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猫様は神様です グランド・バザール




イスタンブールで最も大切にされている生きもの、それは猫様。

ハディース(預言者ムハンマドの言行録)その他の伝承の中で、ムハンマドがいかに愛猫家だったかが語られているのが理由のひとつ。

わたしも彼ら猫族がいかにすばらしいかは大いに賛同するところである。

写真のこちらはイスタンブールといえばのグラン・バザールの書籍バザール、客よりも亭主よりも偉い猫様たち。

書籍バザールは、グランド・バザール本館の西側、イスタンブール大学のそばにあり、比較的静けさが漂い、樹が繁っている。




わたしはオットマン建築を愛好しており、オットマン建築の中でもボスポラス海峡沿いに立つ美しい別荘(「Yalı」ヤル:は、オスマン帝国の時代に特徴的な海辺の邸宅や別荘を指す)についての写真集を探していたのだが、服の上で眠っていた白猫を起こさなかったムハンマドに倣い、彼らの昼寝の邪魔はしませんでした...


一方、対照的に犬はないがしろにされている感はある。

ハディースの中に、「家に犬がいると、その場所での(礼拝の)報酬は減少する」とか「家に犬を飼ってはならない」と書かれているから、というのがひとつの理由である。
当然、解釈は様々であり、愛犬家もいるのはもちろんである。

わたしは犬も猫も大好き。


書籍バザール



書籍バザールの隣にはイスタンブール大学の門。
かつては宮殿であった。
オスマン帝国に活版印刷の導入が遅かったのは、「写本」を糧とする学者らを守るためだったとか。



猫はレストランやホテルにさえも自由に出入りし、街のあちこちに猫の家が設置され、人々はせっせとご飯をやり、かまっては頭や腹をなでてやっている。




遅い時間にカフェで軽食をとっている時、わたしのバスケットの中に入って休もうとし、質感が気に入ったのだろう、バスケットに首をぴったりくっつけたままそのそばを離れなかった猫様。

どの子もみな自分の魅力を熟知しており、あの手この手で人間を落とそうとする...


......




80年代にイスタンブールを初めて訪れた時、アヤ・ソフィアと並んで見学したいと切望していたのがグランド・バザールだった。

なぜならば「海と陸の交差点に位置する世界都市の、さらにその交通の要衝に位置するのが国際貿易都市イスタンブールの象徴というべき屋内商店街グランド・バザール」だからである。

東西の珍しい文物、音楽のようなさまざまな言語、故郷を去った人たち、お姫様のおとぎ話...歴史の吹き寄せのような市場に魅了されていたのだった。

「グランド・バザールの原型もまた、15世紀にメフメト2性が付置した2つのベゼスタン(防犯上の理由から壁と天井を持つ屋内商店街)だった」
「15世紀末にはベゼスタン内の店舗126点、その周辺の商店街に782点、1520年にはこうした屋外市場を合わせて周辺の店舗数は1000を超えた」(引用はすべて宮下遼著『物語 イスタンブールの歴史 「世界帝都」の1600年』より)

16世紀スレイマン大帝の時代に大幅に拡張されて19世紀の地震で損傷後修復されて現在に至る、広さ30700平方メートル66の街路、4000の店舗、4つの門を備えた品物の迷宮だ。

扱っているのは例えば宝石、金のブレスレット、家具、カーペット、織物、アンティーク、食器、革製品、服、ブランド品(の偽物)などである。




そして以下は個人的な偏見だが、80年代とは当然にしてもその様が変わっている。

まず、品物。
インターネットの普及は90年代以降、貿易の自由化が加速されたのは95年以降、グローバル・サプライチェーンの形成は2000年代を待たねばならないので、80年代はとにかく店ごとに売っているものや扱っているものにもっと多様性があった。

しかし今日に至っては、安物や、手頃な品物、土産物をあつかう店の商品はどれも似通っていて、例えば他の観光地や、ヨーロッパに立つ市場と変わり映えしなかったりする。残念なことだ。

グランド・バザールの近所にあるエジプシャン・バザール(スパイス・バザール)はさらに商品の均一化が進み、そもそも扱っているものが香辛料とスイーツのみなため、どこもどの店もすべて同じものを扱っているかのよう。ターキッシュ・デライトとバクラバ。甘いお茶の粉末。スパイス。以上!
他と差異を、という工夫もなかったりする。


この門は貴金属のバザールへの入り口



わたしの気に入りのアンティーク・ジュエリー店。
カルティエのベビーパールのネックレス、欲しかったなあ!


一方、すばらしいアンティークや手織りの真正の織物を扱う店は、まず店主が客に声をかけたりはしない。客が来るのを待つのである。
結局何も買わなかったものの、一部のアンティーク・ジュエリー店や、手縫いのカフタン店では目を楽しませてもらった。


また、80年代は若い女とみるとしつこく言い寄ったり、ついてきたり、キャットコールや軽口などが絶えなかったが、さすがに現代ではだいぶ改善されている。
わたしが失礼でない程度にきっぱり断ったり、「あなたの名前は」という呼びかけを無視したりすると「『日本人なのに』あなたは意地悪だ」と言われたりした。

でもまあ、彼らはお節介で親切なのではある。
猫様にもそうなのね、きっと。


新しい商業施設、ガラタ・ポート(ショッピングモール)の住人
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飛んでイスタンブール あるいはなぜわたしは旅するか 





8月第一日目から、こちら、アジアとヨーロッパにまたがる「世界の中心」を訪れている。

......


先日、こんなことを書いた。

「勉強は楽しい。逐次、自分の既存の思考の枠を破壊し、それを超えていかなければ、理解できないこと、表現できないことに次々出くわすからだ。その快感。それが大学で勉強する意味でもある。」

大学で学ぶのは「技術」とはまた違う。
自分が「知らない、とすら知らない」のが世界の大半であり、自分の思考の範囲を破壊し次元を繰り上げ、正しい問いを立て、理解や解決に挑む、という作法を学ぶためだ。

これって何かに似ていませんかね。

旅をし、恋愛をし、読書をし、芸術を鑑賞する...のも同じだと思う。

先輩方、そう思われませんか。


わたしは、ここにも何度も書いていることだが、「環境や文化によって、その土地の人がどのようなものを美と定義しているか」になぜかとてーも興味がある。
わたしが旅をするひとつの大きな理由だ。
見せて欲しい、知りたい、と焦がれつつ、自分の手持ちの「美の定義」が破壊される快感はすばらしい。

なぜこんなことを書くかというと、トルコのイスタンブールにいます。
80年代に来て以来、4回目。今回は長目にこの帝都を見て回るつもり。


『飛んでイスタンブール』が頭から離れない...のは正しい昭和の子供の現象としても、ここは文明の十字路、世界の中心、帝都、東西文化の架け橋。

「ギリシャ語聖書やアラビア語、シリア語の哲学書に学術書、あるいは香辛料に珈琲、香木に貴石、絹に、磁器、毛皮にペスト。」(宮下遼著『物語 イスタンブールの歴史 「世界帝都の1600年」』より)

ノーベル賞受賞で有名になったトルコ出身の小説家オルハン・パムク、オスマン帝国の、ラテン人の、ビザンティンの、古代ギリシャの...
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