南京大虐殺

2008-11-20 11:24:13 | Weblog
右翼の論客と呼ばれる人たちがよく「南京大虐殺は幻だった」と言うようなキャンペーンを大衆雑誌などに載せることがあるが、史実はきちんと伝えないと本当に国際的に孤立してしまうだろう。この前の田母神さんの件のように。南京大虐殺についてはまじめに調べている人がいるのでそちらを参考にしてください。たとえば、「南京事件 小さな資料集」「南京事件の真実」「南京事件資料館」「南京事件資料集」等々。笠原十九司著「南京事件」(岩波書店)に次のように書いてある。(167ページ){入城式のための「残敵大掃蕩」 功名心にはやる松井石根司令官と中支那方面軍司令部が17日に入城式を強行することにしたため、日本軍は14日から17日にかけて、南京城の内外で全軍挙げての徹底した「残敵掃蕩・殲滅(せんめつ)」作戦を遂行することになった。 大報道陣によって日本国民に報道される「未曾有の盛事、敵の首都への皇軍の入城」の一大セレモニーの日に、式場は勿論、城内、城外においても、敗残兵や便衣兵によるゲリラ活動のたぐいがあっては皇軍の威信が損ねられることになる。そのうえ、上海派遣軍司令官・朝香宮鳩彦王中将は皇族で、「宮殿下」「宮様」である。天皇の軍隊の象徴である皇族の司令官の身に、もしもの不祥事が発生することになれば、天下の一大事で当然関係者の引責問題につながった。・・・・ こうして、17日に入城式を挙行する為に、南京城区だけでなく、近郊農村にまでおよんで過酷な「残敵大掃蕩作戦」が展開され、虐殺される軍民の犠牲をいっそう大きなものにした。・・・・} 今、私が読んでいる本『「百人斬り競争」と南京事件』の180ページにはその現場のシーンを書いた文章がある。{ 鈴木記者は、そうした「残敵掃蕩」の現場を目撃したが、当時、そして戦後もそれを公表することはできなかった。のちに、「いまにして、現場記者として、ようやくこの一片の“証言”を書く勇気を持ったのである」として書いたのが、この「私はあの“南京の悲劇”を目撃した」という回想である。鈴木記者はさらに次のような虐殺現場を目撃したのである。 無抵抗な捕虜のなぶり殺し明けて13日[14日の誤り]、・・・私たちはふたたび中山門に取って返した。そこで私ははじめて不気味で、悲惨な、大量虐殺にぶつかった。25メートルの城壁の上に、一列に並べられた捕虜が、次々に、城外に銃剣で突き落とされている。その多数の日本兵たちは、銃剣をしごき、気合いをかけて、城壁の捕虜の胸、腰と突く。血しぶきが宙に飛ぶ。鬼気せまるすさまじい光景である。 そこに私はまた、私を突き殺そうとした兵の、形相とまみえることになり、しばらくその惨劇を見ながらぼうぜんと立ちすくんでいた。(つづきはまた明日のブログで) にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ   
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