細菌戦の系譜!!

2020-09-27 15:16:42 | Weblog

 

 

731部隊は、石井四郎が、細菌戦の司令塔ではなかった。誰が裏で司令塔になっていたのだろうか?小泉親彦陸軍軍医総監、宮川米次第5代東大伝研所長、大元帥昭和天皇等がバックにいた。

 

 

NHKスペシャル 「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」 2017年8月13日

 

 

●日本政府は、新宿戸山の軍医学校跡地(現国立感染症センター)から見つかった人骨の身元調査を早急にして、遺族に返還し、きちんと謝罪すべきだ!!

 

731部隊被害者遺族の訴え!!        

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検証・中国に於ける生体実験
東京帝大医学部の犯罪   美馬聡昭著  桐書房(2013年)

 

 

 

 

 

第4章  伝染病研究所と「実験医学雑誌」の雑報


同仁会とは

 

 また中支支部の本部(上海)には谷口腆二、井上善十郎、梅田芳次郎(北大、1926年卒)、澤純三(阪大、1924年卒)を含め医師19名、薬剤師4名、技術員8名、看護婦18名で、合計49名であり、南京支部には医師5名、薬剤師2名、技術員7名、看護婦14名など合計28名の要員であった。

 中支「同仁会」支部には元伝染病研究所の所員だった井上善十郎、谷口腆二、そして彼らの部下である澤純三、小林義雄(阪大、1929年卒)、梅田芳次郎が参加している。特殊研究(マルタ実験)を開始したのが図2から理解できる。同仁会でも細菌戦の準備は、完了したことになる。「特種」、「特別」あるいは「特殊」は生体実験の隠語である。

 井上善十郎は、19297月から1957年まで北大衛生学教室の教授で、その後北海道医師会の第5代会長を195341日から19551113日まで務めている。

 19411213日には蒙彊(もうきょう)支部(現在の内モンゴル省と河北省の北部)が設立され、194258日に海南支部の結成をみた。

 

 

  伝染病研究所の写真は、『傳染病研究所』小高健著より 

 

   

この新型コロナウィルスがどこで作られたかは分からないが、細菌戦の系譜をたどると、日本は、戦時中、1925年のジュネーブ議定書を無視して、中国で細菌を製造し、細菌戦を行なった。戦後、731部隊での研究データをアメリカに渡し、731部隊員は全員戦犯免責され、アメリカは生物戦の研究を本格的に始めた。
日本政府は、中国で行った細菌戦や生体実験の事実を、(日本の裁判所は事実認定をしている)未だに隠し続け、その事実を認めていない。勿論謝罪もしない。日本軍が中国に遺棄してきた生物兵器は戦後、どのようになったのだろうか?
この新型コロナウィルスに影響しているのだろうか?
今、日本人は過去に犯した戦争犯罪を直視し、きちんと歴史事実に向き合う時ではないのか?

 

埋もれた細菌戦調査書

 

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