文屋

文にまつわるお話。詩・小説・エッセイ・俳句・コピーライティングまで。そして音楽や映画のことも。京都から発信。

●野に球で遊ぶ、風情。

2005年02月03日 21時50分01秒 | 世間批評
大阪に市民球団がてきるという。
球団もまた、企業にとっては商材であり、ある意味で
PR媒体でもある。しかし投資額は高い。
それに見合った、企業戦略をたてればいい。
「野球」というスポーツは、この前の騒動の少し前あたりまで
世間に忘れられていた。単に「世相」の枝葉に終わっていた。
それが、大騒ぎして、世相の大事になった。
この大事も一過性のような気もする。
野球は、ぼくなんか、世相の風情で別によい。
「楽天」などが綿密な功利主義で球団を活性化したり
「ホークス」が世界戦略に乗り出したとして
なんか、こんどは、変な匂いがしてくる。
弱いチームは、弱いチームの風情があり
その世相の枝葉にぶらさがっている様子は、
夏の夜ビールでも飲みながら、やいやいとちゃかすぐらいが
実はちょうどいい。
南海の山本や大洋の近藤和や江本や江夏みたいな
風情のある選手は、功利主義の前では、否定されるんだろうな。
それよりも、大リーグに行く選手たちは、どうしてああも
優等生ぶった、普通の野球選手になってしまうのだろう。
日本にいたときは、いくらかでも風情があったのに
メジャーに行ったとたんに、ぺらぺらの選手になってしまう。
「野球人」ではない。イチローはイチローにすぎず
そりゃ、英雄かもしれないけれど、ちっとも面白い人間ではない。
どこかにきっと「悪」もあるだろうに「悪役」にもなれない。
中村ノリには期待しよう。
打てなくても、暴れてきてほしい。イチロー神話をぶっつぶすために。

野に、球。
明治の時代に正岡子規が翻訳したという、言葉。
遊撃、邪飛、生還、死球、、、、、、。

もう一度、野球は、風情だよ。

高浜虚子が、はじめて漱石と子規に出会ったのも
野に球で、遊んでいるときだったじゃないか。
コメント   この記事についてブログを書く
« タワーレコードの箱物はすごい。 | トップ | ◆人生の思い出 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

世間批評」カテゴリの最新記事