カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

何をやるかではなく、何をやらないか。

2012-11-12 07:36:15 | カバ的アングル
会社は、売れなくなるといろんなことに手を出したがります。
多角化経営、取り扱い商品の拡大・・・・。
どんどん尾ひれがついて、訳のわからない会社になって、客が去って行きます。

求職活動している人もそうです。
いろんな資格を取ったり、大学だけでは不安で大学院まで行ったり、30社50社と「数打てば当たる式」に無差別に入社試験を受ける人・・・・。

結局は総花的になり、特長や個性が埋もれて見えなくなる。
間口が広くなると、至る所にライバルが出現して、全方位で戦わなければならなくなります。

ビッグアートも、小さくて少人数の会社にも関わらず、いろんな仕事に手を出しつかみ所のない会社、わかりにくい会社になっているのを感じます。
20年間の垢(あか)ですね。
アトリエの中を見れば一目瞭然です。
今の仕事に要るものは多分20%位でしょう。

やりたいことをやるには、それ以外のことをすべて捨て去ること。
やりたいことだけに、すべてを結集し、特化していく。

やりたいことが見つからない人は、いろんなことに手を出す。
やりたいことが見つかった人は、他を捨てて、潔くひとつのことに集中していく。

ただ、最初からやりたいことがわかる人はいません。
広げてみたから、気づいたのです。
その意味では、この20年やその間に手を広げてきたことは、次のステップにいくための不可欠なプロセスだったのです。

限られた人生の中でどうしても実現したいことができたら、多くのことを諦めなければなりません。
というか、捨てた分だけ前進していくのだと思います。
以前の私は、何かを手に入れることが愉しみでしたが、今は逆です。
何かを捨てる。
やらないと決める。
そんな時、なぜかワクワクしてきます。
それは、多分やりたいことに向かうエネルギーを妨げていた重りがどんどん軽くなっていくからなのでしょう。



新生ビッグアート!

2012-11-11 17:03:48 | 会社のこと
ビッグアートは、外からは壁画制作や造型制作の会社と思われています。
まるっきり外れてはいませんが、当たりではありません。
コンビニエンスストアのことを、「食料品店」とか「弁当屋」「パン屋」「タバコ屋」「酒屋」「本屋」「銀行」「宅配取次店」・・・・と言っても、どれも的確に言い当てていないのと同じです。

確かに20年前は「壁画制作会社」に近かったと思います。
しかし、設立当初から「環境アート」の専門会社をめざしていました。
設立時につくった会社のロゴマークに「We Create Environment」と入れたのはそのためです。
「アートを使って環境を創造していく」というのが元々のコンセプトです。
ただ、壁画が中心だったので、壁画会社と思われがちなのは仕方ありません。

会社の提供するものをより極めていこうとすると、既成の分類や枠組みに当てはまらなくなっていきます。
壁画 → 環境アート → 空間演出デザイン → 空間価値創造
という風に事業コンセプトが進化してきました。
その方が、アートがより生かせるし、企業の目的がより明快になってくるからです。
何より、ターゲットがはっきりしますし、売り方も仕事の仕方もよりシンプルになりました。

「絵を描いてくれ」というお客様からの問合せを待っていた時代から、空間価値を創造するために様々な空間を所有する人や管理をする人に新しい価値を作り出す提案を仕掛けていく。
「空間プロデュース」という発想です。
別の見方をすれば、「ウォールアートをプロデュースする」ということにもなります。
つまり、「ウォールアートを展開するために空間プロデュースをする」のか「「空間プロデュースを展開すると必然的にウォールアートの需要が発生する」のか。
「ゼロ成長」とか「マイナス成長」と呼ばれる現代社会は、従来の考え方ややり方ではアートの仕事は先細りになってしまいます。
「コスト削減」や「安売り」一辺倒で閉塞感が漂う今の日本社会。
価値を創造するパワーこそが、アートとデザインの最も得意とするところです。
新しい価値を次々と作り出すことに、アートとデザインのパワーをフルに発揮させていくこと。

「待ち」から「攻め」へ。
「営業」から「提案」へ。
ビッグアートは、「ウォールアート制作会社」から「ウォールアートをプロデュースする会社」として生まれ変わります。
すぐに咽から出てきそうでなかなか出てこなかった「切り口」。
2000年あたりから10年以上も手探りで目指してきたことは、正にこれだったのです。
まるで神様の声のように、す~っと天から降りてきたのです。
言葉にすると「な~んだ」と思いますが、それに気づくのに12年かかったのですね。

さあ、「スモール」で「シンプル」で「超・面白い」会社を目指して再始動です。

雇用のミスマッチ時代

2012-11-10 07:22:13 | カバ的アングル
大量失業時代と言われて久しいですが、その傾向は一向に止まらないようです。
特に失業率が高いのが、15~24歳の若年層です。

不況による企業側の雇用意欲の低下や人員削減。
若年層の将来への失望感、就業意識の低下。
などがよく言われます。

しかしながら、求人需要と就職需要を比較すると、求人需要が多い筈です。
つまり、仕事を選ばなければ就職できるが、選ぼうとすると職にありつけないということです。
戦後の貧しい時代であれば、贅沢な悩みということになります。

要は、雇用する側と働き手の間に意識の大きなギャップが生じているということでしょう。
そこに雇用のミスマッチが生じているようです。
経営者は、経営環境の急激な変化の中で生き残るために迅速に対応していかなければなりません。
そのためには、社員の意識改革と行動の変化が急務です。
現代は、人材教育こそが企業存亡のカギと言われます。
従来の考え方ややり方では企業経営が成り立たなくなっています。
ということは、経営者の意識変革、社員の意識変革が企業存続のカギということになります。

経営者の意識が変わらない企業は、衰退したり、社員が辞めていきます。
逆に、経営素の意識が変わっても社員の意識が変わらないと生産性が落ち込み、競争に負けて淘汰されていきます。

時代の変化に対応して変わろうとする企業は、求める人材像が変わってきます。
社内改革、社員の意識改革(=社員教育)と積極的に取り組むようになります。
既存の仕事やそのやり方に甘んじている社員、特に古参社員ほどは大きな抵抗をします。
しかし、全社的な意識改革という大事業を成し遂げなければ、企業の存続はありません。
ここで変わりきらなければ、倒産しかありません。
その結果、ついてこれない人は去って行くか解雇ということになります。

かたや、時代の変化に対応しようとしない経営者もいます。
そういう企業は、優秀な社員ほど不満や危機感を抱き、自ら会社を去って行きます。
せっかく、好きな仕事と思って入社した新入社員も、やりたいことをやらせてくれないと気づき去って行きます。
取り残されたのは経営者だけということになります。

先進的で積極経営をする会社にとっては「いい人材がいない」、能力も意識も高い人にとっては「入りたい会社がない」という状態が今の姿なのでしょう。
先行きの見えにくい中で、右往左往したり、迷って決断できない経営者と職を求める人たち。
実は、この層に企業も人も集中している、ということだと思います。

いずれにしても、働く側だけではなく経営者も、生き残りを賭けて意識改革をしていかなければならない時代だということです。

最終的には時間が解決していくのでしょうが、その時が来るのをただじっと待っているわけにはいきません。
考えて考えて考え抜く。
シナリオを書くように、何通りも将来予測をしてみる。

今起こっている社会変化、その原因や背景。
その中で、企業がどう変わって行かなければならないのか。
どこに成長の方向や出口を求めるのか。

働く人も企業側に求めるだけではなく、「社会や企業は自分に何を求めているのか」「自分に何ができるのか」を考えなければなりません。
ただ高学歴の優位性だけで大学や専門学校に進学したり、様々な資格を取ったりしても全く無意味です。
目的や目標がないのに手段だけを考えても出口は見つかりません。
知識や技術はその気になれば、何歳からでも身につけることはできます。
そんなことより、「自分がどう生きたいのか」「どうなりたいのか」を考えることが大切だと思います。

会社も同様です。
「この会社は何をめざすのか」「どんな会社になりたいのか」。

「企業は利益を求め続けることが使命だ」と言われますが、極大利益を求めるだけが存在意義ではありません。
企業のあり方や価値観もこれからは多様であるべきです。

私自身、2000年あたりから10年以上もず~っと自問自答してあがいてきました。
たくさんの試行錯誤、失敗を重ね、ようやくこの1年、進むべき道が見え始めてきました。
人は、決意と覚悟をしたときにものすごい能力を発揮するものです。
そして、その人の周りで次々と奇跡が起き始めます。

この仕事を始めて20年。
これだけの長い年月や経験、思考を重ねなければ、こんな気づきにたどり着けなかったと思います。
それは、どんな時でもあきらめなかったことだけです。
両親や祖父母の教育、多くの師匠や先輩の指導に恵まれたことに心から感謝します。