最前線の子育て論byはやし浩司(2)

子育て最前線で活躍する、お父さん、お母さんのためのBLOG

A Portable Astronomical Observatory Device in Ancient Japan

2013-06-21 14:24:33 | 日記
【県立図書館へ(はやし浩司 2012-06-19)】

Hiroshi Hayashi++++++++++++はやし浩司

340+240 Sculptures, made with 3D photograph, and its Evidence
3D写真で作られた、ギリシア彫刻、その証拠と証明

You are cheated! (あなたは、騙されている!)

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http://www.youtube.com/watch?v=evVnmZVM88w&feature=share&list=UU2fHPR-NxuYGd1oMOGXLwFA

Sculptures in Ancient Greece were made with CAD, Computer Aided Designing System. Here in this video I will prove it with certain (sure) evidence. I mean these were apparently made by Aliens.

ギリシア彫刻は、コンピューターのCADを使い、3D化したデータベースをもとに、3D加工機で作られています。証拠を添えて、その事実を、ここで証明します。つまりギリシア彫刻は、明らかにエイリアンによって、作られています。


Here in this video I’d like to prove the fact again that all sculptures in ancient Greece were made with CAD, or computer aided machines and 3D photographs. I don’t hesitate to say “all”, since I have examined dozens of sculptures in the past this is what I can say as my conclusion. Here again in this video I can show you more evidence about the fact. Then you may ask me who did it. I say it is not us, human-beings, but E.T. beings, who had a high intelligence and knowledge. E.T. beings, whom you may call “God” or “Buddha”. Then it is not a matter of you whether you believe in me or not, but a matter of you whether you accept these facts or not. You can examine and confirm these facts by yourselves. Or shut your eyes and just collect sea shells on the seashore without seeing the ocean which is just there in front of you. This is the story about it.


(1) それぞれ同じ3つの彫刻を並べてみました。
それぞれは、同じ場所で、それほど時間差ない状態で、彫刻されています。
モデルは、まったく同一人物です。

(2)一部、顔や、髪の毛のパターン(データベース)には、別のものが使われています。
   コンピューターを使って製作したとき、あたかも別のものにみえるように小細工をしたからです。

こうしたことが、人間の彫刻家によってできるものか、どうか。
あなたの常識を使って判断してください。
ギリシア彫刻は、明らかに、エイリアンによって、製作されています。
(制作ではなく、製作です。)
2000年前という、昔にです。
どうかその事実を、冷静に判断してください。

Each three sculptures were made with the same 3D computers or CAD (Computer Aided Designing Sysytem), though THEY used a different type of data base from other sculptures, changing faces or changing the pattern of hair a bit. But Basically they are the same. Made in the same studio, but nit by humans. Here are the evidence!

Please think things with your common sense. Then you will know another world lying just in front of you.

あなたも私の頭がおかしいと思う前に、どうか自分の常識を使い、自分で判断してください。あなたはこれらの事実を、どう考えますか。

Befor you think that I am out of mind, think by yourselves with you own common sense. Or how do you think about these facts I show you here in this video.

But please keep it in your mind that no one is allowed to use my ideas and theories in any case without my permission and my names.

内容の転用、転載、盗用、流用は、厳禁です。
かかる行為が見られたばあいには、即刻、損害賠償請求の対象になりますので、ご注意ください。

June 20th, 2013
2013年06月20日
Hiroshi Hayashi]
はやし浩司

【Hiroshi Hayashi******June 2013******はやし浩司・林浩司】

341B Mystery and Answer of Do-Taku銅鐸の謎と答え
Do-Taku is a kind of portable astronomical observatory device to know the direction to South as well as the four seasons.
銅鐸は簡易天文観測装置だった。銅鐸により、真南を知ることができるのみならず、冬至、夏至、春分、秋分を知ることができる。

What is Dotaku? Here is my answer。
銅鐸とは何か。ここに私の答を述べます。

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/EoAMuCX_LNc" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

http://youtu.be/EoAMuCX_LNc

But please keep it in your mind that no one is allowed to use my ideas and theories in any case without my permission and my names.

内容の転用、転載、盗用、流用は、厳禁です。

June 21st, 2013
2013年06月21日
Hiroshi Hayashi]
はやし浩司



【Hiroshi Hayashi******June 2013******はやし浩司・林浩司】

Hiroshi Hayashi++++++++++++はやし浩司

○コメント

 このところ、辛らつな(=メチャメチャな)コメントが、少なくなった。
が、以前は、多かった。
「このジジイ、頭、狂っている」というのも、あった。
「すべて思い込み」とか、「すべてパクリ」というのも、あった。
みな、匿名だから、言いたい放題。
が、今は、ない。

 昨日、オーストラリアのウルル(Ululu)について作ったビデオについて、「??????」というのが、あった。
名前からして、外国人と思われる。
あっても、その程度。

が、それに替わって、感謝のコメントが届くようになった。
こうしたビデオで、感謝のコメントというのも、おかしな話だが、事実は事実。
今、多くの人たちが、「おかしい」と思い始めている。
何か、おかしい。
へん。
その答が、私のビデオということになる。

 私を励ましてくれる、みなさんへ、
ありがとうございます!

○ウルル(Ayers Rock)

 一連の謎を調べ始めたとき、最初に、目をつけたのが、実は、ウルルだった。
以前は、「エアーズロック」と呼ばれていた。
今は、アボリジニーズの呼び名を使い、「ウルル」という。

 そのウルル。
明らかに、人工山。
学生時代、みなが、こう言っていた。
「あんなところに、あんな岩があること自体、おかしい」(オーストラリア人)と。
それから、42年。
ウルルが、気になっていた。
それで調べた。

 が、意外なことに、そう言っているにもかかわらず、オーストラリア人は、その説を否定する。
つまり私の説明を聞こうともしない。
「人を不愉快(sick)にするから、やめてほしい」と言った友人も、いた。

 これはどういう心理によるものなのか。
内心では、おかしいと思っていても、それを指摘されると、拒絶反応を示す。
あいまいな部分は、あいまいなままでよいということか。

なお、アボリジニーズの言い伝えによれば、あのウルルは、ある日、空からおりてきたという。
「おりてきた」という部分が、重要。
激突ではない。
おりてきた。
ウルルの周囲には、激突による、衝突痕は、ない。

 またこんな言い伝えも。
「カタ・トゥジュータ(Kata Tjuta, オルガス山)から、石ころをもって帰ってはいけない。
もって帰ると、死ぬ」(以上、オーストラリアの友人談)と。

 ウルルにしても、カタ・トゥジュータにしても、アボリジニーズにとっては、聖地。

○新発見

 そのウルルを調べているとき、新発見をした。
カタ・トゥジュータとウルルを結ぶと、その直線上に、コナー山(Mount Conner)という名前の山がある。
見れば見るほど、奇異な形をしている。
山自体もさることながら、それを取り囲む地形も、ヘン。
半円形の爆発痕が残っている。
隕石なら、こういう痕跡は残らない。

 なお、そのカタ・トゥジュータ→ウルル→コナー山をつなぐ直線は、そのままタヒチ島の横にある、モーリア島へつながっている。
以前から私が、人工島と主張している島である。

○県立図書館へ

 今日は、県立図書館へ行くことにした。
今、その電車の中。
各駅停車の鈍行。
草薙(くさなぎ)まで、1時間ほど。
帰りは、日本平ホテルに一泊。

 もちろん、銅鏡調べ。
昨日、あちこちに電話をかけた。
各地にある考古学調査室など。
教育委員会にも、片っ端からかけた。
が、どこへ電話をかけても、「そういう資料は残っていません」と。
最後は、「京都大学の考古学教室へ問い合わせてみたらどうでしょうか」と。
京都大学!
が、私にとっては、天敵。
そんなところへ、おめおめと、電話など、かけられるか!
「異星人説」を口にしただけで、「アホ!」という言葉が、はね返ってくる。
しかし本当のアホは、どちらか?

 こまかい、どこまでもこまかい。
重箱の隅の、そのまた隅をほじくり返すような研究ばかりしている。
一度読んでも、すぐ忘れる。
十度読んでも、すぐ忘れる。
そんな専門用語ばかり。
銅鏡にしても、ズラズラと、ことこまかな解説が並ぶ。
「よくもまあ、ここまで調べたものだ」と感心する前に、私は、研究費の無駄を心配する。
文科系研究者の問題点と言ってもよい。
研究分野をかぎりなく細分化することによって、自分の専門性を維持しようとする。

(一方、理科系研究者のばあいは、論文の引用数によって、評価が決まる。
文科系のように、研究分野を細分化するということはしない。
しても、意味はない。)

その結果が、今。
「こんなことを調べて、どうなるの?」
「どうするの?」と。
そういった論文を読むたびに、疑問符が、1000個も並ぶ。

 それがあって、文科系の研究者は、ものを大局的に見ることができない。
その結果が、今。
銅鏡について言えば、図柄を論じた論文は多い。
しかし周囲の模様の線や三角形を数えた論文は、ゼロ。
私が調べた範囲では、ゼロ。
この道の研究者たちは、みな、それらをただの(飾り)と思っている。

どこを見ているのか!
その(飾り)にこそ、意味がある。
たとえば線の数にしても、私はすでに354本の線のある銅鏡を見つけている。
360本のものも、ある。
「354」というのは、陰暦の1年の日数。
「360」については、説明など必要ない。

○エイリアン

 私が最初に(神)に疑問をもったのは、あのナチス・ドイツによる、ユダヤ人、虐殺のことを知ったときのことだった。
学生のころのことではなかったか。
(当時の私は、ユダヤ教もキリスト教も、同じように考えていた。)
ユダヤ人といえば、ユダヤ教。
シュメール人と、どこかで血(遺伝子)がつながっているという説もある。
が、旧約聖書の中に出てくる話は、シュメール人が残したアッシリア物語(注)の内容と酷似している。
たとえば大洪水の話、など。
だから旧約聖書の話イコール、ユダヤ人の先祖の話と考えてはいけない。
ユダヤ人とシュメール人とを、直接、結びつけるのは、危険。
ユダヤ人は、700~800年(記憶)も経てから、アッシリア物語の内容を変え、自分たちの聖書を書いた。
そうして生まれたのが、旧約聖書である。

 で、それはともかくも、私はあれほどまでの数のユダヤ人が虐殺されたのを知ったとき、こう思った。
「彼らが唱える神はいったい、何をしていたのか?」と。

 もし私が、彼らが言う(神)なら、即座に、ユダヤ人の救出に向かっただろう。
まさに終末。
終末以上の終末。
アウシュビッツだけで、2000万人ものユダヤ人が殺されたという。
そんなとき、(神)は、何をしていたのか?
どうしてユダヤ人を、助けなかったのか?

(注:アッシリア物語は、ただの(物語)。
神の話は、どこにも書いてない。)

○シュメール人とヤンシャオ人

 が、これについても、答が見つかりつつある。
ひとつには、旧約聖書に出てくる話の多くは、作り話。
ユダヤ人たちが、勝手に、あのように作りあげた。
もともとアッシリア物語は、ただの物語。
その物語に自分たちの神を結びつけ、聖書としてしまった。

 それにもうひとつ。
黄河文明を築いたとされるヤンシャオ(仰韶)人がいる。
現在の西安の近くに、住んでいた。
黄河文明の中核にいた人と考えるとわかりやすい。

○黄帝内経

 私は20代のころ、東洋医学に没頭した。
本も、何冊か、書いた。
うち1冊は、今でも、医学部や鍼灸学校の教科書になっている。
別の1冊は、三大名著のひとつになっている(某鍼灸学校教授談)。

 その原書が、黄帝内経(こうていだいけい)である。
現在では、改ざんに改ざんを重ね、医学書ということになってしまっている。
が、もとは、天文学書。
皮肉なことに、もっとも古い黄帝内経は、京都の仁和寺に残っている。
それを読めば、それがわかる。
つまり、天文学書。

 その天文学を伝えたのが、ヤンシャオ人。
骨も発掘されている。
かなりの長身だった。
170センチ以上。
当時の中国人は、比較にならないほど、小柄だった。

そのヤンシャオ人と、シュメール人には、類似点が多い。
たとえば彩色土器。

 本来なら、シュメール(チグリス・ユーフラテス川)から、長安に伝わる道程の途中のあちこちで彩色土器が発見されていても、おかしくない。
が、シルクロードのどこをさがしても、彩色土器はない。
彩色土器は、まるで空を飛んだかのように、メソポタミアとシュメールのみで、発見されている。

 ……話せば長くなるが、要するに、世界の古代文明は、ユダヤ人たちとは手の届かない世界で、つながっている。
もしシュメール人がユダヤ人の祖先なら、ヤンシャオ人もまた、ユダヤ人の祖先ということになってしまう。
だから私は、こう書いた。
シュメール人とユダヤ人を直接結びつけるのは、「危険」と。

○感情

 もっと別に考えられる、理由。
なぜ、エイリアンは、ユダヤ人を助けなかったか。
それは私が感じていることだが、こういうこと。

(1) エイリアンといっても、人口が、極端に少ない。
(2) エイリアンには、感情がない。

 人口が少ないということは、あちこちの遺跡を見ればわかる。
エイリアンは指導者であり、支配者だったかもしれない。
しかし一般民衆の前には、姿をほとんど現すことはなかった。
ほんの一部の人間をのぞき、一般の人間は、奴隷として、その影におびえた。
卑弥呼を例にあげるまでもない。
一説によれば、卑弥呼の姿を見た人は、ほとんどいなかったという。

 が、それよりも重要なことは、エイリアンには感情がないということ。
現代科学によれば、感情は脳内ホルモンによって引き起こされることがわかっている。
たとえば何かよいことをすると、その信号は、帯状回にある扁桃核に送られる。
その信号に応じて、扁桃核は、エンドリフィン、エンケファリン系のホルモンを分泌する。
モルヒネの一種である。
それが脳内を、甘い陶酔感で満たす。
それが「気持ちよい」という感情を引き起こす。

 ほかにも、ストレスとサイトカイン。
ストレスがたまると、サイトカインが分泌され、脳内が変調する。
さまざまな病変を引き起こす。
恋愛とフェニルエチルアミンの関係も、そうだ。
フェニルエチルアミンは、「恋のホルモン」とも呼ばれている。
恋愛をすると、脳内で、フェニルエチルアミンが分泌される。
それがあのウキウキとした、甘い陶酔感で、脳内を満たす。

が、エイリアンには、そうしたホルモンの分泌が、ない。
わかりやすく言えば、まさにコンピューターのような人間。
数学的合理主義のかたまり。
そういうことになる。
だから、あれほどまでのユダヤ人が虐殺されても、救出に来なかった?

 ……というより、実はもっと深刻な事実がある。

○選択権

 結論から先に言えば、エイリアンは、すでに人間を見捨てつつある。
このことは逆説的に考えれば、わかる。
もし仲間なら、この2000年という年月を経て、今、そこにいるはず。
あなたの横にいるはず。
そこにいないという事実こそが、見捨てつつあるという理由。

 いっしょに住むか、住まないかという選択権は、エイリアン側にある。
人間側にはない。
つまりエイリアンの立場で言えば、こうだ。

「徹底した奴隷になるか。それとも、決別するか」と。
(決別)ということは、即、人間の絶滅を意味する。
絶滅ということは、絶滅。
 
 ……だからあのユダヤ人が虐殺されていたときも、エイリアンは、動かなかった。

○貪欲さ

 エイリアンが人間に求めているのは、対等の関係ではない。
仲間ではない。
エイリアンに言わせれば、こうだ。
「人間が、宇宙に出てきたら、たいへんなことになる」
「それこそ宇宙が、メチャメチャになってしまう」と。

 原因は、人間が原罪的にもつ、貪欲さ。
この貪欲さこそが、問題。
あらゆる動物の中で、富と権力を、際限なく求めるのは、人間だけ。
先日も、このアベノミクスを利用し、数十億円も稼いだ人の話が紹介されていた。
(そのあと、株価の大暴落で、大損をした人も多いが……。)
が、数十億円も稼いで、どうする?
老後といっても、清貧に甘んずれば、1億円もあれば、じゅうぶん。
その1億円が用意できなくて、困っている人も多い。

 一方、ほかの動物は、自分の腹がいっぱいになる程度のところで、やめる。
あとは求めない。
必要以上には、蓄えない。
が、人間にはそれができない。
自分を制御できない。
言い換えると、人間が宇宙で生き残っていくためには、この貪欲さと決別しなければならない。

制度的には、徹底した共産主義社会。
制度上の上下関係は、きわめてきびしい。
しかしトップの大統領も、末端の庶民も、みな、平等。
収入も、生活の質、レベルも、みな、同じ。
名誉欲、出世欲、所有欲など、もとから、ない。
個人が名声を求めるなどということは、ありえない。

 人間から見れば、味気なく、つまらない世界に見える。
人間には、想像もつかない世界かもしれない。
「信じられない世界」という言い方のほうが、適切かもしれない。
が、同時に、エイリアンの側から見ると、人間の世界のほうが、「信じられない世界」ということになる。

 こういうのを、私は「相対的理論」という。
こちらから向こうを見れば、「信じられない」。
同じように、向こうからこちらを見れば、「信じられない」。
もっともこれについては、こうも言える。
「エイリアンの住む世界は、人間のそれとは比較にならないほど、広い」と。
心だけの問題ではない。
ひょっとしたら、ほかの銀河系へも、自由に行き来しているかもしれない。
過去や、別次元の宇宙へも、自由に行き来しているかもしれない。

 個人の名誉だの、地位だのと言っている方が、おかしい。
そんなものを追い求めたところで、空しいだけ。

 財力にしても、そうだ。
多ければ多いほど、今度は、喪失の苦しみを味わうことになる。
喪失の苦しみイコール、孤独。

 ……そういう目で見れば、この人間の世界は、狂っている。
狂っていながら、その狂っていることにさえ気づいていない。
小さな島の領有権を求めて、戦争すら引き起こしかねない。
こんな人間が、宇宙へ飛び出してきたら、どうなる?
エイリアンの住む世界は、どうなる?

 エイリアンは、今、それをもっとも、恐れている。
言い換えると、ユダヤ人の虐殺どころではない……ということになる。
つまりエイリアンは、人間社会のもろもろの事件を見ながら、こう感じている。
「あんな下等動物、本気で相手にしてはいけない」
「本気で、相手にするような生き物ではない」と。

 言うまでもなく、太古の昔から、人間は、エイリアンの期待や思いを、さんざん、裏切ってきた。
今の今も、裏切っている。

○裏切り

 私がそれを最初に感じたのは、あのギリシア彫刻を調べていたときのことだった。
ギリシア彫刻は、あきらかにエイリアン作。
コンピューターライズされた、3Dのカッティング・マシン。
それで作られている。

 それについては、ビデオの中で詳しく説明した。
が、なぜ、エイリアンは、あのような彫刻(立体写真)を、無数に残したか。
それを私は考えていた。

 ひとつには、記録のため。
人間の記録を、そのまま残そうとした。
つまりある時期、エイリアンは、人間の絶滅を、本気で考えていた。

もうひとつには、人間に畏怖の念をいだかせ、人間を奴隷化するための道具にした。
いろいろ考えられるが、では、そのエイリアンは、どこへ消えてしまったのか。
現在、ギリシアに住む研究者からも、こんなコメントをもらった。

「貴君は、古代ギリシアとか、古代ギリシア人とか言っているが、そんな国も、民族も存在しない。
ギリシアは、何度も侵略され、現在は、まったく別の民族が住んでいる」と。

 つまり私が言いたいのは、それほどまでに力のあったギリシア人は、なぜ、どこかへ消えてしまったかということ。
ヤンシャオ人にしても、そうだ。
シュメール人にしても、そうだ。
 
 人間は、そうしたエイリアンから学ぶ前に、エイリアンを追い出してしまった。
エイリアンをして、地球に住めなくしてしまった。

 ……賢い人からは、愚かな人が、よくわかる。
が、愚かな人からは、賢い人がわからない。
人間には、エイリアンのもつ賢さが、理解できなかった。

 ……話が回りくどくなったが、つまりエイリアンはエイリアンなりに、人間を大切にしてきた(?)。
そういったエイリアンの気持ちを、人間は、理解できなかった。
それを(裏切り)という。

○エイリアン説

 こうしてエイリアンについて書いていると、昔の私が、顔を出す。
「なんて、バカなことを書いているのだ!」と。

 そう、おかしなことだが、ふと弱気になる。
これだけ証明してきたにもかかわらず、そうなる。
「まちがっているのだろうか?」と。

 しかしそういうときは、自分で作ったビデオを見る。
見て、確認する。
「まちがいない!」と。

 ……意識というのは、そういうものかもしれない。
たった1年前には、私は、天照大神はおろか、卑弥呼さえ、信じていなかった。
その私が、今、こうした神々を、本気で信じている。
宗教的に信じているのではない。
「存在した」ということを、本気で信じている。

 たとえばナスカから、伊勢神宮に向かって直線を引いてみるとよい。
その直線は、輿玉神社を通ったあと、内宮と外宮の間を通り抜け、西都原(さいとはら)に向かう。
もちろんナスカには、伊勢神宮→西都原を示す直線がある。
さらに、輿玉神社の大屋根は、まっすぐと、誤差なく、ナスカの方向を示している。
さらに夫婦岩のロープは、その直線に対して、直角に交わっている。

 つまり古代エイリアンは、夫婦岩を見ながら、ナスカに向かって飛んでいった。
……という事実が、あえて私の方が探さなくても、向こうから浮かんでくる。
まさに「これでもか!」「これでもか!」といった感じ。
ときに、うんざりすることもあれば、ときに、空恐ろしくなることもある。
が、それでも弱気になることがある。
どうしてだろう?

 私の心の中で、それまでの理性と、そのあとの理性が、いまだに闘っているのかもしれない。

○証拠

 こうした迷いを吹っ切るための方法があるとすれば、私自身が、エイリアンに会うことでしかない。
「やあ、はやし君!」とか何とか言って、私の玄関先にでも立ってくれればよい。
しかしそのとき、私なら、どうするだろうか。

 たぶん、逃げるだろう。
顔からして、不気味。
これは私の持論だが、かりにUFOをそこに見たとしても、UFOには近づかないほうがよい。
相手がエイリアンなら、なおさら。
近づかないほうが、よい。
エイリアンはエイリアンで、人間を恐れている。
人間は、彼らにしてみれば、野獣以上の野獣。
山の中で、サルと出くわしたことを想像してみれば、それがわかるはず。
道理や理性が通じる相手ではない。

 へたに近づけば、殺される。
よくて、拉致される。
あとは実験動物。

 ……というのは、考えすぎ。
が、ワイフには、いつもそう言っている。
「逃げたほうが、いいよ」と。
が、ワイフは、いたってのんき。
「私、火星でも連れていってもらおうかしら」と。

 あのね、エイリアンには、感情がないの。
わかる?
そういう人間の、個人的な喜びがわかるような感情など、もちあわせていないの!

○静岡県立図書館

 「県立」とは名ばかり。
蔵書数も、規模も、浜松の市立図書館のほうが上。
充実している。
銅鏡を調べるために出向いたが、収穫は、ゼロ。
がっかり!

 超一級の高級地にあるのだから、もう少し、……?
という愚痴はやめよう。
収穫がなかったわけではない。
3階で、古代文明展を開いていた。
そこに、ㇾエプリカだが、銅鐸(どうたく)が飾ってあった。
その銅鐸。
常識的な学説では、音を鳴らすための鐘のようなものだったという。
つまり楽器。
バカめ!

 楽器など作るために、どこのバカが、青銅を、あのように浪費するか!
仮に楽器であるとしても、もととなる音楽はどうする?
浜松市も、あのバブルのころ、数億円もかけ、市内にパイプオルガンを設置した。
が、そのあと、そのパイプオルガンが使われたことは、ほとんど、ない。
それと同じ。

 銅鐸にも、三角形が彫り込んであった。
線も、彫り込んであった。
銅鏡と同じ(模様)。
が、模様ではない。
私は、さっそく三角形の数を数えた。
いちばん外側の数は、29個。
つまり29日。
陰暦の1か月。

 つぎの列の三角形は、24個。
1年を12か月とすると、2年。

 いちばん内側の三角形は、13個。

29→24→13個という数字を並べてみれば、謎は、自ずと解ける。
つまりこういうこと。

(1) 1か月を29日とする。
(2) 1年を12か月とする。
(3) 24か月(=2年)ごとに、
(4) 1年を13か月とする、と。

 これで29→24→13と並んでいる数字の意味が、説明できる。

○計算

 詳しく計算してみよう。

 1年は、365.2422日(太陽暦)。
月の見かけ上の公転周期(地上で見る満月から満月まで)は、29.5306日。

29x12=348日
365-348=17日。
1年ごとに、17日の、ズレが生ずる。

正確には、
365.2422-348=17.2422
つまり、1年ごとに、17.2422日のズレが生ずる。
24か月、つまり2年では、それが2倍の、34.4844のズレが生ずる。
そこで1年ごとに、1年を13か月にすることによって、1年の長さを調整する。

 ……こういう計算をすると、ずいぶんといいかげんな計算に見えるかもしれない。
そこで、「銅鐸(どうたく)」ということになる。
銅鐸が、1年の長さを微調整する。

○銅鐸

 銅鐸の使われ方には、いろいろな説がある。
いろいろな説があるが、祭事用の楽器説が、定説になっている。
が、どれもトンチンカン(失礼!)。
が、銅鐸が、夏至、もしくは冬至の測定器具と考えると、謎は、簡単に解ける。
今一度、銅鐸の形を見てほしい。

(1) 全体として、円錐台(円錐を途中で切り、台のような形になっている)になっている。
(2) 上部に、円形の取っ手がついている。
(3) 取っ手の部分には、半円形の穴が開いている。
(4) 円錐台の側面には、基本的には横線が3本、縦線が1本、入っている。

 これだけの事実を並べれば、銅鐸の謎は、簡単に解ける。

(1)上部の円形の取っ手と穴

 あらかじめ銅鐸を、一定の場所に、設置しておく。
土台となる地盤は、固ければ固いほど、よい。
できれば、下部の一部を、地面に埋めておく。
こうすれば、銅鐸を、その場所に、しっかりと固定できる。

 そのとき、上部の取っ手を、南北方向に向ける。
方向は、正確でなくてもよい。
だいたい南北方向を向いていれば、それでよい。
(そこがまた、銅鐸のすぐれている点でもある。)

(2) 影

 太陽の出ている日には、取っ手部の影ができる。
その取っ手部の影が、穴の下にできる。
太陽が、銅鐸の真上部にきたとき、その影は、取っ手部と、一直線上に並ぶ。

(3) 影の長さ

 その真一直線上に並んだとき、側面にできる影の長さを見る。
側面にできた影が、もっとも低くなったときが、夏至。
もっとも高くなったときが、冬至。
影の長さを見て、それが判断できる。

 こう考えれば、銅鐸のもつ形の意味が、すべて説明できる。
つまりおおまかな1年は、29日→24(=2年)→13(1年ごとに13か月)という数字からわかる。
が、正確には、夏至、冬至を基準にして、1年のスタート日を求める。
 わかったかな?

 詳しくは、YOUTUBEのほうで説明したい。
が、最大の謎は、つぎ。
どうして今まで、こんな簡単な謎が解けなかったかということ。
それこそ何百人もの学者たちが、何十年もかけ、謎解きをしてきたはず。

が、私は、銅鐸を見た瞬間、その謎が解けた。
実のところ、銅鐸を詳しく見たのは、今回が、はじめて。
興味をもったのも、はじめて。
使われ方を考えたのも、はじめて。

○万年カレンダー

 つまり銅鐸というのは、日時計プラス、万年カレンダー。
だいたい、ものごとは常識で考えたらよい。
あれほどまでの青銅を使い、(当時としては、超高価、超ハイテク製品)、楽器など、作るはずがない。
作ってどうする?
音を出すだけなら、竹を切って並べたほうが、よい音が出る。
板を叩いても、よい。
(ただし日時計として、音を出したかもしれない。
が、もしそうなら、棒か何かで、叩いた痕跡があるはず。
その痕跡がないのは、なぜか?)

 ものごとは、常識で考えたらよい。

○問題意識

 ……ということで、銅鏡に関する収穫は、ほとんどなかった。
かわりに、銅鐸の謎が解けた。
謎解きというのは、そういうもの。
思わぬところで、思わぬものから、謎が解ける。
大切なのは、問題意識。
問題意識だけは、忘れてはいけない。

 が、ところで、銅鐸はだれが発明したか。
が、人間ということはありえない。
冬至、夏至の概念は、太陽暦。
ということは、エイリアン。

模様からして、少なくともエイリアンが関与していたことは、まちがいない。
同じ三角形の模様が使ってある。
その三角形の数に、意味がある。
人間が発明したとなると、それだけの周囲科学(天文学)がなければならない。
つまり発達段階。
それに周囲の文化との連続性。

 縄文式土器という、粗末な土器しかできなかった時代に、どうして青銅器なのか。
あまりにも飛躍しすぎている。
つまりその(飛躍しすぎている)という部分で、ほかの諸説には、連続性がない。
青銅という、今でいう貴金属を使う以上、それなりの意味がなければならない。
その意味が、ここに述べた、(使い方)である。

 古代人にとって、いつが1年の始まりであるかを知ることは、きわめて重要だった。
しかもその1年には、全国的な共通性がなければならない。
近畿と九州と、暦(こよみ)が異なっていたら、不便。
つまり古代人たちは、銅鐸を使い、暦を統一した。
つまり銅鐸は、そのための測定器具だった。

○もうひとつの収穫

 もうひとつ収穫があった。
出所は、パソコン雑誌。
それに3D写真機の紹介記事が載っていた。
驚いた。
今では、30~40万円台の3D写真機でも、ギリシア彫刻並みの彫刻ができるようになった。
記事の中には、作品例が載っていた。
そのひとつが、ギリシア彫刻。
そのもの。

 ギリシア彫刻は、コンピューターで作られたという私の説が、これで補強された。
……というか、こんな説を、50年前に唱えても、だれも信じなかっただろう。
が、今なら、信ずる。……はず。

 大切なことは、おかしいものは、おかしいと思うこと。
あんな精緻な彫刻(=ギリシア彫刻)など、当時の人間にできるわけがない。
基本的な部分がおかしい。
それに彫刻といっても、やはり周囲文化が必要である。

 たとえば美術学校。
そこで教える教師。
教育システム。
彫刻のための道具。
道具の発達。
石材を運ぶための運搬手段、などなど。
そういったものが総合されて、彫刻が生まれる。

 が、ギリシア彫刻には、それがない。
まったく、ない。
ないまま、いきなり王手!

 しかもギリシア彫刻には、個性がない。
みな、同じ。
みな、まったくの3D写真。
言うなれば、作風がみな、同じ。
ミケランジェロの彫刻にしても、そうだ。
作風がみな、同じ。
そこがおかしい。
つまり、コンピューターで作られたと思うのは、当然のことではないのか。
それが今、証明されつつある。

 ……考えてみれば、ギリシア彫刻には、おかしなことだらけ。
それを以前、ビデオ化した。
自宅に戻ったら、それを再度、ビデオ化する。
今なら、より多くの人に、私の説を理解してもらえる。……はず。

○日本平ホテル

 環境はすばらしい。
ガラスも、ピカピカ。
最新設備。

前回来たのが、ちょうど40年前。
スウェーデンから来ていた、ベッテルグレン女史(性教育協会会長)を案内して、ここへやってきた。

 そのときの思い出が、かすかに残っている。
そのあと大改築したということだが、基本的には、大きなちがいはない。
ロビーでぼんやりと、ソファに座っていると、40年前のことを思い出す。
ベッテルグレン女史は、小学2~3年生の娘を連れてきていた。
今ごろは、その女の子も、55歳くらいになっているはず。

 で、その日本平ホテル。
スタンダード・コース(廉価?コース)というコースを選んだ。
1泊食事込みで、1名、1万9000円弱。
が、差別ありあり。

 部屋は、富士山の見えない、裏側の部屋。
つまり裏部屋。
広さも、ビジネスホテルの2倍程度。
狭い。
レストランでも、奥の壁際の席。
見えるはずの夜景も、まったく見えない。

いくらスタンダード・コースといっても、すこしさみしい。
小雨。
水曜日。
泊り客は、数えるほどしかいない。
だったら、空いている部屋を使わせてくれればよい。
空いている席を使わせてくれればよい。
実際、どこのホテルでも、そうしている。

 先週泊まった、北の丸(掛川市)では、客が少ないからという理由で、よい部屋を使わせてくれた。
日本庭園に面した、見晴らしのよい部屋だった。
そういう心配りが、日本平ホテルにはない。
つまり、冷たい。

 「こういうホテルには、2度と来ないね」と言うと、ワイフも、同意した。

 ……客は、ホテルや旅館に何を求めるか。
一言で言えば、(温もり)。
いちばん不愉快なのは、差別。
料金の安い客には、それなりのサービスしかしかせんよ、と。
そういった差別を、露骨に感じたとき、それが(冷たさ)に変わる。
とたん、求めていた温もりが消える。

(それに温泉(大浴場)もなかった。
残念!
私もワイフも、当然、あるものと思って、やってきた。
それもあって、よけいに冷たく感じたのかも?)

 「焼津のグランドホテルにすればよかった」と、今度は、ワイフが言った。
「そうだね」と、今度は、私が同意した。

○帰宅

 日は替わって、2013年06月20日。
送迎バスは、9時発の1本しかない。
そろそろ帰り支度。
ワイフは、バッグの中を整理している。
それを横目で見る。
落ち着かない。
……ということで、今朝は、ここまで。

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【Hiroshi Hayashi******June 2013******はやし浩司・林浩司】


What is Do-Taku? Here is the answer.

2013-06-21 00:38:55 | 日記
341 Mystery and Answer of Do-Taku銅鐸の謎と答え
Do-Taku is a kind of portable astronomical observatory device to know the direction to South as well as the four seasons.
銅鐸は簡易天文観測装置だった。銅鐸により、真南を知ることができるのみならず、冬至、夏至、春分、秋分を知ることができる。

What is Dotaku? Here is my answer。
銅鐸とは何か。ここに私の答を述べます。

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http://youtu.be/H7byjmt2NrM

But please keep it in your mind that no one is allowed to use my ideas and theories in any case without my permission and my names.

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June 21st, 2013
2013年06月21日
Hiroshi Hayashi]
はやし浩司


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