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我が父逝く

2018-11-11 14:02:45 | 日記
清門が中学二年の時、父の豊は亡くなる。

その死の原因については、後年、母の歌子より聞かされた。

女とヤクザの絡んだものであった。

青木豊ー44年余の人生であった。

歌子は、それにも負けず、父の事業に陰りを感じ始めた頃から、小料理屋をやり始めて、父の死と共に、莫大な借金の返済のため、スナックに切り替えた。

一か八かの賭けであった。天運が歌子に向いた。 
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小学生時代ーその2

2018-11-01 01:15:22 | 日記
あれは、清門が小学5年の時であった。

彼にとって大きな衝撃が襲った。

そのことが、彼にとってものすごく、幼い心を痛めた。

お山の大将からの転落で在った。

それは、中学生にも持ち込まれる羽目になる。


清門は、小学、中学時代の自分を忘れ去ろうとして、中学時代の劣等感から、やがて、高校へ進学すると、勉強に励んだ。

後に、青木哲学を形成することになるー西田哲学の如く。

ただ、最大の違いは、青木哲学は、体内的なものにとどまらず、対外的なものが濃いという事である。     

                        
                                                             続く
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小学生時代ーその1

2018-10-20 00:01:05 | 日記
時は流れていく。

清門も小学生になる。

初めて、5段階評価の通信簿をもらい、父と母にそれを見せる。
ー体育が3で、後は、全部2か、、、

母の歌子いうと、父の豊は、大笑いをした。

清門は、別に、なんの感情も持たなかった。


勉強ができる、できないという事は、、眼中にないようであった。


それが、高校生になるまで、、、



やがって、この稀代の権謀術数家に生まれ変わるには、遥か後年ー38歳になるまで待たなくてはならない、、、


時に、清門、9歳の春、まじかで在った。


                                                続く


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不安

2018-10-03 01:38:49 | 日記
季節は秋である。青空の下、豊は上機嫌で在った。

ーこれが俺の家か

喜悦がわいてくる豊である。棟上げの中、豊とは裏腹に妻の歌子は、今、息子の看病をしていた。

この物語の主人公ー青木文男ーここでは、前述のとおりに、清門で書き続けたい。

清門は突然高熱を出して、棟上げの日、母親の歌子は、何か不吉な思いを感じるのである。

ーこの子がこの家を継ぐことができるのか?


青木家は、代々貧しかった。それを一代で、豊が底辺から這い上がった。


ー俺には運が、天運がある

豊は、少年の頃、この町ー杉戸で名をはせたいと夢想した。それが、少しづつ現実化してきている。


ー俺は、豊臣秀吉の豊だ!!


この日、清門と豊、そして歌子の波乱の幕あけの秋風が吹いて来たのでもあった。

   
                                                   続


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はしがき

2018-10-02 01:24:47 | 日記
1961年「昭和36年」8月14日ー一人の男子が生まれた。

その名を清門 青木文男という。

この男が世に出たのは、22歳の頃で在った。

この稀代の謀略家ーというには、遥か、後年の歳月を待たねばならないがー青木文男、以降、清門と呼んで記したい。


清門は、天性の知恵無しであった。考えることが苦ってで、いつも、ボーとしている少年であった。


この小説は、一人の男子の人生の戦いのドラマでもあるとともに、愛と涙のドラマでもある。  続
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