カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

引き算の時代

2010-02-17 22:52:16 | カバ的アングル
世の中、物も情報も有り余っています。
ユニクロ、ダイソー、マックだけが大暴れ。
あとは、リサイクルショップばかりが目につきます。
建て売りとマンションの売り出しも異常に多い。

すべてが「安売り」と「多売」。
ユニクロでジーンズが2,990円で驚いていたら、g.u.で今度は990円。
価格が1/3になっても、3枚は買わない。
ということは、市場規模はどんどん小さくなり、負けた企業は消えていく。
失業者は増える。
残った店で働く人は、今までと同じ売上を達成するために今までの3倍以上の数を売らなければならず、労働量が増える。
売上が上がらなければ、労働生産性を維持するために人員を削減する。

一方、コンビニも過剰で私の自宅の周りだけでもこの1~2年で4軒閉店した。
それでも、まだ3軒あもる。
24時間営業をやめれば経営も楽になるのに、チェーン店の宿命か客もいないのに高い深夜手当てを払って24時間営業。
その上、ディスカウントのミニスーパーBig Aまでも24時間営業するし、大手のスーパーも深夜11時まで営業。

まずは、コンビニは当初と同じ朝7時から夜11時までで十分でしょう。
どれか1店だけ24時間営業があってもいいですが。

ちなみに、私の家の近くに4店あったスーパーがとうとう1店になり、うちの奥さんは毎日の買い物が遠くなって苦労しています。
高齢化が進む時代に、逆に近くの小さなスーパーが消えて遠くの大型店しかなくなっていくのは正に時代逆行です。
大企業偏重、弱肉強食の行き過ぎが私たちの生活を不便にし、地域社会が空洞化、砂漠化していく危機を痛感します。

話は戻りますが、世の中の企業が皆揃ってとりつかれたように売上ばかり追いかける。
車もテレビも一家に2台以上ある家がたくさんあります。
それでも、メーカーは販売台数を増やそうとする。
これ以上行くとつぶし合いしかありません。
つぶれた企業は勿論ですが、勝ち残った企業も血みどろになります。
攻めて攻めて攻めまくり、同業他社を潰すか吸収統合していく。
日本人って、そんなに好戦的な国民でしたっけ。
いま、どんなにビッグ市場であっても上位2社しか残れないとまでいわれています。
終いには1社になり、その1社も巨大になり過ぎて古代マンモスのように滅びていくのでしょう。
それは企業対企業の戦いにとどまらず、リストラという形で人員削減ということになり、社員同士が生き残りの戦いを強いられる。
最悪な循環です。
いつの間にかグローバル化の波の中で、日本中がアングロサクソン的というか「狩猟型経営」に染まってしまったんですね。

これからのキーワードは「育てる」と「共存共栄」だと思います。
「農耕型経営」が今の私の最大のテーマです。

市場を食い尽くすのではなく、種を蒔いて実った分だけ収穫する。
その収穫高に合わせた身の丈の生活をする。
よその地に進出してその地を脅かすのではなく、自分の住む場所で生きていける仕組みやライフスタイルを作り上げていく。

地産地消。
地域密着。
百貨店から一貨店、つまり総合型から専門型。
大量生産大量販売から少量生産少量販売。
メジャー市場からスキマ市場。
不特定多数から特定少数。
マスコミ情報やインターネットからクチコミやフェイス・トゥ・フェイス・コミュニケーション。
大型店から小型店。
売上拡大から内容充実。
高所得から生活充実。

正に引き算発想が出口への突破口であり、後退ではなく新しい形の前進だと思います。
そしてその先に、今よりもっと人々が「やさしく」「温かく」「幸せ」で「生き生きとした夢に満ちた社会を予感します。


娘とデート?

2010-02-15 08:07:02 | カバ的アングル
今日は夕方から後楽園ホールにボクシングの試合を見に行きます。
生の試合を観るのは生まれて初めてです。
生はスゴイ迫力があるんでしょうね。
実はかつての世界ライトフライ級チャンピオンの「とかちゃん」こと渡嘉敷勝男さんから招待券が2枚送られてきたのです。
驚きました。
1月に東広美の賀詞交換パーティの席でお会いしてちょっとお話ししただけなのにまめな方なんですね。

余談ですが、1月に春日部出身の内山高志選手がWBA世界スーパーフェザー級のチャンピオンになり、春日部もボクシング熱が高まっています。

ペアチケットだったので、奥さんを誘ったのですが殴り合いのスポーツは嫌とのこと。
娘(長女)を誘ったら、仕事を調整してくれて休んでくれました。
娘と二人だけで外で会うのもまだ二度目です。
ちょっと照れます。

ついている時にはついているもので、後楽園ホテルのレストランの食事券も手に入りました。
偶然は重なるもので、後楽園のLaQuaの現場打合せも今日になりました。
今日は、後楽園づくしです。

ということで、今日は試合が終わってから娘と二人で食事をして、ちょっとお酒も飲もうかかな。
ボクシングの試合も、娘とのデートも今からワクワクです。

同質化社会

2010-02-13 20:56:43 | カバ的アングル
今のように混とんとした時代には、誰も動こうとしないものです。
かなか新しい動きはな出てきません。
介護とかエコカーとかエコ家電とかソーラーエネルギーとか、政府お墨付きの分野だけが動いているって感じ。
あとは、相変わらず安売りばかり。

日本中が同質化が進み、新しい発想や新しい動きが登場しにくい環境になっているようです。
そのくせ一旦何かが動きはじめ、マスコミでも騒ぎはじめると、一斉に右へ習えとばかりに人まねが連鎖して、普及が行き過ぎる。
あっという間に、過剰現象が起きて共倒れ。
以前なら一つのビジネスがある程度何年か安定成長を続けられたものですが、いろんなビジネスが彗星のごとく現れ、一気に市場が飽和状態になり、あっという間に消えていく。
そのサイクルが1~2年で、年々加速度的に短くなっていく。
これは、インターネットや携帯電話など情報化の行き過ぎの弊害だと思います。

一時はある程度販売促進に効果的だったホームページも、情報が氾濫しすぎて人々が不感症になり一気に効果が薄れてきたようです。
逆に同業者同士がまねをし合って、似たような会社ばかりになってしまう危険性があります。
我も我もと人々が「情報露出狂」になって、互いに対する興味や関心が薄れて行くような気がします。
人は秘密や謎があるから魅力的に見えるものです。
企業もそれは同じ。

情報化社会になって一見便利になったようですが、かえって意味のない仕事が増えて、しかもいつも急き立てられて、仕事の能率は確実に悪化しているように思います。
しかも、コピペ(copy&paste)で安易に仕事を進め、クリエイティビティはなくなり、ミスやトラブルも増える。
私自身、いつの間にかホープページとブログが増えて、仕事以前にそれの更新に追われる始末。
今の時代、放電するよりじっくりと充電し、独自の発想や独自の生き方を始めなければ、自分自身の存在すら危うい気がします。

これからは「我道を行く」です。


都市景観審議会

2010-02-08 22:28:04 | 地域活動
昨年10月に「春日部市都市景観審議会」の委員に選ばれました。
今日は2回目の会議です。

委員は、デザイン、色彩、景観、建築、法律、都市計画、観光、建設の8人の専門家計と公募市民2人の計10人で構成されています。
中でも建築や景観、色彩の分野の方は全国で活躍されている大学教授や第一線の専門家で中央の方、つまり春日部市民ではありません。
私はただ一人地元代表のデザインの専門という立場で参加しています。
公募で選ばれた方は、声楽家の方とNPOで活動されている方です。
市役所からは副市長と都市計画課の職員の方という顔ぶれです。

公開の会議で一応傍聴も可能らしく、議事進行も堅苦しくて重苦しい雰囲気。
ちょっと緊張します。
ともあれ、これから1年余りかけて「都市景観計画案」を審議し、最終的には景観計画の策定と景観条例の制定まで関わることになります。

春日部市は、2009年4月から景観行政団体になりました。
景観行政団体は、全国では2009年12月1日現在で428団体あるそうです。
埼玉県では、さいたま市、川越市、秩父市、戸田市、八潮市、草加市、川口市、新座市、三郷市、熊谷市、志木市、越谷市、春日部市の13市です。
景観行政団体になると、政令市や中核市並みの権限をもち、景観にそぐわない建築物に厳しい規制を課すことができます。
この審議会は、そのための景観条例制定の諮問委員会ということになります。

国の号令の元、遅れてはならじと全国の市町村が景観行政団体の仲間入りをし、これから各地で景観条例が作られ施行されて行きます。
今後自分の住む町の景観を左右するということと、私自身看板や建物の外装デザインに関わっているということで、他人事ではなく真剣に関わっていきたい課題です。

ただ、ここで大きな疑問と不安があります。
それは、都市景観についての意識や理解が低い日本の現状で、本当にまともな条例が作られるのだろうか。
中央にすら専門家がほとんどいないのに、地方に見識のある人が一体どれだけいるのだろうか。
しかも、短期間で全国一斉に条例が制定されるとなると、コピペのような条例が氾濫することにならないのか。
議論の土俵すらできないうちに、プロのコンサルタントの作った模範的で判を押したようなプランがそのまま通っていって、日本中が無個性なつまらないまちばかりになる危機感を強く感じます。

そもそも、なんで急にこの話しが浮上し動き始めたのでしょう。
地方分権とか地方主権の推進という考え?
観光立国を目指そうという考え?
かつての一億円ふるさと創生事業がよみがえって来ます。
結局、本質を理解しないまま、一部の人たちだけで軽はずみな条例ができ上がり、その町の運命を左右することになるのです。
ふるさと創生事業は、一過性のものでしたし、税金の無駄遣いで終わりましたが、景観条例となると長年継続していくわけですし、ましてや建築物や看板などの強制力を持つわけですから、地域の文化や経済にまで影響がおよぶ可能性が強いわけです。

ここで、今日の会議のほんの一部を紹介します。

全国各地の景観審議会に携わってきたという議長(東大教授)の解説によると、景観条例づくりには大きく2つの方向があるといいます。
一つは、明確な伝統と歴史のあるまちのケースで、強力な規制で伝統文化を守るという方向。
もう一つは、取り立てて特有の歴史や文化を持たない個性の薄いまちのケースで、理想のあるべき姿を設定して新しいまちづくりを目指すという方向。
なるほど、わかりやすい。
議長は続けます。
「春日部は、どちらかというと後者に近いかと思われます」
「えっ!?」
私は、思わず手を上げて発言しました。
「春日部は、数年前までは明らかに前者でした。ただ、近年駅前の開発やマンション建設の急増でその姿が次々と消えかけているのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)
今さら遅すぎるようなあきらめのムードがあるのは事実ですが、まだ間に合うと思います」
私の発言をキッカケに、ようやく会議が動き出しました。
それまで、教科書のような一般論ばかりでピンとこない発言ばかりだったのが、地元委員の人の目の色が変わりました。
そのあと、白熱した発表が続き、ようやくこの会議の手応え感が出てきました。
と同時に、この席に誰がいるかで会議の流れが右か左に方向づけられるという怖さを痛感しました。

今日の会議は、今後どのように審議を進めて行くかを確認しただけで、本題に入るのは次回からです。

私は、委員に選ばれたことを本当にありがたいと思います。
自分の知らない間に、私の仕事に重要な影響がある景観条例が決まってしまうのではなく、ど真ん中で当事者になれたということは最高にうれしいです。
同時に、身の引き締まる思いです。
春日部市がただの絵に描いたようなキレイなまちではなく、面白くて活気に満ちたまちになることをめざしてがんばります。

今後の審議会やまちの動き、私の地域活動についても報告していこうと思います。

社長はいつも失敗の連続

2010-02-07 19:10:26 | カバ的アングル
社長をやっていると、いつも失敗の連続です。

社長には先生がいるわけではありませんし、決まった経営の方法があるわけでもありません。
人が成功したからといって、同じ方法で成功するわけではありません。
何が正しくて、何が間違っているかなんてのもありません。
正に、百人いれば百通りの生き方、経営の仕方があるのです。

かのユニクロの社長も言っていました。
「私は1勝10敗です。経営とはそういうものです」と。
私は1勝100敗です。
サラリーマンの時は、自分の守備範囲さえきちんとやれば、無理してそれ以外のことまでチャレンジする必要もなかったので勝率はかなり高かったと思います。
でも、社長になると違う。
一年365日、前から横から後ろから次々と弾が飛んでくる。
社長がチャレンジを止めると、船は止まってしまいます。
だから、休むまもなく次々とあらゆることにチャレンジしていく。
だから、失敗も多い。
でも、何度も失敗を重ねていると決断が速くなり、立ち直りも速くなります。


失敗しない方法はただ一つ。
チャレンジしないことです。
でも、目の前の失敗は避けられても、結果的に人生そのものを失敗してしまうかも。

失敗と言うと、ネガティブに聞こえますが、実は人が成長するための糧なのです。
つまり、成長のためには欠かせない貴重なものです。
失敗したことのない人には見えないものが見えてきます。
失敗した人だけが気づける世界、到達できる領域。
ヒマラヤに登った人にだけしか見えない世界があるのと同じです。

仕事を任せるなら、失敗経験のある人を選べ!

一度の失敗であきらめてしまう人。
最近の人に多い現象です。
若い人に限らず、お店や事業を始めて半年や1年でやめてしまう事業家も目立ちます。
何をやるにも失敗はつきものです。
何かをやろうとしたら、5回や10回の失敗は覚悟しなければなりません。
ましてや、事業となると3年や5年で成功しようなど甘すぎます。
30年以上も成功し続けた社長でも、今の時代を乗り切れない人はたくさんいます。
経営を続けるということは、成功状態が当たり前ではなく、失敗の連続を続けながら日々またチャレンジしていくことそのものだと思います。

要は、失敗には「善玉の失敗」と「悪玉の失敗」があって、善玉になるか悪玉になるかは本人の姿勢しだいで決まるのだと思います。
あきらめて投げ出せば「悪玉(真性の失敗)」、それを人は「失敗」と呼びます。
あきらめないで失敗を次につなげれば「善玉(成長の糧)」、それを人は「試練」と呼びます。

何十回何百回失敗しても投げ出さない限りは失敗ではなく、まだ成長の途上にいるのです。

失敗の数だけ気づきがある。
失敗の量だけ強くなる。
学校でどんなにいい成績だった人でも成功した人はあまりいません。
人は失敗から学び成長していく動物です。
全身で学ぶには知識ではなく実体験が一番です。
それも、痛い経験ほど得られるものも大きいのです。

私も、もっと「失敗」に前向きに取り込もうと思います。




不器用は宝

2010-02-06 22:17:53 | カバ的アングル
世の中、ビジネスで大成功している人はたいてい不器用な人です。
皮肉にも、器用で利口な人の成功は稀です。
田舎で同級生に会ってビックリするのは、当時成績が悪くて不良だった人が立派な会社の社長になっていることです。
東大や京大、九州大といった一流の大学に行った連中は、大企業のエリートサラリーマンの道は進んだものの肩たたきで元気がありません。
学業もスポーツも万能でイケメンだった当時モテモテだった人も、今は平凡な人と結婚し地味な生活を送っています。

勘違いしないでください。
別に、どちらかがいいとか悪いという話しではありません。
その傾向は、まわりの人に聞いても同じような答えが返ってくるので、何か法則というか理由みたいなものがあるんじゃないかと思っただけです。

私の知っている社長をそんな視点で分類してみると、やっぱりその傾向が強いです。

これからは私の推測というか仮説です。
「有能な人」や「器用な人」「多才な人」は、何をやってもやっていけるから一つの道に打ち込まない。
よく聞くと転職が多く、どの仕事も長続きしていません。
いろんな能力を持っているがゆえに迷いが多く、一つに絞りきれないで一生終わってしまうのでしょう。
逆に「不器用な人」は、取り柄がない分一つの道に打ち込んで一心不乱に頑張る。

そう言えば、ロンドン大学の有名な博士がこんなことを言ってました。
「学校で成績のいい人は、大企業に入りなさい。成績の悪い人は、事業をおこして社長になりなさい」と。
私も大学を中退したので実力の世界しかなく、それで起業した一人です。
選択肢がたくさんある人はいつまでも悩み、選択肢のない人は早く決断し一途に突き進む。

先日NHKのTVで観たミシュラン三つ星店「すきやばし次郎」のすし職人・小野二郎さんの言葉もよみがえってきます。
「家庭の事情で7歳の時から料亭の奉公に出された。生来不器用で何をやっても人の倍以上時間がかかり、いつも怒鳴られてばかりいた。『自分には帰る場所がない』から自分の仕事に没頭した」と。
何と82歳で現役バリバリのその姿に感動しました。
「修業は一生終わらない」という言葉も重かったですね。

「不器用」は、神様からの贈り物なのです。












起用貧乏とこだわり貧乏

2010-02-05 15:23:28 | カバ的アングル
私は毎日のようにいろんな経営者と出会います。
そして、経営に対する考え方を話し合います。
以前は、社長同士の会話というと「社員は何人か」とか「売上は?」「資本金は?」といった、規模の自慢をする人をよく見かけました。
最近は、「今をどう乗り切るか」とか「どんな会社にするか」という会話に変わってきました。

私の周りには、類は類を呼ぶのか、私に似たタイプの経営者が多いように思います。
仕事が好きで、バイタリティがあって、熱血漢というタイプ。
いつも意気投合して長話になってしまいます。

だいたい器用で何でも自分でこなしてしまう人。
仕事に対するこだわりが強い人。

「私たちは起用貧乏でこだわり貧乏ですね」というと、「その通り!」とニコッ。

経営者として成功する人は、だいたいこだわりがなく、不器用で何でも社員に任せる人が多い傾向があります。
事業の大成功をとるか、仕事を楽しむ方を選ぶか、生き方が分かれる所です。

私の場合は、「仕事を楽しむこと」と「人を喜ばせること」。
それが私がいつも向いている方向です。

仕事は人しだい

2010-02-03 14:06:32 | カバ的アングル
「仕事は人しだい」とよく言われます。
それは実感です。
私自身、以前雑貨量販店の店長を経験しましたし、何人も店長を育てたこともあります。
ある時東北のA店長が「自分の地区は不利な立地で不公平だ」と主張し、当時売上の好調だった静岡のB店長と交代させたことがあります。
結果は1年もせずに出ました。
東北に移ったB店長は徐々に売上を伸ばし、それまでドル箱といわれた静岡の店はあっという間に売上げは激減したのです。
教育のためとはいえ会社には大きなダメージを与えてしまいました。
ほんの短期間で失った信用が、取り戻すのに何年もかかりました。

近所のスーパーでも同じことを見ました。
それまで大入りで繁盛していた店が、新店長が来た途端客は激減。
新店長になって半年も経たないうちに閉店してしまいました。

「何をやるか」ではなく「誰がやるか」なのです。

仕事のやり取りも同じです。
せっかくのいい仕事でこちらがいくら頑張ってもも、取引先の担当者しだいで結果は天と地に分かれます。
興味も熱もない人と当たってしまうと最悪です。
可能性がどんどん遠のいていき、終いには立ち消えになってしまいます。
歯がゆいですが、それがビジネスの世界です。

いい商品でもいい店でも売れるとは限らない。
逆にどこでも売れない商品や最悪な立地でも売れることがある。
担当者しだい、その人の熱意しだいで決まるのです。

社員教育と人の配置こそが、経営のカギを握っているといっても過言ではありません。

社長は総合雑用業?

2010-02-01 21:19:01 | カバ的アングル
「社長って何だろう」と考えます。
キャプテン。
ん~、カッコよ過ぎる。
雑用担当。
中小企業の社長は、社長兼小使いとよく言われます。

本来のマネジメント業務の他に、
企画書作成。
デザイン、プレゼン。
制作の指導や応援。
現場監理。
パソコンや機械、道具のトラブル処理。
トラックや高所作業車の運転。
スタッフの現場送り迎えや弁当等の買い出し。
トイレの掃除や花の水やり。
・・・・・・等々。
スタッフは、専門分野や自分の守備範囲だけやれば文句は言われないかも知れませんが、会社の仕事は雑用やトラブルの集合体。
誰かがやらなければ、会社は回っていきません。
社員がやらないことやれないことはすべて社長が引き受けることになります。
自分のことなど考えている暇はほとんどありません。
お客様のこと、スタッフのこと、現場のこと。
果ては近所のこと、まちのこと・・・。
我を忘れていつも無我夢中です。

体も頭も常にフル回転です。
いつも気が張りつめています。
だから、病気もしない。(「病気をしている暇がない」といった方がいいでしょうか。)
頭の切替えが速く、発想も自由自在。
若い時よりもどんどん頭が柔らかくなり、ユニークな発想がどんどん出てきます。
子供の時、若い時より夢も大きく膨らんでいきます。

これぞ、社長の立場に立ってみなければわからない冥利でしょうか。
だから、いつも苦しみもがきながらも、社長業って面白くてやめられないのですね。