果てのある路

ささやかな想いをエッセイで…

まりニャンの一生

2019-09-10 05:52:17 | 犬や猫の話
(※私の古いHPの中の「ハナとクーの部屋」と「子猫たちのいた夏」を、ご参照くださると幸いです※)


まりニャンは、2005年7月6日に、我が家の和室で生まれました。
子育て上手な母猫の元で、すくすくと幸せに育ち、
成猫後も遊び好きで、たいへん甘え上手でした。

純良素直にして慎重な性格で、一度も人間の手を煩わせることも、
私が声を荒げて叱ることも、ありませんでした。

日に一回は、必ず膝の上に乗って、甘えてきました。

家族が楽しそうに団欒していると、必ずどこからかやってきて、
さり気なく参加していました。
和やかな明るい雰囲気が、大好きだったのでしょう。

コミュニケーションの深さは、クーがすごく賢いと思いましたが、
まりニャンも10歳過ぎた頃から、同じくらいに並びました。
私と、心の深い所で対話できるようでした。


飲食拒絶するようになった8/19、まだ元気さは6くらいあった頃、私が泣きながら
「まりニャン、もう寿命なの?逝っちゃうの?」と尋ねると、
「うん、寂しいけれど、もうすぐ逝く。
 今までありがとう。楽しかったし、幸せだったよ」
と、確かに目で答え、私の心に伝わってきました。

そしてそれを境に、もう膝の上にも来ず、
目を見て対話することも止めてしまったようでした。

飼い猫の最期は、飼い主が傍に居てほしいものだと、私は思い込んでいたけれど、
必ずしもそうではなく、ひとりにしてほしい、
誰にも見られたくない、という猫もいるようです。

まりニャンは、あんなに甘えん坊だったのに、きっぱりと
「ひとりにしてほしい」オーラを出していました。

まりニャンが横になっている傍で、私が仮眠しようと枕を置くと、
今まで見たことがないような、あからさまな嫌悪の表情を見せました。

それ以来、寂しいけれど、私も距離を保つことにしました。

死の前日、苦しいはずなのに、いつ様子を見に行っても、
毅然と顔を上げ、一睡も眠らずにいました。

その晩、ついに頭が落ちたのでようやく眠るかと思ったら、
どうやら朝まで、瞼を閉じなかったようです。
死に顔も目を開けたままで、その誇り高さに私は胸を打たれました。


  楽しい、幸せな記憶をいっぱい私たち家族に残し、
  大自然の摂理に従って、従容と死への階段を降りて行ったまりニャン。


14年間、ずっと傍らに居て、癒し続けてくれたあなたが、
もうこの世にいないことが信じ難く、悲しく、深々と寂しいけれど、
たくさんのことを教えてくれて、心からありがとう。
大好きだよ。
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