから、そんな事を言う男性はもういないので、それはアナタが結婚する時に言ってもらいなさい」とぼやいたら、周りが笑い出して、姪の周りにいた者が確認したのだが、
誤読で「今日の日に乾杯」の読み間違いであると発覚した。
草書で書いてあったから、読めなかったのだろうから姪に非はないが、子どもは面白いなあ。

しばらくは乾杯の時に皆で使えばいいと思う。(笑)今日の目に乾杯!
誰の目やねん。

まあ色々あったのだが、連絡担当してくれた方と、当日仲居をやってくださった綺麗な女性にはお礼は言っておかねばならないだろう。
でももう、やらないから!!
知り合いが「あんたはこなすから押し付けられるんだろう」って言われるけど、お客さんでいる方が楽でいいよ。たまには座って何も考えずに美味い物は食べたいです。



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