カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

ワクワク探しプロジェクト

2013-01-29 18:35:35 | アートと仕事
私の会社の仕事は、ウォールアートで空間を演出することです。
しかし、もっと簡単に言えば、「ワクワク空間をつくること」と言い切っても過言ではありません。
「自分の好きなアートやデザインを駆使して、ワクワクする空間をつくり、人に喜んでもらう」という、これ以上楽しい仕事はありません。

なのに、新入社員たちは余裕がないからでしょうか、仕事を楽しんでいるように見えません。
落ち込んでいる者もいます。
今までにリタイアしていった人も何人もいます。
もうひと息で、新境地にたどり着けるところまで行って諦めていく人を見ると、自分のことのように悔しいです。

これは私の伝え方、リードのし方が悪いせいなのだろうと思います。
私とナンバー2は、この仕事を楽しみ大いなる夢を抱いています。
が、楽しいはずの仕事、面白いはずの仕事を、実際に楽しんでやるのは難しいようです。
ワクワク空間をつくっていくことには飛びついても、ひとつひとつの物件で具体的に形にしていくプロセスがどうも見えないようです。
それは、ひとつひとつ経験を重ねていけば誰でも体得できると思うのですが、やる前に考え込んでしまう傾向が若い人に多くなりました。
もっと、気楽に飛び込んでくれれば簡単に前に進めるのに、あれやこれや考え始めて、やる前からすくんでしまう。
つまり、フリーズしてしまうのです。

学校教育のあり方にも大いに問題があります。
詰め込み教育、消化型教育になって、実体と向かい合ったり、じっくりと考えたりせずに、答えを教えられる。
本人が自分で考えて答えを出すまで待てずに、答えを押し付ける親や学校。
どうせいくら考えても、答えはこれしかないと言わんばかり。

また、情報化が進んで、もっともらしい答えが悪魔のささやきのように目から耳から入ってくる。
社会も、スピード競争が激化し、彼らがじっくりと育つのを待ってくれなくなった。
まわりのスピードに、自分の思考がついていけなくなり、外にある答えを流用して済ましてしまっている感じがします。
だから、実践の現場に入って自分が当事者しなった途端、応用がきかずにボロが出て、しまいにパニックになってしまいます。
外から得た答えはヒントにはなっても、最終的には自分で考えて、行動し、確認しなければ、自信(確信)にならないし、その自信こそが自分の答えになるのです。
そういう意味では、今の若者はその部分の教育がそっくり抜けていて、本当に気の毒です。

といって、すでに卒業してしまった人たちのことを、今さら学校教育に押し付けても仕方ありません。
従来の「教える」「やらせる」というのではなく、「一緒にやる」「いろんな情報や体験を共有する」「達成感を味わう」「一緒に喜ぶ」「評価される」「自信を持つ」「連帯感(絆)や仲間との信頼感を育てる」といた具合に、かみ砕いてわかりやすく伝えていかなければならないようです。

「アートやデザインで人を喜ばせる」といっても、いざとなると何をどうしていいのかわからない。
でも、ラジオ体操や街中でのボランティア活動ならすぐ実感できる。
とすれば、これからの指導の仕方を仕事一辺倒から遊び感覚や日常感覚に置き換えて、吸収しやすいように変えていかなければいけないと思います。

話しを元に戻して、彼らが「ワクワク空間をつくる仕事」にどこから手がければ、私と同じように仕事が楽しくて楽しくて仕方なくなるのか、です。
ナンバー2ができるまでは、私一人で孤軍奮闘し、なかなか伝えられないもどかしさにイライラしていました。
でも、強力な理解者ができると、あらゆる方策を考える余裕が少し出てきました。

そのひとつがこれ。
1月になって、毎朝のように10~20分程度やっていることがあります。
「ワクワクするもの」というテーマでブレストをやります。
また、自分がワクワクしたモノやコトを持ち寄って発表しあいます。
ブレストを元に、具体例をスクラップします。
こうして、ワクワクするモノをとことん探し出すのです。
次に、そのどこの部分がワクワクを感じたのかを発表しあいます。
出てくるわ、出てくるわ。
一人ずつに考えさせていた時は、ほとんど出てこず、苦しんでいたのが、嘘のようです。
(以前なら、そこから先は私が中心になって進めていました。)
全員で意見や情報を出しい、情報を共有すること。
そして、目標が決まったら全員で手分けして作業すること。
これは、学園祭と似たプロセスです。

人をワクワクさせるためには、自分がワクワクしなければいいものはできません。
しかし、それを仕事と意識した途端、自分の中から「ワクワク」が逃げてしまう。
といって、「仕事は遊びだ」というと、若い人は誤解してしまう危険性があります。
学園祭的な企業風土こそが私がめざした企業の姿。
私の会社は、これからもずーっと「ワクワク空間づくりの専門会社」をめざして進みます。
ならば、比類のない面白い企業風土をつくっていかなければなりません。

新しい会社の形に向かって、まだまだスタートしたばかりです。

仕事始めは、戸越八幡神社のお神楽殿!

2013-01-11 15:35:07 | アートと仕事
年明け最初の現場は、戸越八幡神社のお神楽殿の雨戸の壁画です。
こいつぁ、春から縁起がええわいな~!

といっても、実は年始に間に合わせようと年末ぎりぎりに一旦収めた仕事の最終調整と追加です。
年末は毎年、地元・春日部の藤塚香取神社の絵馬描いたばかりで、神社との縁が続きます。

絵の内容は、新しい雨戸にベンガラ塗料で古美塗装した上で、
・正面(雨戸6枚)・・・・3年に1度執り行われる伝統行事「御本社御輿渡御」の絵図
・両側面(雨戸各4枚)・・・桜の花
ですが、すでにアトリエで描いてから設定したので、桜の花の描き足しと登場人物の細かい表情の修正だけです。
面積が小さく、人物が100人近く登場する細かい絵で、描き手の癖が出やすいので、一人の女子社員に任せました。
私の役割は、監修と指示だけです。

初日は、段取りと準備作業だけだったので、2人だけで夕方に現場入りしました。
感激です!
以前は暗かった神楽殿がライトアップされて壁画がくっきりと浮かび上がり、しかもヒーリングミュージックがかかって、なんとも言えない幽玄な雰囲気が漂い、訪れる人々の心を癒してくれます。
昼間の境内よりも、夜の方が独特の異空間性が出て素敵でした。
発注者の宮司の奥さんの心配りです。

こんな風に、私たちの仕事を納品したままではなく、それに呼応するように、自分の服のように自分の感性で着こなしてもらえることは、空間づくりを提案する立場の私にとって最高の冥利です。
自分らしい空間イメージをつくることは、専門業者に丸投げでは絶対にできません。
私たちができるのは、相手の話を聞いて整理すること、それを形にするための方法の提案と必要な専門技術の提供です。
それを自分の一部として着こなし、味付けをしていくのはあくまでお客様自身しかありません。

施工を終えた後何年間も、引き渡した状態と同じの物件を見ると寂しくなります。
そんな時は、オーナー様とお会いして演出のヒントなどをアドバイスするようにしてます。
ただ、無理強いする訳にもいかないので、あとは本人の意識に任せざるを得ません。
今回のように、早々と作品を活用して使いこなしていただけるのは最高です。

お客様は私の姿を見るたびに、境内が大変身したことの歓びの声と終始今後の展開についての質問攻めででした。
建物の古美塗装、多の建物や樹木のライティングテクニック、参道の演出、境内イベント・・・・等々、今後の構想や展開アイデアを熱く語り合い、今後も継続してお手伝いすることをお約束しました。

それにしても、お正月も終わった時期なのに、この神社には次々と参拝客が訪れます。
早朝から夜遅くまで、しかも高齢者、買い物途中の主婦、若い男女と層が広く、地域に参拝が文化として根付いているんだなと感心します。
よくみていると、近所の人が毎日参拝していたり、通勤途上の行き帰りに毎日参拝しているビジネスマンが多く、人なつっこく絵を描く作業を見入ったり、話しかけてきます。
下町の人情がまだちゃんと生きています。
たった3日間でたくさんの顔見知りができたと、女子社員は感激していました。
後で、帰りの道すがら女子社員が「こんな由緒ある神社に自分の絵を描かせてもらって、しかも描いている途中で地元の人から声をかけられたり差し入れをもらったりして、顔見知りの人までできて、まるで自分の故郷のようです。戸越銀座が急に身近に感じて、しょっちゅう来てみたくなりました」と感激冷めやらないようでした。

そう、ビッグアートの仕事の本当の歓びは、絵を描くことそのものより、「作品を通して、人や街と自分との物語」をつくることです。
彼女の心の中に、この戸越銀座のような「物語」が次々とつくられるようになった時、彼女はもうこの仕事の虜になっているはずです。





元旦の朝の小さな風景

2013-01-01 17:38:18 | 感動したこと
元旦は、ラジオ体操から始りました。

元旦から参加する人は多分いないだろうと思っていたら、なんと7名の参加。
厳密にいうと、いつものメンバーは5名で、近くに若夫婦らしい2人がいたので、私が「一緒にやりませんか」と声をかけたら、何のためらいもなく参加してくれたのです。

体操が終わった後、若夫婦に近づいて声をかけました。
まだ、新婚の薫りがしました。
近くに住んでいること。
初日の出を見たくて公園橋に来たこと。
「ラジオ体操は面白かった」「また参加してみたい」ということ。
など、たわいもない会話を交わしました。
なぜか、私の新婚時代の思い出が2人の光景とダブりました。

その後、いつものメンバーとしばし井戸端談義。
初日は雲の陰になって当分でそうにありません。
さっきの若夫婦たちはまだ、橋のまわりをうろろしています。

気になったので、ラジオで初日の出情報を聞いてみました。
やはり、関東地方では初日が雲で隠れて、雲の切れ間から顔をのぞくのは1~2時間後ということ。
私は、彼らのところに行って「残念だけど今日は初日の出は見れそうにないですよ。私たちは諦めて帰ります。じゃあ、またいつか」と言って、手を振って別れました。

いつになく地味な元旦の朝でした。
でも、心が温まりました。