現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ひとりぼっちの動物園

2021-04-03 16:18:12 | 作品

 今日は、秋の遠足。空は真っ青に晴れ上がっていて、遠足にはぴったりだった。ぼくたち一年生は、バスに乗って動物園にやってきていた。
「一緒に食べようぜ」
 お弁当の時に、ぼくはキーちゃんに声をかけた。
「うーん、ごめんね。昨日、タッくんと食べるって、約束しちゃったんだ」
 キーちゃんはそういうと、タクマたちと一緒に、「ゴールドビーダマン班」の方へ行ってしまった。
その時、タクマの奴が、こっちを見てニヤッと笑った。
(くそっ!)
ぼくは、すっごくむかついた。
(チェッ、タクマなんか、ぼくたちの「ボンバー探検班」じゃないんだぜ。先生だって、なるべく同じ班の人たちと食べなさいって、いってたじゃんか)
 せっかくキーちゃんの大好きな、うちのおかあさん特製のフライドチキンを、よけいに入れてもらってきたのに。
 ぼくは、他の「ボンバー探検班」の子たちと一緒に、お弁当を食べた。
 お弁当を食べ終わってから、キーちゃんはタクマたちと、黄色いはっぱをたくさんつけたイチョウの木の下で、何かを拾っていた。
「おーい、ヨッちゃん」
 キーちゃんが、手を振っている。
 でも、ぼくはそれを無視してやった。

 ググーン。
 大きな耳が、すごくアップになった。
「うわーっ、すげえ!」
 思わず声を出してしまった。
 アフリカゾウのタマオが、バタンバタンと、耳を大きく動かしている。
 今度は、顔のまん前にある、テレビカメラに切り換えた。タマオは、長い鼻で干し草をつかんだ。クルクルと 鼻を丸めて、上手に干し草を口に運んで食べている。 
 ぼくは、「ゾウのお城」にある、リモコンカメラ装置を使っていた。
テレビの画面を操作して、いろいろな方向から、ゾウをながめることができる。
テレビカメラは、前後、上下、左右と、自由に動かせるんだ。さらに、ズームアップで大きく写すことだって できてしまう。
「ヨッちゃん、代わってったら」
 さっきから、キーちゃんがうしろからつついている。
「もう ちょっと」
 ぼくは、なかなか リモコンカメラの操作を、代わってやらなかった。
 タマオが、水場の方へ歩き出した。ゆっくりゆっくりと、遠ざかっていく。
ぼくは、テレビカメラで、その後を追っかけた。
鼻をブラブラさせながら、タマオはゆっくりと向こうへ進んでいく。
ぼくは、うしろからズームアップしてみた。
大きな大きなおしりに、小さな小さなシッポがユラリユラリと揺れていた。
(あっ!)
 タマオが、ウンコをし始めた。茶色い大きなかたまり、ボタリボタリと落ちていく。なんだか臭いにおいが、プーンとここまでただよってきそうだ。
「ははは、キーちゃん、見てみな。面白いぞ」
(あれっ?)
 返事がない。
テレビ画面から振り返ってみると、キーちゃんがいなくなっている。
いや、いなくなったのは、キーちゃんだけじゃない。「ボンバー探検班」のみんなが、どこかへ行ってしまっていた。
(もう、声ぐらいかけてくれたらいいのに)
 ぼくは、あわててリモコンカメラ装置から、手を放した。
 みんな、ゾウの見学は、おわりにしたのだろう。
ぼくは走って、「ゾウのおしろ」の外へ出て行った。
 でも、そこにもだれもいなかった。きっとぼくがグズグズしているあいだに、つぎの動物のところへ行ってしまったんだ。
「なんだよなあ、班で行動しなさいって、先生も言っていたのに」
 ぼくは、ブツブツと文句を言った。
(えーっと、次に見る動物はなんだったっけ?)
 ぼくは、なんとか思い出そうとした。
 みんなで話し合って決めたんだけれど、ふざけながら聞いていたから、よく覚えていない。
(どうせ、キーちゃんと一緒に行けばいい)
って、思っていたんだ。
(チンパンジーだっけ? それとも、チーターだったかな?)
 どうもはっきりしない。
 ぼくは思い出せないまま、あわてて「ゾウのお城」の前から駆け出した。

いない。
いない、いない、いない、いない、いない。
チンパンジーにも、チーターの所にも。
「ボンバー探検班」は、いや、他の班の人たちだって、だれもいなかった。
 ときどき、リュックを背負った小学生たちを見かけた。
でも、みんな他の学校の人たちだった。
 途方に暮れたぼくは、ライオンのおりの前のベンチに座り込んでしまった。 
 こげ茶色の 大きなたてがみをしたライオンは、前足で大きな骨を抱え込んでかじっている。
 目の前を、大勢の人たちが通り過ぎる。
でも、みんな知らない人ばかり。
 なんだか、この広い動物園に、ひとりぼっちで、取り残されてしまったような気がしてくる。 
(もう、何時になっているのだろう?)
 もしかすると、もう集合時間に、なってしまったかもしれない。真っ黒なもやもやしたものが、みるみる胸の中に広がってくる。
 でも、次の瞬間、気が付いた。
(あっ、なーんだ。だったら、今すぐ、集合場所に、行けばいいんじゃんか)
 ぼくはホッとして、口笛でも吹きたい、気分になった。

 ない。
ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない。
プリントが、リュックに入っていない。
リュックの中身をみんな外に出してみたけれど、やっぱりプリントはなかった。
(そうだ!)
 急に思い出した。
昨日、おかあさんが、ぼくが準備したリュックを、チェックしていた時、……。
「ヨッちゃん、またプリントをクシャクシャに突っ込んで」
 おかあさんがしわを伸ばそうと、プリントに分厚い図鑑を乗っけてたっけ。
「もう、余計なことするから。そのまんま忘れてきちゃったじゃないか」
 ぼくは、ブツブツと、今はそばにいないおかあさんに、文句を言った。
 これで、集合場所も、わからなくなってしまった。
確か、集合時間は、三時だったはずだ。
なんだか、もうとっくに過ぎてしまったような、気がする。
(もし、だれも、ぼくがいないのに気が付かないで、そのままバスが帰ってしまったら、……)
 ぼくは、あわててベンチを立ちあがると、また懸命に駆け出した。

さっきまでは、あんなにいい天気だったのに、いつのまにか、太陽は雲に隠れてしまっている。
 なんだか、風までが、急にヒンヤリとしてきたような気がした。
 ウオオオー、ウオオオー、……。
 どこかで、何かが吠えている。
ライオン? クマ? それとも、トラ?
 ギャッギャッギャッ、……。
 空でも、何かが鳴いている。
カラス? それとも、……?
 動物園には何度も、おとうさんやおかあさんやおじいちゃんやおばあちゃんやおにいちゃんと、一緒に来たことがある。
それなのに、いつもの動物園が、急に知らない場所に、なっちゃったみたいだ。
 キューーンとおなかのあたりが痛くなって、トイレに行きたくなってしまった。おしっこがしたくなったのだ。
 でも、そんなことなんかしていられない。ズボンの前をしっかりと押さえながら、ぼくは前かがみになって走り続けた。

 チンパンジーの国へやってきた。
 でも、誰もいない。
チンパンジーは、歯をむき出したり、唇を突き出したりして、こちらを脅そうとしている。
ハイエナの檻だ。
ここにも誰もいない。
ハイエナは、ググル、ググルと低く唸りながら、檻の中を歩き回っている。
鳥たちのエリアにやってきた。
やっぱり誰もいない
フクロウは、首を左右に振りながら、目玉をギョロギョロさせている。
バッファローの囲いだ。
誰も見ている人はいない。
バッファローは、こちらにお尻を向けて、後ろ足で砂埃を挙げている。
キリンやシマウマのいる、広い場所に出た。
ここには人がいたけれど、ぼくの学校の人たちではなかった。
 いつもはやさしそうで大好きなキリンさえも、口をモゴモゴさせながら、長い首を差し出して、なんだか ぼくのことを馬鹿にしているみたいだった。

とうとう、また「ゾウのお城」の前に、戻ってきてしまった。
 でも、誰も見つからない。
やっぱりみんなは、もうバスで帰ってしまったのだろうか?
もしも取り残されてしまったのなら、一人で家に帰らなければならない。
(えーっと、正門の前から電車に乗って、……)
 どこで乗り換えれば、うちの近くの駅まで行けるだろうか?
 どうも自信が持てない。ちかくの駅からは、さらにバスにのらなければならない。
それにおかねがたりるだろうか?
 ほんとうは、おかねをもってきてはいけないんだ。
 でも、ぼくは、こっそりお財布をもってきていた。
 こんなことがおこってみると、それもよかったのかもしれない。
ポケットから、お財布をだしてみた。
もちろん、お札は一枚もはいっていない。コインをだして、ぜんぶかぞえてみる。
 百円玉がひとつ。五十円玉もひとつ。十円玉は、一、二、……、六、七個。五円玉がひとつ。一円玉はみっつ。 ぜんぶで 二百二十八円。
 はたして、これで電車賃は足りるだろうか?
 くたびれきったぼくは、柵にもたれながらボンヤリしてしまった。
タマオが、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
シワシワの皮にうもれた、ひしがたのくろい小さな目が、いじわるそうにギラリとひかった。
 つめたい風がビューッとふいて、そばの大きなクスノキがザワザワとなっている。
 いつも楽しいって、おもっていた動物園。
 でも、いまはぜんぜん違う。
けんめいにがまんしていた涙が、ボロボロとこぼれてきた。

 と、その時だ。
「おーい。ヨッちゃん、どこ行ってたんだよ」
 いきなり、遠くから、キーちゃんのこえがきこえてきた。
 顔をあげると、むこうからキーちゃんが、いっしょけんめいにかけてくるのがみえた。
「ボンバー探検班」のみんなもいっしょだ。「ボンバー探検班」はぜんぶ男の子ばかり五人だ。
 ぼくはあわてて涙をふいて、ベンチからたちあがった。
「よかった。ずーっと探してたんだよ」
 キーちゃんが、ハアハアしながらいった。他の子たちも、みんないきをきらしている。ずっとはしっていたようだ。
 みんなはゾウの次のチーターのところで、ぼくがいないのにきがついて、すぐに「ゾウのお城」にもどったんだという。そのとき、行き違いになっちゃったらしい。
「大丈夫?」
 うれしくって、また涙がでてきたぼくのかおを、みんながのぞきこんでくる。
 ぼくは、
「ウンウン」
と、うなずくだけで、精一杯だった。

「まだ、時間があるから、いそげばきめたとおりにみられるよ」
 キーちゃんが、励ますようにいってくれた。
すごく時間がたったとおもっていたのに、「ゾウのお城」にかかっているとけいは、まだ二時をすこしすぎただけだ。
「えっ!まだ二時。もう三時になっちゃったかと思ってた」
 安心したせいか、またトイレにいきたくなった。
「トイレに行ってきていい?」
 ぼくが言うと、
「ぼくも行くよ」
 キーちゃんが、一緒についてきてくれた。
「ぼくも」
「ぼくも」
「おれも」
なんのことはない。みんながトイレを我慢してさがしてくれていたんだ。
「ボンバー探検班」全員で、トイレにならんでおしっこをした。
 手をあらったあとでハンカチをだしたら、ポケットから白いかみがパラリとおちた。
 遠足のプリントだ。
(なーんだ。やっぱり持ってたんだ)
 泣いちゃったりして、なんだか損したような気分だ。

「あっ、そうだ。ヨッちゃん、ハンカチ貸して」
 隣から、キーちゃんがいった。
「どうしたの?」
 ウルトラマンのハンカチを渡してあげると、キーちゃんは手をふいてから、
「ほうらね。これを包んじゃったんだよ」
 キーちゃんはそういって、じぶんのミッキーマウスのハンカチをさしだしてみせた。
 ひろげてみると、中にはたくさんの薄黄色の木の実がはいっている。
(うっ!)
ツーンと腐ったようなにおいがした。まるで、タマオのウンコのようだ。
「ギンナンって、いうんだって。お昼のときにひろったんだよ。そうだ。ヨッちゃんに半分あげようか?」
「うん」
 ほんとうは欲しくないんだけど、ぼくはしかたなくうなずいた。
キーちゃんは、ギンナンを洗面台の上にひろげた。
「1、2、えーっと、3、4、……、……」
 ひとつずつ、交互にふたりのハンカチにのせていく。
「……、……、19、20、うーん、21」
 キーちゃんは、最後のはんぱな一個を、すこしまよってから、ぼくのハンカチの上にのせてくれた。
「ありがと」
 キーちゃんと同じように、ハンカチでくるんだら、ウンコみたいな臭いにおいがするしるで、しみができてしまった。
 ぼくは、思わずオエッとしそうになった。
こんな臭いものをもってかえったら、また、おかあさんにしかられちゃうかもしれない。
ぼくは、うれしいのが半分と、こまったのが半分まじったような不思議な気分だった。
「これ、むいて食べると、おいしいんだってよ」
 キーちゃんが、少しじまんそうにいった。
(ええっ!?)
 こんなくさいものをたべるなんて、とても信じられない。

二人でトイレから出てきたら、太陽の光がパーッとさしてきた。急にまわりが明るくなって、「ゾウのお城」のてっぺんで、赤と黄色の旗が輝いている。
 また、タマオが、ゆっくりとそばによってきた。
さっきと違って、タマオがやさしそうにみえるからふしぎだ。シワシワの中の小さな目も、カマボコがたにわらっている。
「はやくいこうよお」
 むこうから、「ボンバー探検班」のみんなが手をふっている。
 ぼくたちが、ギンナンを分けているあいだ、まっていてくれたのだ。
「ヨーイ、ドン」
 いきなりキーちゃんが言った。
「待ってよお」
 先にはしりだしたキーちゃんを、ぼくはけんめいにおっかけた。
「一等賞!」
 さきについたキーちゃんがいった。
「じゃあ、行こうかあ」
みんなで 次のチーターのところに向かいながら、
(キーちゃんに「ゾウのお城」のリモコンカメラを早くかわってあげればよかったな)
って、ぼくは思っていた。

       


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