妄想シリーズ。俺の体験と本音を書き綴っているが、それに関連した投稿を紹介してきやがる。
「日本のシャーマンが教えるスピリッチュアル世界のタブー」と題して、以下の事柄を列挙していた。
・〇〇如来、〇〇菩薩、〇〇明王、〇〇天とは、仏教界が作り上げたヒーローキャラクターであり、最初から存在していない
・後世の者たちによる過剰な神格化が見受けられる
この意見とその考えは真理を突いていたり、実際にそうなのだが(「水戸黄門」「源義経」「裸の大将」など)、それでは理解がやや浅い。
実際の歴史上人物を後世に生きる者達が神格化、願望化、そして自分が妄想するキャラや歴史に脳内書き換えて、また、実際に文章化とか映像化する。そして自分の脳内で全く架空のキャラクターをつくりあげてしまう。
そういうことも該当するのだが、それ以上のことを俺は言っているのだ。
リアリストは人生体験をダイレクトに受け止めて自分自身の個性やキャラを作り上げていくのだが、ポエマー(夢想家)はダイレクトに受け止めた個性やキャラだけでなく、本気で架空のキャラを体験から生み出して、それが自分のキャラと思い込むケースもある。「存在」も重要かもしれぬが、「内的体験や個性」こそ重要である。実際の体験から何倍も何十倍も膨らませた内的個性、内的世界を形成して、その思考が転移、転生していくケースもある。
ただ実体験と乖離しているため、それは文字通り「現実離れ」しており肉体を失い思考体として動き、他者に伝達・憑依しても理屈に合わなかったり矛盾が多くて真実味に欠ける。精緻に築かれた個性やキャラは他者にも説得力がある。どちらにしろ思考体の世界は表象として現れる。
でも、念押ししておくが、あまりこういう世界、スピリッチュアルと称しているようだが、こんなのにまだまだ人生が続く若い人達が没頭してはならない。
占いとか霊示に頼るよりは勉強の計画や努力で自分の意思力を磨くことである。折角、物質世界に住んでいるのだから限られた(環境、人的)資源をもってして、どこまで自分の可能性や世界を拡げられるか挑むべきである。老齢になって俺の様に暇だったら没頭してみようかなと思うべきである。
あてにならないものより確実なものを頼るべきである。






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