猫の体重の計り方
体当たりして跳ね飛ばされた世界の壁
その網戸の向こう
闇の中の誰かを呼ぶ 狂いながら
明日手術をする猫の
高ぶる体 抱き寄せて
「ごはんよ」って君は
三人がかり捕らえられた台の上で
眠り薬 針を打たれ
まあるい目が澱んでゆく
母になろうと泣く猫の
かすれる声に名を呼んで
「ごめんね」って君は
夏が終わり糸も抜けた 昼寝のあと
見たことない不思議な顔で
僕を見てる 外を見てる
母になれずに泣く猫を
「少し太ったな」と抱き上げて
「こうしてね」って君は
「ねっ」って君は
ikenoue yousui 2006
よろこびとカラスミ
夜の知らない道で 寒さから目覚める
僕はどこで産まれて 誰に愛されたの
記憶は無い 切ないだけ
喜びの神様が また僕をはめる
当てられたタクシーに君が乗っている
朝の目黒通りを 笑いながら歩く
君は駅に吸い込まれ 僕は店を探す
痛みはは無い 切ないだけ
喜びの神様が 又僕をはめる
旅先のバスタブで君が沈んでる
悪気は無い 眠りたいだけ
喜びの神様が 又僕をはめる
駆け付けた産院で君が双子を産む
極上のカラスミが 継母から届く
よそゆきの挨拶と 期限が切れている
何様が 又僕をはめる
喜びの何様が 又僕を試す
喜びの何様が 又僕を落とす
喜びの何様が 又僕らと遊ぶ
ikenoue yousui 2004
まずい水
鳥の騒ぐ音に目が覚め 今日も生きているが
記憶は砂漠の中 置き去られてもう歩けない
天井は空 カーテンは海 あの部屋が世界の全てだった
24時間抱き合い泣いて カラカラになった体に
水道の水 まずい水
両手で組んで 口移しで飲ませて下さい。
ひび割れた穴から 古い空気吐き出し吸うが
言葉さえ通じない この街からもう出られない
抱き合ったソファ 夏服の箱 君の未来へ運ばれて行く
からっぽの床 転がりあって カラカラになった体に
水道の水 まずい水
両手で組んで 口移しで飲ませて下さい
天井は空 カーテンは海 砂に立つドア開かれたまま
遠い名前をつぶやきながら カラカラになった体に
水道の水 まずい水
両手で組んで 口移しで
東京の水 まずい水
君の手で組んで 口移しで
水道の水 まずい水
君の手で組んで 口移しで飲ませて下さい
ダバダバ 田端
ikenoue yousui 2007
空のビン
さあ目を覚まして 空はまだ黒いけど
朝もやを吸う前に町を出よう
君のおにぎり たくさん詰めて行こう
あつあつと小さな手でぎゅっと握って
やっと手に入れたよ 夢の捨て場所の地図を
恐れるな くちびるをぎゅっと結んで
飛び立つあの空のビンに乗り 北へでも南廻りでも
その山に夢を葬れば
鳥たちが食い散らかして消えるよ 全部
どこかで聞いた 野生の青い馬を
見つけたら飛び乗ろう 走って行ける
唄が聴こえるね 追いかける風に乗り
振り向くな 凍る手をぎゅっと結んで
漕ぎ出すあの海のビンに乗り 西へでも東シナ海へでも
その波に夢を撒き散らせば
魚達がニライカナイへ運ぶよ 遠く
白い夜空の中 硬いお湯を飲み
埃だらけの君を抱きしめ眠る
鳴り出すあの陸のビンに飛び乗り 何処へでも明日へでも過去へでも
行きずる人らと交わすビンに酔い
何もかも吐き出してしまえよ
擦り切れろ 擦り切れろ
僕の変われない心も 君の使えない言葉も
みんな 全て 全部
さあ目を覚まして ここにいるから
ikenoue yousui 2004
ポーチュラカ
ポーチュラカ ポーチュラカ 君の好きな花
ベランダにぶら下がり 真夏を見ている
ポーチュラカ ポーチュラカ 今年も咲いたよ
きれいだね 不思議だね 何度もつぶやく
ポーチュラカ ポーチュラカ 君の声がした
お布団の裏にでも 隠れているのかい
ポーチュラカ ポーチュラカ 今年は枯らした
白い湯気 そうめんを誰かが茹でてる
ikenoue yousui 2006
トリスタン諸島
泣き眠ったまま覚めない闇にいたんだ
話し尽きぬほど 終わりの無い夢さ
天から降る無数の糸を競って誰もがが昇ってゆく
千切れ落ちる途中で柔らかな指をつかんだ
激しい海流は街を流れ
僕の足を奪おうとするけれど
あなたの服を来て今日も歩くよ
少なくとも君がいる
瞬いてる間に みんな流れていった
風に泳ぐ花 手を振ったあなたの子供たち
灰色の霧 瞳を閉じていればその島が見えてくる
覚えていよう いつか絶滅する前に
激しい海流は音を立てて
僕の声を奪おうとするけれど
あなたの口癖を真似していくよ
少なくとも 君がいる
満月の海 一瞬道があらわれ その島と繋がる
迷わず行こう すべて絶滅する前に
激しい海流は日々を削り
砂の城を壊していくけれど
あなたの年を越え何故に生きるの
少なくとも君がいる
抱いてくれたから 少し眠れたんだ
話してもいいかい 青く澄んだ夢さ
ikenoue yousui 2001
三時のあなた
もう 夢見る僕達じゃ
ないんだな ないんだな
もう 輝く僕達じゃ
ないんだな ないんだな
君の声で 季節を知る
そんな事 いつ言ってたんだっけ
優しすぎる 和菓子のような日々だった
お湯を お茶を沸かすよ
もう 夢見た僕達じゃ
ないんだな ないんだな
もう 理想の僕達じゃ
ないんだな ないんだな
明日がもし恐いのなら
話しながら今日にしよう
静か過ぎて 少し寒い夜だったね
お湯を お風呂を沸かすよ
君の色で 季節を知る
そんな服 まだ持ってたんだね
眩しすぎて カメラのような日々だった
お湯を お湯を沸かすよ
もう 無理する僕たちじゃ
ないんだよ ないんだよ
もう 昨日の 僕たちじゃ
ないんだよ ないんだよ
ikenoue yousui 2007
coyote
眠りなさい
眠っていなさい
起きてても
今日はいい事もない
眠りなさい
眠っていなさい
起きてると
空耳がドアを叩くから
冷たい水に今夜も潜って
小銭を拾ってくる
眠りなさい
眠っていなさい
起きてても
今日はいい事もない
眠りなさい
眠っていなさい
年取って
泣かなくなった猫抱きながら
冷たい森にいつの日捨てた
こどもを探しに行こう
まぶしい街が怖くて捨てた
こどもを探しに行こう
眠りなさい
眠っていなさい
起きてても
ここににいい事はこないから
ikenoue yousui 2007
SIGN
君は本当は
とても大きな大きな声で叫んでいたんだ
そのとても小さな小さな声は
誰にも届かずに 箱の中で腐ってゆくんだ
明日から落ちる熱い雨が
君を土と水に変えても
そこからすっと伸びた草は
君模様の可愛いダリアを咲かすよ
君は本当は
とても小さな小さな嘘を隠していたんだ
でもそれは大きな大きな嘘の誰かに見つかって
箱の外へ 海の外へ
昨日から鳴り止まぬ声が
朝の急行に背中を押しても
彼方から吹き止まぬ風が
夜の屋上で君を飛ばしても
消えない 窓の落書きに
生まれ来る 赤子の黒子に
教科書に書き込まれた線に
君の名前と僕のサインを送る
サインを送る サインを送るよ
君は本当は
とても綺麗な綺麗な唄を唄っていたんだ
潰された 綺麗な綺麗な唄は
空から箱から降って 誰もを狂わせるんだ
ikenoue yousui 2005