夫婦で遊ぶ熟年ライフ

私は眼の病気、つれあいは脚の不具合。互いに補いながら残りの人生を楽しんでいこう。

英雄はどの国にもいる@シャフリサーブス

2018-10-30 17:47:54 | 2018年10月ウズベキスタン旅行

サマルカンドの南、シャフリサーブス(緑の町の意味)は、ティムール帝国(14~15世紀)を築いたアミール・ティムールの生誕地。7世紀にはケシュと言われ、玄奘三蔵が立ち寄ったそうです。

ティムールはウズベキスタンの人々にとって偉大な英雄で、その銅像はタシケントにも2つあります。私などティムール帝国は世界史で習った覚えがある程度でアミールの名前は知らなかったけれど、日本の武将の名前もよその国では知られてないわけです。そして英雄はその国にとって英雄でも、他の国とっては侵略者なんですよね。

この日は小雨が降る肌寒い日でしたが、地元の人々が結構来てました。像の後ろにあるのがアク・サライ宮殿入り口のアーチの残骸。その正面が下の写真。宮殿は1405年に完成したものの、16世紀終わりにブハラの領主に破壊され、50m以上あったアーチも38mまでしか残ってない。青と金のタイルで装飾され豪華だったそうです。ツアー客の一人(男性)がこのアーチを見て、鉄筋を使ってるんだろうと言ったのに対し、別の人(女性)が、日本の室町時代だというのに~と呟いてた。

宮殿跡の近くにドルッティロヴァット(瞑想の家)建築群があります。中庭を囲んで、コン・グンバス・モスクと2つの廟が建ってる。

廟はウルグベク(アミールの孫)が建てた(1430年代)とガイドさんが説明していたと思いますが、誰の廟だったか覚えてない 

この建築群のあたりは公園としてきれいに整備されてます。

 

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カラーン・ミナレットとナイフ@ブハラ

2018-10-28 15:45:27 | 2018年10月ウズベキスタン旅行

カラーン・ミナレットはブハラのシンボル。

カラーンとはタジク語で大きいという意味で高さ46m。基底の直径は9m、地下に10mもぐっている。街のどこからでも見えるこのミナレットは1127年、アルスラン・ハンが建造。見張りの塔でもあり、道しるべでもあった。チンギス・ハーンもその立派さを称え、破壊しなかったそうです。

カラーン・ミナレットに面して建つミル・アラブ・メドレセ(1536年)ソ連時代に中央アジアで認められていた神学校。

この広場には中央アジア最古(1418年)のウルグベク・メドレセがあり、「知識欲こそ、ムスリムに不可欠なもの」とウルグベクの格言が彫られているんですが、撮ったはずの写真が見当たらない  そこでもう1つのアブドールアジス・ハン・メドレセをどうぞ。

通りから見るとこんなふうに密集している。

これらのメドレセは今は神学校としては使われてません。お土産屋さんになってたり、民族舞踏ショーのレストランになってる

ブハラはナイフの生産でも有名なんだそう。刃が反ったアラブ風のナイフ。

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知的で気配り満点のガイドさんとアルク城@ブハラ

2018-10-25 17:01:25 | 2018年10月ウズベキスタン旅行

ここで現地ガイドさんについてお話します。29歳のドニーさん。正式にはドニュール、ダニエル(聖人)のウズベク語です。彼の日本語は発音が自然なだけでなく、語彙の豊富さに驚きます。名所の日本語説明はもちろん流暢だし、ツアー客がとんちんかんな質問をしてもちゃんと理解し、その人が分るようにかみ砕いて答えてあげる、それも優しく丁寧に。 これは相当知的な人ですよ。2009年、日本の某テレビ番組の日本語コンテストで中央アジア代表となり、日本に招待されたそうです。

ドニーさんは気配りの人でもあります。列車でもバスでもホテルでも、率先してツアー客の手助けをしてくれる。荷物への目配り、ミネラルウォーターの補給、トイレ確保、通訳、なんでもです。ツアーが初めての私はもう心底感心しました。ツアー経験豊富な人々からは、ドニーさんがいるので添乗員は要らないとの声が・・・確かに添乗員はほとんど何もせずお客さん状態だった。

彼の気配りは仕事だからというより、誠実な人柄によると思われます。「ドニーさんの知的で誠実な人柄のおかげで、ウズベキスタンのことがよく理解できたし、好きになったわ。そう思って帰る日本人はとても多いはずよ」とドニーさんに言ったら、すごくはにかんで「いやぁまだまだです。もっと努力します」と日本的な答えが返ってきました。

彼の人柄の良さを物語るこんな一件が・・・。あるツアー客(30代女性)が私に話してくれたんですが、彼女は最終日、ドニーさんに長いお礼状(ラブレター??)を書いて手渡したんだそうです(彼は日本語の読み書きも流暢)

これがそのドニーさん。後ろはアルク城。2000年以上前のブハラ発祥地ですが、モンゴル襲撃のようにいろんな王朝による破壊と復興が繰り返されたとのこと。現存は18世紀の城壁都市(4ヘクタール)。大部分はソ連に爆撃されてしまった。

天井に鏡を使ったモザイク。

小さな博物館にあった、まるで音楽のようなアラビア書道。実は私は大学で1年間アラビア語を習ったんです。今でも自分の名前はアラビア語で書けます。

ウズベキスタンはイスラム教スンニー派がほとんどというので、ドニーさんに学校でアラビア語を習うのか尋ねたら、習わないとのこと。ただ、子供の頃からお祈りはアラビア語で聞き覚えるそうです。日本で般若心経などをサンスクリット語で聞き覚えるのと同じでしょうか。

ではついでにブハラでランチしたレストラン。こんな中庭付きのレストランが普通のようです。

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とんがり帽子と丸屋根の泉とバラハウズ・モスク@ブハラ

2018-10-23 15:29:54 | 2018年10月ウズベキスタン旅行

シルクロードのオアシス都市として栄えたブハラにもたくさんの見どころがあります。このかわいらしい建物はチャシュマ・アイユブ(預言者ヨブの泉)。人々が水不足で苦しんでいるところにヨブ(アイユブ)が現れ、杖で地面をたたいたら泉が湧き出た・・・こういう伝説は各国にありますよね、日本にも。

こんなふうに寄せ集めの形になったのは12世紀に泉が出て、14世紀から16世紀にかけ建て増しされていったからだそう。

そして、これ、モスクなんです。バラハウズ(池の前の)モスクというんですが、前の部分が木造。私は木造のモスクもあるとは知りませんでした。クルミの木でできた20本の柱は高さ18m。

その天井部分に繊細な彫刻がほどこされてる。

モスクへの入り口にはモザイク。

モスク内部のミフラーブ。

ここの天井の装飾はすっきりとしてかわいらしい。

1712年、ブハラ・ハン領主が祭礼用モスクとして建てたとのこと。ガイドさんによると、モスクには3種類あるんだそうです。このモスクのような祭礼用、金曜モスク、もう1つはうろ覚えですが 街の集会所のようなモスクだったような・・・違ってたらごめんなさい

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中央アジア最古の現存イスラム建築@ブハラ

2018-10-21 15:09:30 | 2018年10月ウズベキスタン旅行

サマルカンド・ブルーと対照的な美しさのイスマイール・サマーニー廟。サマルカンドの西、ブハラにあります。

892年から943年、サーマーン朝の建造で、中央アジアに現存する最古のイスラム建築。ブハラを都としたイスマイール・サーマーニーが父のために建て、自身も孫も埋葬されたサーマーン朝王族の霊廟。レンガだけでいろんな模様に積み上げてあり、陰影が美しい。9m四方の立方体に見えるけれど、外壁がわずかに内側に傾いた内転びという造りなんだそう。

壁の厚さが1.8mもあり、内装のほうが見事。

外からの差し込む光が模様を映す。

モンゴルの襲撃で多くの建物が破壊された頃、この廟はすでに土中に埋もれていたため気づかれなかったとのこと。発掘されたのは1925年というから、数百年もの間、土中にあったんですね。

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