【言霊文明19】
『十六、ユダヤ亡国と神武維新』
「神代と現代、道義時代と自由放縦時代、神皇時代と人皇時代の境は神武維新である。実際はそれより六百年降った崇神朝である。この故に神武天皇も崇神天皇同じ名の肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)と云われるのである。この時まで世界を指導していた精神文明の天照大御神の権威は科学文明建設のために須佐之男命の権力と交代した。この事は全世界にわたる共通の事態であって、日本だけのことではない。」
「この頃ヘブライでは既にモーセ、ダビデ、ソロモンの時代が過ぎてイスラエル、ユダヤの両国に分かれたが、ペルシャの滅すところとなって、全世界に逸散流離した。その時その流浪して行く先を彼らの予言者は次の如くに教えている。「海の間の美しき聖山にエホバの天幕の神殿を設けらん」(ダニエル書)と。イスラエル民族が長い流浪の後に究極に於て到達すべてモーセの故郷、すなわち民族の魂の故国を指示したのである。」
「ユダヤの亡国と日本の神武維新とはあたかも時を同じくする。何故に一方が滅んで一方が起ったのだろうか。前述の如く邇邇芸朝・彦火火出見朝、葺草不合朝と変遷して、夫々の時代的な意義と特色を発揮して来た神代の皇朝に変わって、高天原の国である日本の責任を負って起った神倭磐余彦(神武)皇朝とは抑も何事であるのだろう。」この時鐃速日命と神武天皇の間に戦争があったが、何れも天孫たることを主張する両者が何故に戦わなければならなかったか。この間の理由が甚だ明瞭を欠いている。神武天皇は秦の始皇帝の末、徐福の子であると云う学説(佐伯学説)さえある。実はこの神武維新の由来には世界歴史と日本歴史の間に秘められた大きな秘事があり、その謎の解明のために神憑りの形で叫び声を挙げた者が民間宗教の天理教祖と大本教祖であったのだが、此処ではこの事を露わに説く事は暫く保留して置くこととする。真実はいづれすべて事実として顕われて来る。」
「それにしても神武天皇と鐃速日命との争いはその後も長く霊の因縁を引いて、幾度となく燃え上がった。物部氏と蘇我氏、壬申の乱、源氏と平家、南朝と北朝等の一連の葛藤は何れも霊的には同一事実の繰返しである。この葛藤の繰返しが天の岩戸閉鎖、象法末法時代に於ける日本歴史の主題(テーマ)をなしている。「五百生野狐に堕し、転々として鎖たず」と禅で云うが、これが日本の宿業(カルマ)である。」
「世界を貫く第一義の歴史は天壌無窮、万世一系の皇運であり、言葉(ロゴス)の発展であるが、或る頃からその皇運の流れの上に泡沫(うたかた)のように第二義の葛藤の歴史の相が現れたのである。大祓祝詞もこの因縁を説いている。葛藤の歴史は宿業の相続である。宿業を解決する道はその淵源を明らかにすること以外にはない。」
「第三文明への通路」小笠原孝次氏著 PDF版
『十六、ユダヤ亡国と神武維新』
「神代と現代、道義時代と自由放縦時代、神皇時代と人皇時代の境は神武維新である。実際はそれより六百年降った崇神朝である。この故に神武天皇も崇神天皇同じ名の肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)と云われるのである。この時まで世界を指導していた精神文明の天照大御神の権威は科学文明建設のために須佐之男命の権力と交代した。この事は全世界にわたる共通の事態であって、日本だけのことではない。」
「この頃ヘブライでは既にモーセ、ダビデ、ソロモンの時代が過ぎてイスラエル、ユダヤの両国に分かれたが、ペルシャの滅すところとなって、全世界に逸散流離した。その時その流浪して行く先を彼らの予言者は次の如くに教えている。「海の間の美しき聖山にエホバの天幕の神殿を設けらん」(ダニエル書)と。イスラエル民族が長い流浪の後に究極に於て到達すべてモーセの故郷、すなわち民族の魂の故国を指示したのである。」
「ユダヤの亡国と日本の神武維新とはあたかも時を同じくする。何故に一方が滅んで一方が起ったのだろうか。前述の如く邇邇芸朝・彦火火出見朝、葺草不合朝と変遷して、夫々の時代的な意義と特色を発揮して来た神代の皇朝に変わって、高天原の国である日本の責任を負って起った神倭磐余彦(神武)皇朝とは抑も何事であるのだろう。」この時鐃速日命と神武天皇の間に戦争があったが、何れも天孫たることを主張する両者が何故に戦わなければならなかったか。この間の理由が甚だ明瞭を欠いている。神武天皇は秦の始皇帝の末、徐福の子であると云う学説(佐伯学説)さえある。実はこの神武維新の由来には世界歴史と日本歴史の間に秘められた大きな秘事があり、その謎の解明のために神憑りの形で叫び声を挙げた者が民間宗教の天理教祖と大本教祖であったのだが、此処ではこの事を露わに説く事は暫く保留して置くこととする。真実はいづれすべて事実として顕われて来る。」
「それにしても神武天皇と鐃速日命との争いはその後も長く霊の因縁を引いて、幾度となく燃え上がった。物部氏と蘇我氏、壬申の乱、源氏と平家、南朝と北朝等の一連の葛藤は何れも霊的には同一事実の繰返しである。この葛藤の繰返しが天の岩戸閉鎖、象法末法時代に於ける日本歴史の主題(テーマ)をなしている。「五百生野狐に堕し、転々として鎖たず」と禅で云うが、これが日本の宿業(カルマ)である。」
「世界を貫く第一義の歴史は天壌無窮、万世一系の皇運であり、言葉(ロゴス)の発展であるが、或る頃からその皇運の流れの上に泡沫(うたかた)のように第二義の葛藤の歴史の相が現れたのである。大祓祝詞もこの因縁を説いている。葛藤の歴史は宿業の相続である。宿業を解決する道はその淵源を明らかにすること以外にはない。」
「第三文明への通路」小笠原孝次氏著 PDF版







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