雑木帖

 ─ メディアウオッチ他 ─

イラクでの犠牲者を人とも思わないような政府要人たち

2005-12-24 05:59:56 | 政治/社会


 今月15日、安倍官房長官はブッシュ大統領の2003年3月20日の開戦時のイラク大量破壊兵器に関する情報は誤りだったと認めたことについて次のように言葉を並べている。
「イラクには大量破壊兵器を持っていないと立証する責任があった」
「イラクは何回もチャンスを与えられたにもかかわらず、無視し続けた。結果として、多国籍軍の武力攻撃になった」
「実際にイラクが大量破壊兵器を使った事実がある中で、彼らが大量破壊兵器を持っていると(米政府が)考える合理的な理由があった。イラク攻撃への日本の支持について言えば合理的な判断だったと思う」
「イラクが過去実際に大量破壊兵器を使用した事実や国連の査察団が指摘した数々の未解決の問題にかんがみれば、イラクへの武力行使が開始された当時、大量破壊兵器があると(米国や日本政府が)想定するに足る理由があった」

 いかにもナイーブな詭弁家らしい発言の数々だが、「大量破壊兵器を持っていないと立証する責任」とはどういうことだろうか。たとえば、警察に、あなたの家に拳銃があるかないかを問われ、「ない」と答えたにもかかわらず、
「あなたには、拳銃を持っていないと立証する責任がある。もしそれができなければあなたの家を攻撃する」
 と迫られたらどうだろうか。本当になかったとしてもあなたは立証などはできるわけもないし、法律的にもそんな立証をする義務などもちろんない。そもそも不可能な立証義務などを課すことはできないのだ。
 この場合、立証する責務があるのは「あなたの家には拳銃がある」と主張する警察側のほうなのである。イラクの話に戻れば、だから国連やフランス、ドイツなどの国はもう少し国連の査察団の調査を続けるべきだと主張していたのだ。
 開戦前の2月、日本にも1991年~1998年までイラクで国連大量破壊兵器査察団の主任査察官をつとめたスコット・リッター氏がアメリカから来て貴重な講演をおこなった。そのときの記録を読めば、彼の言っていたことがほとんどすべて事実であったことがわかるが、当時ネットでは危険を顧みず来日した彼のことを多くの人が取り上げ、多くの人に知らせようと尽力していた。本まで出版した人がいた。しかし、たしか久米宏氏の「ニュースステーション」が彼を呼んでインタビューをしてとりあげた以外、マスメディアは完全に無視した。
 この安倍官房長官と同様、小泉首相も「イラクが大量破壊兵器は無いと証明すれば戦争は起こらなかった」とブッシュ大統領の発言を受けて答えている。立法府の長だとはとうてい思えない軽薄さである。この首相は開戦時、「大量破壊兵器の脅威をどう取り除くかが課題だ」と言い、アメリカとイギリスのイラク攻撃に対する支持の主な理由を大量破壊兵器の存在としていた。
 自民党と同じくイラク攻撃を強力に支持した公明党は、当時神崎武法代表が「イラク問題の本質」は大量破壊兵器が「保有」されていることだと言い、冬柴鐵三幹事長が、「スプーン1杯で約200万人分の殺傷能力がある炭疽菌が約1万リットル」と発言したが、こちらも今に至るまで反省の弁すら聞こえてこない。

「大量破壊兵器があると(米国や日本政府が)想定するに足る理由があった」とはブッシュ大統領でさえ言っていない。ブッシュ大統領はイラクに大量破壊兵器がなかったとしてもアメリカはイラクを攻撃するに足る安全保障上の脅威理由があったとしているのだ。そもそもこの「イラク大量破壊兵器情報」でアメリカで問題になったのは、「大量破壊兵器があると想定するに足る理由」が当時十分なかったにもかかわず、「大量破壊兵器があると想定した」ブッシュ政権のいい加減さなのである。スコット・リッター氏も2月6日の国連安保理でのパウエル米国務長官の「証拠提示」を受けて(リッター氏の講演もその2月6日だった)すぐさまパウエル氏のその提示内容のいかがわしさを表明していた。

 天木直人氏はイラク攻撃開戦当時レバノンにいたが、そのときのことをこう語っている。
 私が耐えられなかったのは、日本の首相、小泉首相が、アメリカがイラク攻撃を行った直後、いちはやく胸をはって『日本はこれを支持する』と表明したことでした。…(略)…日本の小泉首相は『アメリカの攻撃を支持する』、何度も何度もこれを公言し、そしてそれがCNN等のメディアでレバノンに流れてきました。そしてまた『日本はイラクの戦後復興に全面的に協力する』、戦争が始まって人が殺されているその時に日本の宣伝をするような外交を私は悲しい思いで聞きました。私はその時二本目の電報を打ったわけですけども、その主旨は、戦争を防げなかった外交、一敗地にまみれた外交が今なすべきことは、外交による一日も早い戦争の停止、これを実現することだ、戦後復興の話をして日本の宣伝をすることは鼻じろむばかりであり、また、『あの戦争が正しかった』『日本はそれを支持する』と繰り返すことは傷に塩を塗る残酷な発言である、と私ははっきりと小泉首相に伝えたかったのです。(天木直人氏の2003年10月8日外国特派員協会での会見)
 アメリカではニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストが自紙の安直だった「イラク大量破壊兵器」報道を自省する記事を発表しているが、日本の大メディアは未だにそれすらやっていないのが現状だ。政府要人たちの子供騙しの発言はこういう新聞・テレビの存在も大きいと思う次第だ。次の紹介する『メディア危機』金子勝、アンドリュー・デウィット共著の一節にあることはまさに日本でも他人事ではないと思う。

 メディア・リテラシーの欠如がもたらすもの

 この章の最後に、メディア・リテラシーの欠如が、米国民に何をもたらしているかについて事実を指摘しておこう。米同大統領選の数週間前、二〇〇四年九月から十月にかけて実施されたPIPAの世論調査が、十月二一日に発表された。この調査の結果は、ブッシュ政権の支持者たちが「別の現実」に生きていることを示している。イラク兵器調査チームのチャールズ・デュエルファー団長が二〇〇四年三月三十日、米議会に対し、イラクには具体的な大量破壊兵器開発計画が存在しなかったという最終報告を提出した後であったにもかかわらず、調査は多数の驚異的な結果を記録している。いくつかを列挙してみよう。

●ブッシュ支持者の七二%は、イラクが実際に大量破壊兵器を所有していたと信じている。
●ブッシュ支持者の五七%は、デュエルファーが、イラクには少なくとも大規模な大量破壊兵器開発計画があったと結論付けたと思っている。
●ブッシュ支持者の七五%が、イラクはアル・カイダに多大な援助を行っていたと信じている。
●ブッシュ支持者のわずか三一%しか世界の大多数の人々が米国の行ったイラク戦争に反対であることを認識していない。四二%は世界のイラク戦争に関する見方は半々に分かれていると考え、二六%は世界の人々の大多数がイラク戦争を支持したと思っていた。
●ケリー支持者の七四%は、世界の人々の大多数がイラク戦争に反対したと考えている。ブッシュ支持者の五七%は、世界の人々の大多数がブッシュの再選を願っていると考えている。三三%は世界のブッシュ政権に対する見方は半々に分かれていると考え、わずか九%だけが世界の人々の間ではケリーへの支持が高いと考えていた。

 このような世論調査の結果は、アル・カイダとフセインのつながりや大量破壊兵器が全く存在しないことが分かったずっと後にも、なぜブッシュ政権がとりわけ副大統領チェイニーを使って──それらの兵器についてとんでもない主張を続けたのかを明らかにしてくれる。米国のエリート・メディアはチェイニーを事実上、コントロール不能に陥った手に負えないほらふきと受けとめ始めた。二〇〇四年一月二七日付けニューヨーク・タイムズ紙は、米中央情報局(CIA)の兵器調査団長であったデイビッド・ケイでさえ大量破壊兵器はなかったとすでに公言していたことを指摘し、「チェイニー様、ケイ氏に会いなさい」と題された社説を掲載したほどであった。同紙はチェイニーの「驚異的なレベルの、現実を受け人れるのを嫌う姿勢」について皮肉たっぷりに、言及した。
 だが、そのジョークは明らかにメディアの側にも当てはまるものだった。イラク戦争の始まる前と戦争中に、メディアは進んで政府に操作されることで、ブッシュ政権のスピン・ドクターたちが悪用した環境を整える手伝いをしたからである。そしてスピン・ドクターたちは、チェイニーを支持者の集まりやフォックス・テレビに派遣することがプッシュ政権の選挙基盤(そのほとんどがニューヨーク・タイムズはじめエリート・メディアの報道を読まない)を磐石にすることを知っていた。世界の常識的な人々が住む場所とは違う「別の世界」は、いったんできあがってしまうと、ただ自転を続けるだけなのだ。だが、日本に住む私たちは、その現実を他の国の出来事だと言ってすませることができるだろうか。
  冒頭に日本版『Newsweek』誌の2003年03月12日号掲載の「戦争回避の道を探し続けるべき小さな理由」というイラストを提示したが、この『Newsweek』誌も、3月20日にイラク攻撃が始まってからは、ひどいブッシュ政権翼賛報道記事に終始していたことを銘記されたい。
 2003年3月23日に空爆を受けたイラクの街の写真は『U.S. Crusade』の3月24日付の記事からである。少女の右足は膝から下はグチャグチャになっており、突然見せられる人にとっては刺激が強すぎるとの懸念から故意に隠す図となった。ご諒承願いたい。

参考:
日本人記者が自戒の念を表明「大量破壊兵器の存在を否定する情報を軽視…」
(情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士)
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/bcbb0cc89ed8cb9e62005f59c9bd7c8e

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