部長ブログ@箕面市役所

箕面市役所の部長が、市のホットな話題を語ります!
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GANBAROU(がんばろう)~夏が来れば思い出す、想い出す、あの時代、あの頃~

2011年07月14日 | 子ども未来創造局

熱いですね・・・暑いです!アツいわぁ!の今日この頃です。
特に、時間外勤務の時の別館の5階は、本当に暑い。しかし、東北の被災された方はもっと、もっと苦労されている。甘いぞ、周二。

(わし的には)残念だが、今年も猛暑日が多そうである。わしが子どもの時代には、『猛暑日』という言葉はなかったと記憶しているが、どうですかぁ同世代の人々のみなさま。『真夏日』という言葉はあった。ところで、また、名前を書くのを忘れてしまいそうである。
 前回のブログでは、名前を書くのを失念してし
まった。すみませんでした。しかし、「名前がなくとも内容から想像できたよ」と言われ、喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら・・・・やはり、喜んで。
 「けり」(京都で生まれた言葉だそうです)をつけなくてはなりませんので、今回は、しっかりと、名前を書かしていただきけり(使い方が変ですな)。教育推進部の若狭でございます。「サザエさん」のサザエさんの父親の波平さんと同級生です。(正確には、同い年になっている若狭周二でございます。波平さんは、54歳か55歳と記憶しています。)
 余談ですが(本当に余談が好きで申し訳ない)「それでいいのだ」で一世を風靡した「バカボン」のパパは40歳だそうです。

前段が長くなりました。

○GANBAROU(がんばろう)

 新聞によれば、高知市のアマチュア天文家 関勉さん(80歳)が東日本大震災で被災された方を応援しようと22年前にご自身が発見された小惑星に「GANBAROU(がんばろう)」と命名をされた、とのことです。
 震災発生と同じ3月11日に発見された星で、今後、米国の国際天文学連合・小惑星センターに申請し、数か月後には、正式に認定される見通しだそうです。
 関さん、せきさん、そうです、あの有名な セキ彗星 のひとです。
さらに、新聞では関さんご自身が昭和南海地震を経験されていると報じています。
 私たちも被災された方への応援をしっかりとするべく、箕面全体、大阪全体、日本全体で、世界全体で、できることはしっかりとする精神でGANBAROU(がんばろう)。そのGANBAROU(がんばろう)の内容として、各学校では、
 
○夏期の「学校の節電行動計画」の策定及び取組等を実施し、前年同期の(目標ですが)15%の削減を節電目標とします

 様々な理由・原因で夏期の電力のピーク時の電力不足の懸念から市内の小・中学校でも、積極的に節電対策に取り組む必要から、各学校においては、節電に対する取組をより一層進めていくために、「学校の節電行動計画」を策定し、この計画に基づき、節電を実践していきます。(実施期間 7月から9月)

 具体的には、必須項目として、
(照明)職員室、事務室、会議室、校務員室など、児童・生徒が通常使用しない居室の照明の間引き
(空調)室温は28度に設定する。(できれば、風通しなど室内環境に配慮しつつ28度より若干引き上げる)
休日及び時間外勤務の間は、空調の使用を原則禁止とする。

に加えて、各学校の創意工夫としての努力項目としての対策項目を要請しております。

ただし、留意点として
■節電を意識するあまり、学校の施設及び設備が、指導上及び管理上不適切なものとならないこと。
■教室等の温度及び照度等については、学校環境衛生基準に基づき適切な学習環境の維持管理に十分留意し、節電の工夫を。


○第四中学校は、「おはようプロジェクト」を毎日、毎日、取り組んでいます。

(わし)    淺井校長、四中の特徴は、特に、何にがんばっているの。
(新校長 淺井)そうですね、重点的にがんばっているのは「おはようプロジェクト」です。
(わし)    ブログに紹介していいかな。

 ということで、第四中学校は、まず、「おはようプロジェクト 実施中」を紹介します。

正門から、正々堂々と入ると渡り廊下が斜め38度に見えます。
看板が4枚ありますが、その一番左には、

「あいさつは、いつも元気にさわやかに
 おはようとあいさつの声がひびくまち
 あいさつはこころと心をむすぶはし」

わしが、実際7月の12日の午前8時に正門でみた風景、
生徒会の役員、生活委員、保護者の方々、生徒指導主事、教員がチームを組んで、毎日、毎日、正門の前に立ち、登校生徒に対してあいさつをしていました。

四中は、府内でも数少ない自転車通学を許可している中学校ですが、自転車登校生徒も元気よくあいさつをしていました。

この光景が毎日、毎日、繰り広げられているとのことです。
わしも参加して「おはよう」「おはようございます」とあいさつをすると、倍以上の大きな声で「おはようございます」とかえってきました。
いい気分でした。1日のはじまりはこれでなくちゃぁ。

【これも余談】プロジェクトの保護者の方から、
(保護者)「若狭先生ですか」
(わし)「そうです」
(保護者)「Kです」
(わし)「はい、はい・・・」
(保護者)「先生、どこで教えているの」
(わし)「数学は教えていない」
(保護者)「先生の数学、楽しかったのに」(照れるな・・・)
(わし)「・・・・・・」
この保護者の方は、20数年前の二中の生徒、現在は、四中の保護者。
よく覚えてくれていました。ありがとう。感謝。
 
次の看板には、かの有名なY校長の時代に作られた、「四中三訓」が誇らしげに書かれていました。毎日、生徒たちは登校時にみているのだ。

 四中三訓とは、

  礼節  克己  思いやり

 まさに、四中教育の根底です。
  
 学校教育目標

   人権尊重の精神を基盤にして、社会の形成者として真理と正義を愛する心豊かでたくましい生徒の育成を図る。
  
 めざす生徒像

  互いの人権を尊重し、思いやりのある生徒
  豊かな知性と情操を備え、心身ともにたくましい生徒
  主体性を持ち、実践力のある生徒
 
 まさに、四中教職員は、淺井新校長、橋本教頭のもと、誠心誠意、全力で、生徒たちと向かいあい、教育者としての使命を自覚し、生徒や保護者の期待に応える教育活動の創造に努めるとともに、創意工夫をこらし、調和のとれた組織的な教育活動を推進しているのです。


 一枚とばして、(とばした一枚は、また、四中に行かれたら見てください。)

 一番右の看板は、生徒会の方針だと思いますが、

  自分に厳しく、他人に優しく

  一人ひとりが本当の楽しいを見つけられる学校

いいことだ。現代社会にもあてはまることだと思う。
一人ひとりが本当に楽しいを見つけられる社会。
がんばれ、生徒会、がんばれ生徒一人ひとり。

 これら、四中も含めて、各学校、各中学校区の「特色ある取組」の発表会が下記の日程で開催されます。(今年、変更しました。昨年までは、全校参加で、発表会を実施していましたが。)
来る7月22日(金曜日)午後2時30分から、第五中学校区(中小、萱野小、第五中)が市役所第3別館にて発表会を開催します。同時開催として、教育講演会が予定されており、講師は、医師の明橋大二先生です。
 明橋先生の楽しい子育てのお話と、各学校から校区としての取組と各学校の取組について、わかりやすく紹介します。
多数のご参加をお待ちしています。
残りの中学校区は10月から予定されています。
  一中校区    10月28日(金曜日)
  止々呂美中校区 10月29日(土曜日)
  二中校区    11月25日(金曜日)
  三中校区    11月26日(土曜日)
  四中校区    11月26日(土曜日)
  六中校区    11月26日(土曜日)
  彩都中校区   11月12日(土曜日)
詳細は別途、後日、紹介させていただきます。
ご参加、よろしくお願いします。

さて、この熱い夏、暑い夏の中で、子どもたちは様々なことを体験します。
学習、部活、 等々・・・・・・・・
日頃できない、挑戦できなかったことをしっかりと体験・経験すると思います。
保護者のみなさま、地域のみなさま、応援お願いします。

少々長くなり、申し訳ありませんが、もう少しお付き合いください。
わしが中学生の頃の一夏の記憶を以下に記します。


○夏の想い出(その1)「油断大敵(ゆだんたいてき)」

 わしは小学校から剣の道を歩んできた。高校まで剣の道一筋だった。(人は剣の道のことを剣道と言うが。)この道に進んだのは、父から精神修養のために進められたからである。わしは、順調に鍛えられ、多くの先輩にもお世話になりながら、後輩からは慕われ(今でも錯覚している)、ついに、中学校三年生の時、(剣道だけど、日本的だけど)首相(しゅしょう)ではなく主将(しゅしょう)に選ばれた。
 冬の寒稽古、夏の暑中稽古と猛稽古に猛稽古を重ね、(当時)広島県佐伯郡の大会では、常に優勝を争うまでになっていた宮島中学校のキャプテン翼ではなくキャプテン若狭であった。
あれは、三年生の夏期休暇(世間では夏休みという)の8月31日(と記憶している)に西広島大会(郡大会より大きい大会)があった。
 団体戦は、順当に優勝。個人戦はあっという間にベスト4に勝ち上がった。
 ここからが苦い、ほろ苦い想い出となっていることである。痛恨の極みである。

 勝てば決勝戦に進出。瞬間的に頭をよぎったのは、明日の始業式のこと。
というのは、夏期休業期間のスポーツ大会や文化活動の入賞者は、始業式や朝礼で、全校生徒の前で、校長先生から直接、優勝旗や表彰状を授与されるのであるが、その時のわしの姿がよぎったのである。「かっこうええけぇ」「団体と個人で優勝、自慢やなぁ」等々も瞬間浮かんだのは否定できない。
 面の金具からは、相手の視線をしっかりと捉えている。「勝てる」と思った瞬間。わしは、一瞬、目線、視線を自らが切ってしまった。ほんの一瞬だったが。
「スネ」と相手の声。おわかりでしょう。相手は女性で長刀(なぎなた)の使い手。剣道は、「小手」、「面」、「胴」の世界。異種格闘技ではないが、
 わしは、長刀に負けた。今も、すねの痛みは感じる。(けっしてこどもがかじっている痛みではない)
 結局、わしは、3位となった。宮島に部員の仲間たちと帰り、自宅に防具を置き、自転車で(海に浮かぶ)鳥居の近くに行き、夕日が落ちるところに向けて、叫ぶわし。
負けた~。涙が頬をつたわっていたかどうかは覚えていない。
 夏休みは終わり、3年間の汗と涙の剣道部の生活も終わり、やがて高校への道にわしは向かうのである。高校では二年まで剣道部にいたが、帰省している大学の先輩からにいわゆる「厳しい稽古」(しごきかな)をつけられ、挫折。

今年も、市内の中学校では、部活動に汗する生徒たちが数多くいます。
文化部、運動的部に関わらず、自分の可能性を伸ばしてほしい。
その指導、支援にあたる教員、ボランティアの人々よ、子どもたちの夢の実現に向けてよろしくお願いします。くれぐれも、体調管理にはご留意を。

 

○夏の思い出(その2)「かっとばせぇ佃(つくだ)~夏は高校野球~」

 剛速球、豪速球の江川(当時  栃木の作新学院)を覚えていますか、同世代諸君。
広島では高校野球といえば広島商業、広陵高校、広島県立工業高校、尾道商業、崇徳(そうとく)高校・・・・・・は、大阪の桐蔭高校、PL高校・・・・・に匹敵する。
春の選抜大会で、広島商業(広商)準優勝。夏の大会では、結果、優勝するのだが、その時のエースが佃(つくだ)正樹(まさき)投手。左腕で技巧派。捕手はあの達川(阪神でもコーチをしていた、広島弁を使う)
主将は金光選手(法政大学で主将、監督も経験、当時ドラフト一位をけった。)
知っている人は知っている彼らは、わしの同級生。
佃投手は、小学校・中学校も同じクラス。中学校では、四番、投手、主将。
生徒会では体育委員。(生徒会長はわし じゃった。)
彼は、まさに「巨人の星」であった。もともと右投げを父親の指導で左投げに変えられた。中学校時代は豪速球で地区大会でも評判。さまざまな私立高校から「誘い」があったと聞く。(実際にあった)しかし、県立の広商に進学し、高校三年生では春、準優勝、夏優勝の栄誉を獲得した。(泣いたなぁ、)
 ところで、高校野球で、「しゃもじ」の拍手知っていますよね、「カチカチ」が「勝ち、勝ち」につながるという意味で重宝されたのです。全部(自信はないが)宮島産です。当時、広商に寄付いたしました。(わしの家は物産店、父親は一刀彫の彫刻で参拝記念等々を彫っている。実は現役。)
江川の甲子園の無失点を止めたのは、この佃であった。バットを短く持って。
まさに、広商野球は組織野球、チーム野球。
その後、佃は、法政大学に進学するのだが、後に慶応受験に失敗した江川が同じ大学に進学する。佃は背番号1、江川は背番号18。
後、江川は、エースとして、通算48勝。しかし、佃は4年間野球を続けた。(よくガンバッタ)
後、佃は社会人野球に進む。
まさに、野球が好きで、継続した佃君。親しみを込めて「マーくん」(佃 正樹)
しかし、もう彼は、野球ができない。東京の空の上でやっているかな。合掌。


小学校時代、夏はいつもソフトボールをやっていたね。
君はピッチャー、わしは、レフトか一塁。
君が、夢であった甲子園に行っても君は、自慢せずにいつも通りに話してくれたね。
これ、部長ブログだけど。ついつい、マーくんのことをみんなに知ってほしくて書きました。

 

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