ぶちょうほうの画(え)日記(一語一画(え))

亭主「ぶちょうほう」の身の周りのいろいろな風物を「画(え)日記」ふうに綴っています。

12/14日 日本ヶ塚山(1107m) 静岡・長野の県境に近い愛知県の山:その1 そこまで車で走って3時間20分

2013-12-15 12:53:49 | 草花
昨日山を歩いて来ました。 その山は日本ヶ塚山でしたが、標題にあるとおりに愛知県内の山ではありますが、その位置は長野県と静岡県の県境に近くて、我が家から車で走っても3時間20分も掛かるという遠さでした。
東三河のコリンさんと朝未だ暗い六時に待ち合わせをして、その車に乗せて頂いて、目的地の登山口に着きました。
場所は旧富山(とみやま)村にあり、2005年に愛知県北設楽郡豊根(とよね)村と合併して、現在の「豊根村」となっています。
なお合併した今でも人口は1200人くらいしかなくて、県内では人口最小の自治体となっています。(なお愛知県内にはこのほかにもう一つだけ村があります。)

登山口はその漆島というところに有りますが、いきなり急登が始まり、尾根に着くと長い距離に亘ってアップダウンをして頂上に近付いて行くというもので、なかなか歩き応えの有る山でした。
この記事では初回ですので、大雑把にこの一日の総集をやっておきます。
位置 ↓

愛知県の一番奥地に来たという感じがありました。



当初の予定図 ↓

当初は反時計回りに歩く周回コースを考えていました。



計画変更 ↓

現地で見たコースのイラストマップですが、このうちのCコース部分が通行不能とのことでした。このことは既にコリンさんが下調べをしていて、アプローチの車の中で計画変更していました。



実行図 ↓

そんなことでしたので、実際に歩いたのは山頂までのピストンとなりました。



鳥瞰図 ↓

この日は一日中山頂付近を雪雲が覆い、山の全景が撮れませんでしたので、実際に歩いた部分を赤線表示して、カシミールで鳥瞰図を描画しました。



断面図 ↓

ピストンしていますので左右対称形になります。



痩せ尾根 ↓

痩せ尾根は左右を潅木がかためてくれるので、恐怖感はありませんでしたが、雪が降り、積もり初めて来ましたので、途中からアイゼンを装着して尾根歩きをしました。



山頂 ↓

外気温はまだ雪を湿雪としていますので、アイゼンの裏に非常に良く付着し、団子状になりますので、度々それを落すのに立ち止まり、非常に煩わしさを感じましたが、何とか山頂に着きました。歩き始めてから3時間15分後のことになります。
ここではコリンさんの肖像権を保護しておきましょう。




二等三角点 ↓

この山では尾根に出てから沢山アップダウンを繰り返したように思いました。
時間にして1時間15分くらいは、「登って下って」ということを繰り返します。
山頂には雪が積もり始めていて視界はすこぶる不良でした。



大嵐(おおぞれ)駅 ↓

下山後にコリンさんの好意により、JR飯田線の無人駅である大嵐(おおぞれ)駅に立ち寄ってもらいました。この駅は静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家にありますが、駅舎建築は愛知県が全面負担しているそうです。
小生が目を見張ったのは駅のホームの両側にトンネルがあることでしたね。
豊橋側のトンネルは大原トンネルといって飯田線では最長の5,063mもあるそうです。
真夏にこのホームに来るとトンネルから涼風が吹いてきて、実に快適だそうです。
そこで涼を取り、ビールで乾杯できたらそれこそ贅沢の極みですね、是非体験して見たく思いました。

立地条件による特異性をwiki記述より引用します。
以下はwikiより引用:
大嵐駅は静岡県浜松市天竜区にあるが、愛知県北設楽郡豊根村富山地区(旧富山村)への玄関駅となっている。
駅前にある鷹巣橋(愛知県道426号・静岡県道287号津具大嵐停車場線)を渡ると豊根村富山地区となる。

とても山深い場所に位置し、道路による他地域とのアクセスが非常に不便であるため、新聞輸送や郵便配達に飯田線の列車が用いられている。
郵便は愛知県でありながら、静岡県の日本郵便天竜郵便局によって行われており、社員は郵便物が入ったリュックを背負い、電車から降りると、駅前に停めてあるバイクに積み込んで配達に向かう。(引用終了)



佐久間ダム ↓

この巨大ダムは日本のダム建設の金字塔でありました。
もう遠い昔のことのように思われていることでしょうが、このダム建設はその後の土木技術の発展に多大な影響を及ぼしたことででもありました。
湖面まで含めると愛知・長野・静岡と三県に跨り、規模・効果についてもエポックメイキングな出来事でありました。
でも忘れてならないことはこの建設工事で殉死された労務者の方達の数は実に96名にも及び、今で言う労働災害の最悪な現れ方をした現場であったということですね。
その数の多さに驚愕しましたが、完成から57年経った現在でも喪われた尊い命のご冥福を祈ると共にその御仕事を忘れないで居たいと思います。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする