部長ブログ@箕面市役所

箕面市役所の部長が、市のホットな話題を語ります!
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「水の日」に想う ~ 森は海の恋人

2019年08月01日 | 上下水道局

皆さま、こんにちは。上下水道局長の小野啓輔です。

1月1日は、元旦。
4月1日は、エイプリルフール。
5月1日は、メーデー。
では、今日 8月1日は、何の日でしょうか?

正解は、
「水の日」です。

(ほかにも、観光の日、花火の日、世界母乳の日、バイキングの日、
 語呂合わせで、パインの日、麻雀(パイ)の日、肺の日なんてのも、あります。
 また、菅原道真、イヴ・サン=ローラン、つのだ☆ひろ、米倉涼子などの 誕生日でもあります。)

8月は年間を通じて水の使用量が最も多く、水について関心が高まる季節。
その最初の日である 8月1日を、「水の日」、8月1日~7日を「水の週間」とすることが、
昭和52 (1977)年の国の閣議了解により定められました。

さらに、平成26 (2014)年には「水循環基本法」が議員立法で制定され、
国民の間に広く健全な水循環の重要性についての理解と関心を深めるため、
8月1日 「水の日」が、法律で定められました。

水の日・水の週間には、「水循環」や「水の恵み」の大切さについて、
国の水に関係する府省が地方公共団体や関係機関等と連携し、 全国的な啓発行事を実施しています。

水の日・水の週間については、「水の週間実行委員会」のホームページをご覧ください。

また、水循環や水循環基本法に関しては、 私の昨年のブログ「水への想い~「水の日」」をご覧ください。


   <水の循環 ~ 政府広報オンラインから>

●健全な水の循環

さて、水の日・水の週間でキーワードとなるのが、 「健全な水の循環」です。

「水の惑星」と呼ばれる地球ですが、人が利用できる淡水は決して豊富ではなく、
地球上の水の約 0.8 パーセントしかないと言われています。
この「限りある貴重な資源」にもかかわらず、私たちに豊かな水の恵みを もたらしているのは、
「水の循環」によるものです。

水は、海水も河川の水も地下水も、常に同じ場所に留まっているわけではありません。
太陽からの放射エネルギーによって、海や大地や植物の水が蒸発・蒸散し、
上空で冷やされて霧や雲になり、やがて雨や雪となって地上に降ります。
雨や雪は、森や大地に降りそそぎ、地球の重力に従って、地下水となり、
次第に集まって湖沼や河川となり、さらに海へと流れ出て、戻っていきます。
それが蒸発して、また雨が降って・・・というように、絶えず循環しています。
これが、「水の循環」です。

この「水の循環」によって、塩分を含む海水も蒸発する際に淡水化され、
私たちが利用可能な淡水資源が繰り返し創り出され、
また、水がめぐっていく先々で、豊かな恵みがもたらされています。


                 <平成30年版 水循環白書から>

「水の日」や、「水の循環」と聞いて、私がいつも思い出すのは、
「森は海の恋人」というお話しです。
 ~ 漁師が山に木を植える ~
気仙沼の漁師のかたが、30年以上にわたって取り組んでおられる実話です。

●気仙沼の漁師 畠山重篤さん

宮城県本吉郡唐桑町(現在の気仙沼市)に住む畠山重篤さんが、
家業のカキ(牡蠣)の養殖業を引き継いだのは、
昭和 36 (1961)年、水産高校を卒業した18 歳の時でした。

気仙沼湾は、三陸リアス式海岸の中央に位置し、古くから近海、遠洋漁業の基地として栄えてきました。
湾の中央には大島があり、周辺の入り江は波静かな養殖漁場としても優れ、
江戸時代から海苔、大正時代からはカキ、さらにはワカメやホタテなどの養殖も盛んでした。
天然のウナギも捕れるし、貝や魚の種類も豊富で、海の恵みはとても豊かな地域でした。

しかし、昭和40 (1965)年ごろから、気仙沼湾に異変が起きはじめました。
ある日、カキを卸している東京の築地魚市場から
「大変です。カキが血の色のように赤いんです。だれも買ってくれません。」
と連絡が入りました。 魚市場の人たちが「血ガキ」と名づけたように、
売れなくて送り返されてきたカキは、真っ白いはずの身が、真っ赤になっており、
せっかく手をかけて育ててきたカキが売り物にならず廃棄処分されるしかなく、
浜は大さわぎになりました。

水産試験場で調べたところ、
「血ガキ」の原因は、赤潮の発生でした。
カキは、海水を吸うことで呼吸し、海水に含まれる植物プランクトンを栄養にしており、
1個のカキは一日に 200リットルもの海水を吸って生きていますが、
カキが海の赤潮を吸ったために、身が真っ赤に染まった「血ガキ」になったのです。
この赤潮プランクトンは、汚れた海で増える種類で、
赤潮プランクトンの大量発生で、海が真っ赤になる現象が、赤潮です。

赤潮が発生すると、気仙沼の青い海が、赤茶色の濁った海となります。
また、海の異変・水質の悪化は、当然、他の漁業にも及んでいました。
海苔の生産量も急減し、沿岸からは小魚や小動物が姿を消し、 ホタテも死にはじめ、
ウナギも捕れなくなり、 漁業の仕事を辞めてしまった仲間もたくさんいました。

しかし畠山さんは、とにかく海が大好きで、
美味しいカキを再び採るために、「豊かな海」について考え続けました。

【最近の気仙沼湾】

        (実は、つい先日、気仙沼に行ってきました。)


●海だけを見ているのではなく、陸を見なくてはダメだ!

赤潮が発生するのは、海が汚れてしまっているからです。
海の仕事を続けるためには、海を美しくする以外に方法はありません。
しかしそれには、「海だけを見ているのではなく、陸を見なくてはダメだ」
ということに、畠山さんは気づいていきました。

この気づきは、「漁師としての経験」からきていました。

昔から、海苔の生育は雨の量に左右され、海に流れ込む川の水が増えると良い海苔が採れるということや、
雨や雪どけ水が少ないと、魚介類の育ちが悪くなることなど、
海や漁は、川の水に影響されているということが、 漁師たちは経験的に分かっていました。

そこで畠山さんは、視線を海から陸のほうに向け、
気仙沼湾に流れ込む「大川」を、河口から上流まで歩いて観察していきました。
すると、水産工場からの排水や、家庭からの生活排水が、
まちの中を流れる側溝や川を通して、海に垂れ流しになっていました。
また、川が護岸工事によってコンクリートで固められ、
水を浄化してくれる水生生物、水草なども減少していました。
流域周辺の水田地域では、農薬や除草剤、化学肥料などが川に流れ込んで、
ドジョウ、タニシ、ゲンゴロウなども、いなくなっていました。
さらに、水源地である山が非常に荒廃していることもわかりました。
昔は広葉樹の雑木林が広がっていたはずの森が、戦後の植樹計画によって、杉山ばかりになり、
しかも間伐などの手入れもされていない放置された山が多く、
太陽の光が入らず、暗くて地面はパサパサで、下草も育っていません。
そのため雨が降るとすぐに赤土が崩れ、泥水が川に流れ出し、
その濁った川の水が、海へと流れ込んでいたのです。

また畠山さんは、昭和59 (1984)年に、フランスのカキ養殖を視察に出かけました。
養殖地の一つであるフランス西部、ロワール川河口の干潟には、
ヤドカリやカニ、小魚、シラスウナギなど海辺の生物が豊かに生息し、
それはかつての気仙沼の海の姿でもありました。
そしてロワール川の上流には、広葉樹の大森林がいくつも広がり、
それらの森からは10本以上の支流がロアール川に注ぎ込んでいました。

「カキの産地は必ず河口だ。餌となる植物プランクトンは、森と川が育てている」
「漁師は海だけではなく、川の流域全体までを考えなければならない」
こうして畠山さんは、「森と川と海のつながり」について確信していきました。

●いい漁場を残すために、山に木を植えよう 

気仙沼湾に流れ込んでいる最大の川は、「大川」です。
気仙沼の海の環境悪化の原因は、その大川流域の環境変化や森林の荒廃など、多岐にわたっていました。
さらに、昭和63 (1988)年には、大川の河口からわずか 8 キロ上流に
ダムを建設する計画案が公表されました。

そこで畠山さんは、漁場を守るためには、川と上流の森林を守る必要があることを訴え、
漁師仲間とともに、大川の上流に植林し、広葉樹の森を創ろうと呼びかけました。
この呼びかけに、唐桑漁協の組合長をはじめ、70人の漁師たちが賛同し、
平成元(1989)年 「牡蠣の森を慕う会」を旗揚げしました。

大川の源流は、河口から27キロ離れ、宮城県の県境を越えた 岩手県の室根村(現在の一関市)の山々です。
その山々のなかから、「室根山」が植林活動の場となりました。
実はこの山は、古来から「山ばかり」として、漁師たちの道標になっていました。
漁師たちは、海から目印にしている山を見て、山と山との重なり具合から、
自分の位置を確認して、船の進む方向を決めていました。
室根山は気仙沼の漁師にとって、命を左右する大事な「山ばかり」でした。
山麓にある室根神社も、古くから気仙沼の漁師の海上安全や大漁祈願の信仰対象ともなっており、
祭の神事には気仙沼の人たちも参加していた縁もありました。
また、畠山さんたちの想いに山の住民である室根村の人々も理解を示し、
気仙沼湾をのぞむ広場を植林地として提供してくれました。

畠山さんたちは「ダム建設反対」ののぼりを掲げるかわりに、 色とりどりの大漁旗を掲げて室根山に登り、
落葉広葉樹の森の創造をめざし、これを「牡蠣の森」と名付け、
森と川と海が一体のものであるという運動のシンボルとしました。
こうして、宮城県と岩手県の県の境界も越えて、
海の住民と山の住民とが協働した “ 山に大漁旗がはためく植樹祭 ” として、
「牡蠣の森を慕う会」の植林が始まりました。

 

●森は海を想い、海は森を想う ~ 森は海の恋人

「植林を一回やったくらいでは海の環境は変わりません。この運動を続けることに意味があるということです。
  川の流域に暮らしている人たちと、カキを作っている漁師とが、価値観を共有しなければ、
  きれいな海は帰ってこないということで、その後も毎年この植林活動を続けてきました。」

畠山さんは、森や川の流域に住む人々に訴えかける” 言葉 ”にも こだわりました。

海と川と森の関係を調べて大川流域一帯に足を運ぶなかで、
畠山さんは、郷土の歌人・熊谷龍子さんと出会います。
畠山さんは熊谷さんに、海を守るために室根山への植林運動を計画していることを話し、
人の心に響くような標題をつくることに力を貸してほしいと頼みました。
熊谷さんを、何度も海に招いて船から海や山を見てもらい、
養殖のイカダや海底の様子も観察してもらい、そこから、この一首が生まれました。

  「森は海を 海は森を 恋ながら 悠久よりの 愛紡ぎゆく」

こうしてこの植林イベントは、「森は海の恋人植樹祭」と名付けられました。

また、現在も「森は海の恋人植樹祭」を山の住人として支えている岩手県室根町の自治会の方々は、
畠山さんとの出会いを振り返ります。

当初は、「何で海の人たちのために、上流の我々が奉仕しなければならないのか」
といった疑問や反発も存在していました。
元々室根の人々は、大川が気仙沼湾と繋がっていることを頭では理解していました。
しかし、自分たちの行為が海へと影響を与えていることはあまり理解していませんでした。
そうした状況で、室根の人々がいつも耳にしてきた海側の人々からの言葉は
「海を汚すな」といった類いの、批判の言葉ばかりだったのです。

そんな中、畠山さんを招いた講習会が開かれました。
畠山さんは講習会の冒頭で、そんな批判めいたことは一言も言わず、 開口一番
 「上流の皆さん方、上流の森、このおかげで私ら海の人間は生かされています。
   山の方々、ほんとうにありがとうございます。」
と御礼を言われました。

誰もが予想もしなかった最初の一言に、鳥肌が立ちました。
今まで、川をもっと何とかしてくれと文句を言われたことはあるが、
下流から感謝され、礼を言われたのは初めてでした。

畠山さんの言葉は、私たちがそれまで聞いてきた海側の人々の言葉とは 全く異なるもので、
古くから海に暮らす人々と山に暮らす人々の生活の繋がりを
心から大切に思う 畠山さんの気持ちがあふれていました。

驚きとともに思わず引き込まれ、畠山さんの話を懸命に聴きました。
ありがとうっていう感謝に対して、私らのお返しの気持ちが自然に出てきたんです。

その感謝と共感と協働の象徴が、
「森は海の恋人」という言葉だったのです。

その後「森は海の恋人植樹祭」は、多くの参加者を得て年々拡大し、
山と海との住民の交流や、世代を超えた子どもたちの交流も広がっていき、
毎年6月、30年以上、休むことなく続けられています。

また、その活動が小学校や中学校の教科書などにも掲載され、
「森は海の恋人」に影響を受けた植林運動は全国に広がり、
各地で山・川・海の環境と住民の意識を変えていきました。
そして、大川のダム建設も、ついに中止となりました。

現在では、室根に植えられた落葉広葉樹は、ブナやミズナラなど約 50 種。
すでに 5 万本を超え、森の面積は約 25ヘクタールにもなっています。

「川の源流の山に木を植えることは、流域に住む人の心にも木を植えることです。
 その両方に木を植えないとダメだと思うんです。」

畠山さんの言葉どおり、山の住民と海の住民の交流を通して、
互いに森を育て、 川の環境を大事にし、海を守っていこうという意識が育ってきています。
いま大川は、宮城県で最も澄んだ川となり、
気仙沼の海も、魚介類をはじめ、生物の豊かさを取り戻してきています。


さて、水の日にちなんで、「森は海の恋人」という 畠山さんの活動と生き様を見てきました。
ここまででも十分にドラマチックですが、
実は、まだこの先も、畠山さんの挑戦のドラマは続きます。
それは、次の機会に、必ずご紹介しますね。

「森は海の恋人」は、水の日にとても似合う言葉です。

降った雨が山に蓄えられ、それがやがて川を伝って海に流れていく。
この「水の循環」に、 森から川へ、川から海への生態系連鎖という別の角度から、
大いなる自然の力の視点が加わることで、水の恵みは、さらに大きく深くなっていきます。
水の恵みは、山の恵みでもあり、海の恵みでもあり、
人もまた、その自然の循環と恵みの中で、営みを続けていくわけです。

「森は海の恋人」は、上下水道に携わる私たちにとっても、
たくさんの大切なことを教えてくれる、 素晴らしい言葉と実践だと、私は思います。

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