田口の動特性のSN比は、コンピュータが普及する以前に数理が提案されています。したがって、筆算や電卓(あるいは機械式計算機)での処理に対応するため、計算工程をなるべく減らす工夫がなされています。
たとえば、機能の入出力関係をあらわすゼロ点回帰直線の傾き;βの2乗が『感度』の真値となるのですが、回帰計算によりβを求めてから2乗するのではなく、直接βの2乗を推定する計算を提案しています。
また、ここからはあくまで個人的な想像になりますので間違いがあるかもしれません。
田口の動特性のSN比では、全変動や誤差変動という概念から計算し、一般的な統計学の回帰分析で計算する平方和とは違う手段をとっています。
本来統計学ではゼロ点回帰式のあてはまりのよさと残差(あてはまりの悪さになります)を、回帰平方和;SR、残差平方和;Seとして定義し、全体(出力)の偏差平方和;STとして、ST=SR+Se の関係を検証します。しかし、この計算を実施するには田口が採用している変動の計算よりもかなり多くの計算工程が必要になります。
変動で計算すると平方和の計算よりも “あてはまりのよさ” が過小になりますが、ばらつきを評価の対象とする動特性のパラメータ設計では問題にはなりません。
したがって、田口は計算能率を優先してこの方法を採用したのではないでしょうか。
本当は、ゼロ点回帰の平方和の計算によるSN比を採用したかったのではなかったのかな?とも考えられます。
コンピュータが一般化した現在では、平方和の計算結果も簡単に求めることができます。また、Excelなどに実装されているグラフウィザードを使えば、回帰式のあてはまりのよさの指標である 寄与率(R2)も自動的に計算できます。
ここで、R2について考えてみます。 R2は全体の偏差平方和に対するあてはまりのよさの指標である回帰平方和;SRの比になります。つまり、R2=SR / STです。
また、SN比;ηの基本的な思想は、η=【有効成分】/【無効成分】ですから、有効成分を回帰平方和、無効成分を残差平方和とすると、
η=SR / Seになります。前述のように、ST=SR+Se そして、R2=SR / STですから、SR = R2 ST ,および, Se=ST-SR =(1-R2 )ST になります。つまり、
η=R2 ST /(1-R2 )ST = R2 /(1-R2 ) という形の数式で定義できます。
ここで、一般的にb0(y切片)も求める単回帰式を採用するべきか、それとも、田口の考えとおなじようにゼロ点回帰式を採用するべきか、という悩みがうまれます。
どちらを使うべきか? それは技術者の判断でよいと思います。
あるシステムの制御因子に 「部品A」と「部品B」を使ったときのシステムの入出力関係のグラフをしめします。
部品Aのほうがよい、という判断ならばゼロ点回帰式を、部品Bのほうがよいという判断ならば単回帰式を使えばよいのです。