現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

石井睦美「皿と紙ひこうき」

2017-11-06 08:49:55 | 作品論
 由香は13軒しか家がない皿山という集落の子です。
 皿山はすべてが陶芸をやっている家ばかりで、男系の一子相伝(子どもが女の子しかいない場合は婿を取る)で何百年も伝統を守っています。
 由香の家でも、陶芸はとうさんとじいちゃんがやっていて、ばあちゃんとかあさんはその手助け(陶芸用の土作り、畑仕事、家事など)をしています。
 でも、由香はそんな皿山や家族が大好きです。
 由香は中学を卒業して、一日三本しかないバスで五十分もかかる最寄りの町の高校に入ります。
 由香は、男女カップルの先輩(やがて男子が東京の大学へ行くので別れることになります)のいる弁論部(ただし、弁論はせずに詩の本を読むだけしかしません)に入り、水曜日だけ活動しています。
 由香のクラスに、東京の有名校からかっこいい男子の伊藤くんが転校してきます。
 伊藤くんは、成績は抜群なのですが、誰とも打ち解けません。
 男子たちは東京出身で成績抜群の彼を敬遠するし、女子はあこがれてはいるものの東京出身でかっこいい彼と自分は釣り合わないと遠巻きにしています。
 由香はそんな彼を見て、やはり成績抜群で同じ高校でいつも一人だけで過ごし、東大に入って皿山を捨てた伯父さんのことを思い出します。
 そんな時、動物が虐殺されて由香の高校に捨てられるという猟奇的な事件が、連続して起こります。
 そして、学校を休むようになった伊藤くんが、犯人だと疑われます。
 由香はおばあちゃんが入院していた病院で、偶然伊藤くんと出会います。
 実は、伊藤くんは大好きなおじいさんが入院したので、二か月だけこちらに転校してきたことがわかります。
 そのおじいちゃんが危篤になったために、伊藤くんは学校を休んでいたのです。
 伊藤くんは、おじいちゃんが亡くなったので東京へ帰って行きました。
 この作品は、2011年の日本児童文学者協会の協会賞の受賞作です。
 僻地に住む方言をバリバリ使う女の子と東京から転校してきたかっこいい男の子という組み合わせは、映画化もされたくらもちふさこの少女漫画「天然コケッコー」を思い出させますが、魅力は本作の方が格段に落ちます。
 まず、主人公たちに魅力が全然ないのが致命的です。
 由香は妙に自分の人生に達観していてあまりに古風な感じですし、伊藤くんにいたってはほとんど描写されていないので最後になって突然にいろいろなことを告白されても、なぜ祖父の看病のためにわざわざ東京の学校を辞めてまで転校してきたのか納得できません。
 また、それ以外の高校生たちも、とても現代を生きている子たちには思えませんでした。
 「天然コケッコー」は十年以上も前の作品で漫画と文学の違いもありますが、そこにはその時代を生きる中学生や高校生が生き生きと描かれていました。
 もしかすると、この作品の高校生たちは、文学少女だった作者の少女時代の高校生像なのかもしれません。
 故郷に残るか、東京に象徴される外の世界に出るかが、作品の大きなテーマになっていますが、その考え方自体がもう古すぎます。
 また、このジェンダーフリーな時代に、男系の一子相伝をはじめとした男女の役割分担化に対して、作者があまりに無批判なのにも驚きました。
 あとがきで作者自身が書いているように、たんに自分の気に入った場所を無条件に作品化しただけでは、本を読まされる読者はたまったものではありません。
 もう一つの日本児童文学者協会賞の「ヤマトシジミの食卓」を読んだ時にも感じましたが、日本児童文学者協会の書き手たちや協会賞の選者たちは、現代の子どもたちや若者たちが生きる過酷な現実から目をそらせて、サザエさんような「牧歌的な家族像」という共同幻想(2012年に亡くなった吉本隆明ではありませんが)にとらわれているのではないでしょうか。

皿と紙ひこうき
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