現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

沢木耕太郎「ガリヴァ―漂流記」王の闇所収

2019-01-16 18:10:56 | 参考文献
 戦後のプロスポーツ創成期に、相撲(幕下上位まであがり、関取になる寸前だった)を皮切りに、野球(ただしテスト生)、ボクシング(日本ミドル級チャンピオンにまでなった)、ボーリング(ただしインストラクター)、プロレス(ただしレフリー)を転々として、それぞれの分野でそこそこまでいきながらもうひとつがんばりきれなかった前溝隆男の半生を描いています。
 作者のノンフィクションは、「一瞬の夏」などの作者自身が主要登場人物として登場するいわゆる私ノンフィクション物よりも、黒子に徹してニューリアリズムの手法(主人公の視点を取り入れたりして、あえて客観性を捨てて、より作者の主観を前面に出して対象に迫るノンフィクション)で描いた作品(特に作者自身が有名人になる前)の方が優れていると思われますが、特に取材対象が有名人(例えば、同じボクシングならば、カシアス内藤や輪島功一など)よりも一般的には無名(私は小さいころからボクシングに関心があったのですが、前溝の名前はかすかに覚えている程度です)な方が、作者の対象への愛着がより深く感じられて印象に残ります。
 この作品でも、あと一歩のところで歴史に名を刻めなかった(ボクシングがもっと人気があった時代のミドル級の日本チャンピオンですから、それだけでも十分価値はあるかもしれませんが)ものの、どの業界でもみんなから好かれ、家族にも恵まれた、いつも楽天的で明るい前溝を、好意的な筆致で描いていて読後感がいいです。
 ただ、彼ががんばり切れなかった原因として、好意的にとはいえ彼に流れるトンガの血(日本人の父親とトンガ人の母親の間に生まれた)に求めたのはステレオタイプな感もしますし、トンガがガリヴァ―旅行記の巨人国のモデルだという説(タイトルはここから来ています)に強引に結びつけた印象も否めません。

王の闇 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋

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