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長崎*おみやげ話(4)

2006-06-26 | 旅(国内)


長崎から戻ってすぐに、大雨が降り続いているそうで…。
列車事故も怪我人なく良かったです。

今HPを大改造中で、やりたいことはあるんだけどやり方が分からない…
そんな苦しみを味わっています。
なんとか今月中には多少でもUPをしたいのですが…。


きれいな夜景をみた夜は、初日の疲れもあったので両足に4枚の湿布薬を貼って休みました。
朝には疲れも取れて、今日も歩くぞ~っ!

2日目はじっくり長崎を知る日にしようと、前から決めていました。
長崎の町は路面電車が走っていて、1回100円という手軽さで乗り心地満点です。
乗り換えの時には、車掌さんからこの↓乗換券をもらうとさらにどこまでも行くことができます。


ホテルから乗り継いで長崎原爆資料館へ向かいます。

正直言うと、原爆についてはあまり詳しく知らなかったのです。
昔沖縄に行ったときにもずいぶんとショックを受けましたが、年取るごとに興味を持って勉強したくなるんですよねぇ。
今回の長崎についてもそうでした。

資料館の入り口はまるでJRの改札口のようでした。
滑り込ますチケットを片手に突然聞こえてくるのは「カチッカチッ」という時計の音。
古い壊れた時計が展示してあります。
時刻は「11時2分」を指したまま…。
ここの空間はその時間で止まっているのです。

多くの資料が展示され、歴史を物語る品の数々。
詳しく説明されるビデオテープは繰り返され、証言者の声が響きます。

想像できないほどの破壊力と傷ついた人々。
今現在も苦しんでいる人がいるのです。

最後に見た20分ほどの映像も今の長崎とはとても思えないほどの衝撃でした。

心から行って良かったと思う……これが感想です。

そのままの気持ちを持って原爆落下中心地へ。
黒御影石の標柱は青空に向かって突き立ち、ここの上空500メートルで原子爆弾は爆発しました。
被害にあった浦上天主堂の一部も移築されています。
そして近くには当時の地層がそのままの状態で保存されています。


上り坂を見上げると浦上天主堂が見えてきました。
レンガ造りのこの建物はキリシタン弾圧の解かれた後、30年もの月日をかけレンガを1つ1つ積み上げて完成されました。その建物も原爆で破壊され、さらに1959年に再建され1980年に改装して復元されたものです。


天主堂外には被爆した遺構もあり、歴史を感じます。
中は見学できますが、奥まで入ることはできません。
とても厳粛な雰囲気で外の音もほとんど聞こえることはありませんでした。
どうしても1度お目にかかりたかった「被爆のマリア」に会いに一度外へ出ます。
小さなチャペルは現代的な作り。
正面に……「マリアさま」……そんなお姿になられて……。
呆然としてしまいました。
よく分からないのですが「何か」を感じていました。
小さなマリア様の目は真黒で、顔も黒く汚れています。

何を見ているのでしょうか?
何も見えないのでしょうか?

とにかく祈ることしかできませんでした。

正直ショックだった…何だかショックだった…。


そしてまた、8月9日はやってくるのですね…。

外に出ると、ちょうど正午のアンジェラスの鐘が鳴り響きました。



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