今日は会社の送別会で飲んできました。
今の職場に移って1年目の私なので、その全てまで知っているわけではないのですが、同じ職場に41年5ヶ月のご苦労さんで退職されただけあって、まさに生き字引と言う言葉が相応しい方でした。今どき同じ職場で最初から最後まで過ごす事自体が稀有なことだけに、その存在感は、まさにMr(職場名)そのものだったのです。勤続17年にして何回も職場異動した私からすれば羨ましいばかりの方です。
何よりも感慨深かったのは、その方の教え子が、職場は変わったり、退職されているにも関わらず何人も参加していた事です。言うなれば学校の先生のように何人もの教え子が居るのです。
その姿を見てて、私も私の元上司を思い出してしまいました、可愛がってもらったよなあと。そして、既に40才の私ですが、あと20年の間に私を親か先生のように慕ってくれる後輩を育てたいと思ったのです。それには、今の職場で腰を据えて、自分の仕事に一生懸命に取り組む以外ないのです。思い返しても、大往生のような立派な定年退職の姿でした。思わず書いたタイトルですが、祭りの後と言わずにはおれないほど、その存在感の大きさでした。
ちなみに私と同格の方なので、仕事の能力自体に差があるわけではありませんから、結局は人間性なのかもしれません。私も何に精進すれば良いのか判りませんが、自分の出来る事を坦々と頑張りたいと思います。自分が出来る以上のことは、自分には出来ないんですからね。
今の職場に移って1年目の私なので、その全てまで知っているわけではないのですが、同じ職場に41年5ヶ月のご苦労さんで退職されただけあって、まさに生き字引と言う言葉が相応しい方でした。今どき同じ職場で最初から最後まで過ごす事自体が稀有なことだけに、その存在感は、まさにMr(職場名)そのものだったのです。勤続17年にして何回も職場異動した私からすれば羨ましいばかりの方です。
何よりも感慨深かったのは、その方の教え子が、職場は変わったり、退職されているにも関わらず何人も参加していた事です。言うなれば学校の先生のように何人もの教え子が居るのです。
その姿を見てて、私も私の元上司を思い出してしまいました、可愛がってもらったよなあと。そして、既に40才の私ですが、あと20年の間に私を親か先生のように慕ってくれる後輩を育てたいと思ったのです。それには、今の職場で腰を据えて、自分の仕事に一生懸命に取り組む以外ないのです。思い返しても、大往生のような立派な定年退職の姿でした。思わず書いたタイトルですが、祭りの後と言わずにはおれないほど、その存在感の大きさでした。
ちなみに私と同格の方なので、仕事の能力自体に差があるわけではありませんから、結局は人間性なのかもしれません。私も何に精進すれば良いのか判りませんが、自分の出来る事を坦々と頑張りたいと思います。自分が出来る以上のことは、自分には出来ないんですからね。
私などは、24歳で国立療養所に就職し、37歳で今のところへ転職し、50歳目前にうつとなりという経歴です。と書いて、「そうか、それでも、30年も働いていることになるのか」と、複雑な気持ちになりました(苦笑)。定年は65歳ですから、まだ10年ありますので、そうするとほぼ40年働くことになります。う~ん、何と言いましょうか、という世界です。