カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

春日部市のシャッターアートはここが違う!

2012-02-16 13:05:44 | 地域活動
昨年の1月に古利根川公園橋の公衆トイレに「日光道中・粕壁宿」をテーマに壁画を描いたのがきっかけで、たった1年間で30ヶ所の街角歴史絵巻(壁画とシャッターアート)を制作しました。
最初の6ヶ月間は、理解を示す人が少なく前途多難な感じでしたが、シャッターアートを実施した店主たちのクチコミなどで理解者が次々と名乗り出て、9月以降だけで20軒も申し込みがあり、あまりの反応に驚いています。
それはそうと、このシャッターアートのことで、いろんな方から様々な質問が寄せられるようになりました。
聞いてみると、どうもそれらは私たちのやっているシャッターアートについて誤解をされているような感じを受けます。
そこで、誤解を解く意味でも「春日部のシャッターアートの違い」をお話ししておこうと思います。

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シャッターアートというと、街が寂れて廃業店が多い、いわゆる「シャッター通り」の活況演出や美化活動から生まれてきたというのが一般的です。
しかし、春日部市の場合は違います。
確かに10年前に比べると、街の繁華街が東口から西口に移り、人通りが減ったのは事実ですが、シャッターアートを描いた店はほとんどが営業している店。
現在30ヶ所のシャッターアートがありますが、営業していない店はたった2軒です。

春日部のシャッターアートは、「粕壁宿景観再生プロジェクト」の一環の活動です。
さびれた街をカモフラージュするのが目的ではなく、街に残っている魅力的な歴史的資源や自然の資源を市民に気付いてもらうための「見える化」運動がきっかけです。
自己主張するアートではなく、粕壁地区の歴史的景観を補完したり、まちの由来や当時の時代風景を説明するための挿し絵としての役割を担っています。

シャッターアートをきっかけに、この地区に住む人々が今まで気付かなかったこの街の魅力に気付き、様々な歴史遺産を大切に守り、街の魅力アップのために活用していく。
市民たちは、自分の街の素晴らしさに気付き、誇りを持って自分の街を愛するようになる。
その結果、市民が街中に集うようになる。
観光客も訪れるようになる。
そんなシナリオを目指しています。

従来のシャッターアートの大半は、シャッター通りをカモフラージュするだけの、どちらかというと消極的な活動です。
春日部のシャッターアートは、街の魅力づくり、埋もれた魅力の「見える化」という戦略的かつ発展的活動、つまり未来への積極的な投資だととらえています。


よく、いろんな方から言われることがあります。
・営業していない店にシャッターアートを描いても、町おこし(町の活性化)にはならないのではないか。
・逆に、活性化されて店が営業し始めたら、シャッターアートは見れなくなるから意味がないのじゃないか。
普通に考えると、ごもっともです。

全国あちこちで見られるシャッターアートは、店がいつも閉まっていていつでも見れます。
それに引き換え春日部のシャッターアートは、店が営業しているので、最初から店休日か早朝の開店前しか見ることができません。
確かに、一見ムダなことをしたように見えます。
私自身、やってみるまではそのことを危惧していました。
シャッターアートを描いても、街に人を呼べなければ、店が元気にならなければ大失敗に終わります。

そこで、シャッターアートを実施した店主たちがシャッターアートを店や街の集客につなげるための勉強会「かすかべ元気印の会」を結成しました。
その会は、会議で何かを決定する会ではありません。
シャッターアートを使って各店がいろんな販売促進活動を工夫し、その成果を発表しあう会です。
人の成功事例を聞いて自分の店に取り入れるもよし、負けじと別のアイデアを出して競うもよし。
真剣に考えて行動すれば、必ず突破口がみつかる。
まして、多くの仲間がいて、競ってアイデアを出し、即実践していったら恐らく半年で成果が出てくると確信しました。

案の定です。
もともとシャッターアートに取り組んだ店主は、問題意識と危機感を持ったやる気意識の高い人たちです。
あっという間に、自分たちが先頭に立って街を変えていこうという機運が高まりました。
・シャッターアートの絵をDMハガキにしてお得意様セールをやり、期間中は目印のためにシャッターを閉めて営業したら過去最高の売上を記録したという店主。
・シャッターアートの絵の中に登場する主人公を店のキャラクターとして愛称をつけてストーリー展開をし、お店にストーリーを作っている若い女性店主。
・名刺やホームページのメイン画像にシャッターアートの絵を活用し、店のイメージづくりをしている店主。
・「春日部」よりインパクトのある「粕壁」の地域ブランド商品開発を始め、シャッターアートの絵をラベルに活用している店主。
・シャッターアートの絵ををキーホルダーにして、販促プレミアムにしている店主。
・シャッターアートをアイキャッチャーとしてアピールするために、開店時間を遅らせシャッターアートをできるだけ長く見せている店主。
などなど。

最近は、「一店一もてなし」を各店が工夫し始めています。
シャッターアートが見るものだけでなく、店主たちのやる気づくり、そして応援旗としても威力を発揮しています。
まさに意外な展開です。

シャッターアートを店のシンボルイメージにして客に印象づけをしたいという要望から
・シャッターアートが見られない時間帯もアピールするために、シャッターアートの絵をパネルにして店頭に飾る。
・シャッターアートの絵をスタンプに入れてスタンプラリーを定期的に企画する。
・全部のシャッターアートの絵をキーホルダーにして、粕壁宿のプレミアムグッズにする。
というアイデアが出て、もうすでに実行に移しています。
「元気印の会」に参加している人がすべてやる気満々の若手店主なので、行動の早さはすごいです。

ビッグアートとしても、せっかく描いたシャッターアートの活用方法を提案し続けなければなりません。

その一つが、シャッターアートのライトアップです。
店休日か早朝しかシャッターが閉まらないということは、平日は近所の散歩する人か、通勤通学で通る人しか見れません。
昼間シャッターが閉まっているのは、街が死んでいるということ。
ならば元気な街のシャッターアートの新しい楽しみ方として、夜ライトアップすることで、逆にまわりが暗いことが絵を引き立ててくれる訳ですから最高です。
できれば、まわりに点在する蔵づくりの建物もライトアップしたらどうでしょう。
粕壁宿の歴史や当時の時代描写をした歴史絵巻と蔵だけにスポットを当てたら、まさにタイムスリップしたような劇場空間に早変わりして、街がエンターテインメントなワクワク空間に!

もう一つは、シャッターアートの絵を観光ガイドの説明に活用してもらうことです。
もともと、歴史スポットの近くのシャッターにその歴史を描くというのが、デザインコンセプトなのでそれが一番の活用法なのです。
実は、3月から早速シャッターアートと歴史を巡るまち歩きツアーをボランティアガイドさんたちが企画しているようです。

また、ガイドさんがいなくても、シャッターアートを見ながら粕壁宿を巡れば、より当時のイメージが湧きますから、一人でまち歩きする人にも喜ばれると思います。
そのため、「シャッターアートと歴史巡り」のマップ付きチラシも3月中旬までに配布できるように準備中です。

もともとシャッターアートを実施した店主だけで結成した「元気印の会」ですが、ボランティアガイドさんや春日部情報のウェブサイトを運営している人、建築家など様々な立場の人が加わって、活動の範囲が一気に広がっています。
私は今、その会の座長もやらせていただいています。

ちょっと、話が広がってしまいましたが、シャッターアートをきっかけに春日部(粕壁)を愛する人たちが集まり始め、次代の「かすかべ」をつくる原動力として熱く語り、行動しています。
ちょっと違う春日部のシャッターアート。
少しはご理解いただけたでしょうか。

シャッターアートのできるまで~「矢部製麺所」篇

2012-02-10 14:51:25 | 地域活動
30軒のシャッターアートの中でもっとも難易度が高いのが「「矢部製麺所」です。
隣が松尾芭蕉が訪れたという東陽寺で、粕壁宿巡りの要所ひとつでです。
店主の温かいご理解で、店の宣伝色を全く無くし、観光客の歴史巡りに役立てていただくために粕壁宿の古地図を描かせていただくことにしました。
松尾芭蕉と弟子の曽良、そして芭蕉の句も入れることになりました。


古地図の原典は「日光道中分間延絵図」という東京国立博物館所蔵の絵図。



郷土資料館でコピーを頂いたが、昨年シャッターアートを描いた「紅雲堂」の店主が復刻版を持っているというのでそれをできるだけ忠実に再現することにしました。
とはいっても、シャッターのサイズも4間と大きく、しかも凹凸の激しい重量シャッターですからどこまで忠実に描写できるかちょっと不安です。
店の休みが日曜日だけなので、制作も2ヶ月にまたがる大作になります。

第1日目
シャッターのサビ落し、脱脂、サビ止めなどの下地処理。
次に、全体にベース色の塗装を施します。

第2日目
地図の下書き作業です。
地図なので正確さを期すために、地図の写真を直接プロジェクターでシャッターに投影することに。
昼間に、大きな道と川だけ原寸大の原稿をトレースし、塗り分けだけを終わらせておきました。
そして、暗くなるのを待って、プロジェクターの登場!
家を一軒一軒トレースするのは気が遠くなる作業です。
屋外なので夕方暗くなってからの作業。
寒さも厳しいです。

第3日目
プロジェクターで投影して下書きした家があまりに細かくて複雑で、塗り分けが不可能と判断。
せっかく下書きした鉛筆の線を塗料で全部消すことに!
とほほ、です。
結局、地図を拡大コピーして、それも見ながら描くことにしました。

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現場のない日は、文字原稿の準備や調色の作業もあります。
芭蕉の句の肉筆原稿が悩みのタネでした。
芭蕉の句は小渕観音院の句碑にある「ものいえば 唇寒し 秋の風」です。
芭蕉が粕壁宿を訪れtのは4~5月とされていて、この句は秋に詠んだ句ですからどんな因縁があるのかは定かでありませんが、
古い句碑が残っているということは、粕壁宿と何か関係のある句なのでしょう。



絵の中でもっともキメになる芭蕉の筆書きの文字です。
誰に頼むか、悩みました。
土壇場で浮かんだのが、以前一度だけお会いしたことのある篆刻家の大塚稔先生です。
当たって砕けろで電話をしたら、あっけなく快諾。
しかも、大塚先生は偶然にも芭蕉の研究者でもありました。
大塚先生に、芭蕉のことをいろいろと教わりました。
俳句の作者の署名が「者世越(はせお)」とあるのも不可解でしたがそれも解けました。
「蝶々」のことを「てふてふ」と書くのと同様に、「芭蕉」のことを「はせお」と書いたのだそうです。
賢くなりました。
打ち合せの翌々日、早々と芭蕉の筆跡に似せた書を持ってきていただきました。
さすがです!



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第4・5日目
家を描く人、木や林を描く人、文字を書く人に分けての制作作業。



第6・7・8・9・10日目
家の描く作業が多く、複数人で描くとタッチにバラつきが出るので一人だけで作業することに。
日曜日だけでは長期間になりすぎるので、店主にお願いして、店の仕事に影響の少ない平日の午後に作業させていただくことにしました。



そして11日目、いよいよ最終日です。
松尾芭蕉と曽良を仕上げて完成です。



今まで描いたシャッターアートの中で一番地味ですが、一番手間がかかりました。
そして、歴史まち歩きの人たちの古地図に対する喜びの反応を見て、もっとも存在感のある作品だと実感しました。

もう一つ発見です。
以前の東陽寺は二つのモダンな建物に挟まれて、窮屈で風情も損なわれていたのですが、古地図と芭蕉のシャッターアートを描いたことでぐ~んと引き立ち、写真を撮っても絵になるようになりました。




シャッターアートのライトアップ

2012-02-10 10:42:48 | 地域活動
シャッターアートは、「シャッター通り」になってしまった商店街のにぎわい演出に使われるのが一般です。
確かに春日部駅東口地区は、10年前とは打って変わって人通りがなくなり閉店する店が目立ちます。
しかし、今回施工した約30ヶ所のシャッターアートの中で、営業していないお店はたった2軒だけ。
いつでも見ることのできる物件は、公衆トイレや町内会館、消防団倉庫など通常シャッターが閉まっている建物を入れても9軒だけ。
つまり昼間、店が営業していて見ることができないシャッターアートが21軒もあるのです。
シャッターアートを昼間見ることができないということは、店がちゃんと営業しているしているということですから、むしろ喜ばしいことです。

ということは確実にシャッターアートを見ることのできる時間帯は早朝だけということになります。
しかも、東口地区は老舗店など朝7時にはすでにシャッターを開けている店もあり、市民から
「シャッターアートが30ヶ所もあるとは知らなかった」
「いくらたくさんシャッターアートがあっても、いつもシャッターが開いていてなかなか見れないからもったいない」
という声をたくさん頂戴します。
しかも、冬の間は寒くて早朝にシャッターアート巡りというのも大変です。
そこで、今後は夜のライトアップを提案していこうと思います。
むしろ、昼間より夜の方がまわりが暗いため、闇の中からシャッターアートだけがトリミングされて、くっきりと浮かび上がるのでむしろ、幻想的で非日常感を楽しむことができます。
それこそ、いにしえの時代をタイムトリップすることができる。
これも、逆転の発想です。
これから春に向けて、LEDのスポットライトで「夜の日光道中・粕壁宿」を演出していこうと思います。
まさに「粕壁宿ナイトギャラリー」として、温かくなったら夜のまちを散歩する市民が増えること請け合いです。

今のところ新規にライトアップをしているところはありませんが、たまたま既設のスポットライトを活用してライトアップをしているお店があったのでご紹介します。



「染のやまとや」さんです。
ライトが電球色なのでちょっと暗いですが、絵の雰囲気や時代背景とはマッチしていて温かい感じが伝わってきます。
この絵が、寒い夜など、通勤帰りのビジネスマンの心をきっと癒してくれていることでしょう。

蔵のある街並みで、こんな風に映画のスクリーンのように歴史絵巻が浮かび上がったら・・・・
しかもそれが30ヶ所もあったら・・・・
春日部駅の東口地区(旧「日光道中・粕壁宿」)が夜のまち歩きスポットとして市民やまわりの町から多くの人々が訪れることでしょう。
想像しただけでワクワクします。

さあて、がんばるぞ!

アートによるまちづくりと「発火点」

2012-02-09 08:19:45 | 地域活動
春日部駅東口地区のシャッターアートもこの一年間で30ヶ所に届くところまで来ました。
早朝にデジカメを持ってシャッターアートを撮影しながら街を歩いている人もよく見かけます。
「春日部 シャッターアート」というキーワードでGoogle検索をすると、多くの人がブログでシャッターアートの写真や記事を書いているのに驚きです。
ようやく、多くの市民の目に留まるようになってきたんですね。

10数年前に、あるまちづくりのジャーナリストの方から「発火点」という言葉を聞いて、「アートのあるまちづくり」の活動も10年20年と地道に続けていれば、いつかは「発火点」に到達すると信じて活動してきました。
そして、ようやく「発火点」に近づいた実感がします。

そういえば、「春日部を壁画のメッカにしたい」という私のまちづくり活動を
1996年の埼玉新聞で「ゆくゆくは『壁画通り』」という見出しで紹介されたことを思い出します。



あれからもう15年以上が経ったんですね。
ビッグアートの作品も、壁画、オブジェ、アート看板を合わせるとこの狭い春日部市内だけで100点を超えました。
全国では600ヶ所以上の物件がありますが、春日部市内で100ヶ所の方が、断然大きな意味があります。
春日部市内で100ヶ所というのが私が15年前に想定した「発火点」です。
「発火点」に達すると、様々な化学反応が起こり始めます。
これはゴールではなく、ここからようやく本格的なまちづくりの活動ができる下地ができたということです。
つまり、今年は「アートによるまちづくり」のスタートの年ということです。

創業して約20年。
私にとって、ここまでが自分の目指す「アートの社会化」「社会のアート化」という壮大な目標の第一段階、つまり「準備期」でした。
創業して以来、アートを仕事(ビジネス)にすることの困難さを痛いほど痛感してきました。
何度も何度も経営危機に襲われました。
それを何とか乗り越えられたのは、「目標にたどり着くまでは、死んでもあきらめない」という一言だけです。

かつては多くの同業者や仲間もいましたが、今まわりを見渡すとすっかり減ってしまいました。
目先の売上や利益に思わず手を出したくなる衝動を抑えて、「農耕型経営」「マラソン型経営」を自分に言い聞かせて、長期的な目標だけを見て頑張ってきました。

第二段階は10年間。
第三段階も10年間で設定しています。
私の頭の中では、第四段階もあります。
その時私は90歳を超えていることになりますね。
葛飾北斎に負けず、100歳までは現役でアートの社会的な可能性を追求したいと思っています。

もともと、私は九州生まれ九州育ちで気が短くせっかちな性格なので、こうしてひとつの目標に向かって20年、30年、40年、50年と気の遠くなる道のりを歩いている自分にちょっとびっくりしています。
そして、人生を捧げられる目標を持てたことに本当に感謝します。

さあ、第二段階に向けてがんばります!

シャッターアート巡りの出発点「寿タバコセンター」

2012-02-06 14:04:27 | 地域活動
制作のチーフが70日の長期休暇をとってインドに行っているため、1月初めから私も現場の手伝いがこのところ頻繁です。
日曜日の今日も、朝7時から現場の応援です。

春日部駅前にあるこの「寿タバコセンター」。
第一と第三日曜日しか制作できない現場です。



シャッターの面積は狭いのですが、ご覧の通り半分が自動販売機に隠れれていて、全面に絵を描くには一苦労です。
自動販売機とシャッターのすき間は20センチ位しかないので、とても手が入りません。
そこで、シャッターを少しずつ下ろしながら描くしかありません。
しかも塗料が乾くまではシャッターを上げることができないので、制作はなかなかはかどりません。
でも、今日は夜遅くまでかかっても完成させないと、また2週間も先になってしまいます。
こんな時は、昼飯も特急で済ませて制作に戻ります。



シャッターアートの内容は、シンプルでシンボリックな「キセルを吸う男」の浮世絵です。
春日部駅東口の改札口を出て最初に目に入るシャッターアートです。
つまり、シャッターアート巡りの出発点ともなる重要な地点です。
ここからブロンズ通りが始まり、通り沿いに7ヶ所のシャッターアートが続きます。
これでようやく駅から「ロビンソン大通り(旧・日光街道)」までの動線がつながりました。

壁画日和

2012-02-05 22:40:04 | 感動したこと




春日部駅東口で展開している「日光道中・粕壁宿」のシャッターアート。
昨年一年間で26ヶ所を描き、今年になってさらに4ヶ所が進行中です。
この冬は寒さが厳しい上に、風も強く現場制作は大変です。
夕方4時過ぎになると、手がかじかんで感覚がなくなってしまいます。
暗くなるのものも早いので、仕事開始は毎朝7時。

でも、今日は風もなく温かいので久しぶりの壁画日和です。
今日は、駅前の「寿タバコセンター」と東陽寺の隣の「矢部製麺所」の二手に分かれての壁画制作。
2ヶ所とも日曜日だけしか作業ができないので、1月初めから毎週日曜出勤が続いています。

私は、2現場を何度も行ったり来たりしながら矢部製麺所の制作も担当。
まち歩きをする人たちが、次々と立ち止まって見ています。
東陽寺の隣ということで、東陽寺ゆかりの松尾芭蕉と粕壁宿の古地図を描いています。
歴史巡りの人や代々粕壁地区に住んでいる人にとっては、古地図がうれしいらしく、しばし地図を見ながら昔の粕壁の話に花が咲きます。
特にお年寄りの人が、目を輝かせてイキイキとした表情で私たちに話しかけてきます。

いままではただ通り過ぎていた近所の人たちも、昔を懐かしがって井戸端会議。
知らない人同士が話しかけたり、挨拶をしあう光景が何度も見られました。
私も、地図や芭蕉の句の説明をしたり、壁画の話をしたり、楽しみながら制作ができました。
壁画を通じて、まちの人々とつながっている。
スタッフたちも、シャッターアートの活動を始めてから毎日、自分とアートとまちや社会がつながているということを身をもって感じているようです。
施主のおじいさんも、知らない人から次々と声をかけられ、30分も1時間も話し込むことなんて今まで一度もなかったと感激していました。
正に、シャッターアートの副次的な効果です。

こんな風にシャッターアートの前で、行き交う人々が立ち止まり、声を掛けたり、知らないもの同士でおしゃべりをする光景があちこちで見られるようになったら、確実に街に元気が戻ってくる。
そんな確信を持ちました。
街を歩く人たちが、明るく声を掛け合い、しゃべり会う。
そんな風景をを想像するだけで、ワクワクします。

活気ある街って、大きなショッピングセンターやチェーン店がたくさんあって車の往来が激しい街ではなく、
歩く人が多く、しかもその人たちがイキイキとして楽しそうな姿を言うのだと思います。
そんな街を目指して、明日からまたがんばります。

シャッターアート今年の第一号「ぷらすエム」

2012-02-04 13:29:29 | 地域活動
今年も1月8日からシャッターアートの制作開始しました。
ただ、お店の定休日しか制作できないので、なかなか一気にという訳には行きません。
3ヶ所のお店で、併行して制作を進めています。
「寿タバコセンター」「矢部製麺所」そしてこの「ぷらすエム」です。

「ぷらすエム」は印刷デザイン会社で、幸い車庫のシャッターということもあり、連日制作が可能でした。
ただ、なかなかデザインが決まらなくて1週間以上も悶々としました。

「ぷらすエム」は「春日部ファミリー新聞」の発行も行う印刷デザイン会社。
瓦版屋とすぐわかる江戸時代の絵がなかなか見つかりません。
瓦版というと新聞という意味が一般的ですが、粘土を焼いた瓦のようなものを彫って版をつくっていたということが語源で、もともとは浮世絵などを多色刷りしていた木版画のようです。
印刷デザイン業という営業内容からして、新聞というより印刷の方がぴったりくるので、浮世絵の版画をモチーフにしました。
当時は、絵師と彫師、摺師でなっていた印刷業。
そこで、絵師と摺師が刷り上がった葛飾北斎の浮世絵(「富嶽三十六景・凱風快晴」)を持って喜んでいるシーンをデザインしました。

さて、いよいよ現場制作です。



例年にない寒さが続きます。
冷たい川風が頬を殴ります。
日が短いので朝7時から制作開始。
早朝より、午後4時前後が一番寒く、手がかじかんで感覚がなくなってしまいます。
水性塗料を使うため水仕事になるので、なおさらです。
制作期間4日間この厳しい寒さが続き、この1年間で一番の厳しい寒さ。
通行人の人から次々と声援の声があり、本当に励みになりました。
温かい飲み物やお菓子を差し入れして行く人までいます。
人情味溢れるこの春日部のまち。
地方から来ている若い社員達の顔が、一瞬に幸せ顔に変わります。



ようやく完成。
細部まで細かく表現したので、結構見ごたえのある絵に仕上がりました。
通勤通学の人通りが多い駅前なので、多くの人が足を止めていきます。
制作環境が厳しければ厳しいほど、完成時の喜びもひとしお。



ばんざ~い、です。