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同じ夜景を見ていた頃








神戸の友人から
「部屋の窓からの夜景。ロケーション、ばっちり」
とメールをもらった。

時々、昔とても近しかった人に再会して、話の噛み合わなさ、ノリの合わなさに
居心地が悪くなる(もちろん相手にではなく、関係性に)ことがあるが、
彼女とは17、8の頃から「深いところでつながっている」という類いの友達で、
遠く離れていても、どれだけ時間が隔たっても、会えば一瞬にして調子が戻ってくるのだ。


それはそれとしても「合わせ上手」な人っていますよね。波長をキャッチして受け取り、
返すのもうまく、それが全くストレスにもならない人。
こだわりがなく、誰でも何でも付き合える人。
わたしもそんな人になりたい。
こだわりのない人になりたい。

実現したらこのブログは消えるでしょうね(笑)。
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ブルージュが選ばれる時が来た。







旅行雑誌 "Conde Nast" の記事 The world's best cities are... が CNN で取り上げられ、ご覧になった方も多いのでは?

この手の記事、例えば「世界一住みやすい国」「世界で一番幸せな国」などの格付けは、まあ何かの参考、話のネタ、お楽しみ程度にしておくのが常識的だとは思うが、おおっと思ったのは、今回「世界で一番素敵な観光地(街)」の11位にブルージュが初入選したからだ。
ベルギーという目立たない国の小さな地方都市が選ばれるとは、世界も狭くなった証拠である。

半世紀前と較べただけでも飛躍的に海外旅行のハードルが低くなり、ロンドンやパリには誰でも一度は出かけたことがある時代。ロンドンは顔さえも見せていない(物価が高い、食べ物がまずいという致命傷に散ったか、世界の都市ロンドン)。パリも22位と評価は高くない...と言うよりむしろパリはベタだから、旅の玄人っぽくクラカウとかに一票入れちゃう、という「ワールド・トラベラーを気取りたい」アンケート回答者の気持ちも読み取れる。と、ちょっと旅慣れた感じのするデスティネーションがローマやシドニーなどの有名所をおさえて上位につけていて、フィレンツェとブタペストが2位なのは分かるが、4位のザルツブルグなんか結構地味ですやん...いいところだけど。

イスラム圏が入っていないのはやはり米国に寄り添ったアンケートであると思ったら、20位にベイルートが入っているのは感心した。ベイルート、何十年も前は瀟洒な地中海沿いの街だったのに「危険」というイメージがつきまとい...アンケート結果に影響するほど行ったことのある人がいるのが驚きだ。

そして堂々1位のメキシコのサン・ミゲル・デ・アジェンデなど、わたしは聞いたこともなかった。ウィキペディアで手っ取り早く見てみたけれど、ああ行ってみたいなあ。先コロンブス期のメキシコ文化とスペイン文化がマーブルになった街...素敵なんだろうなあ。
しかしアメリカ人って巡礼地がお好きですねー。
メキシコは最近増々危険度が上がった感じがし、行きにくくなったと個人的に感じているのだがどうなのだろう。カンクン、アカプルコ、カボ・サン・ルカス、プエルト・バラータ等の純リゾートにしか行ったことがないが、20年前の話で、あのころはまだ牧歌的でさえあったのに。


もしわたしが投票するとしたらどの街を投票するだろう?
街の規模によってもっと細かく判定できたらいいと思う。だって人口2万人のブルージュとその100倍のパリとは較べられないじゃないか。

わたしは「街」には充実した美術館、遺跡あるいは歴史的建造物、おいしい土着の料理、よい気候(<暑いところが好き)を求めるタイプなので、早晩、ユーフラテスとチグリスの岸辺が平和になればいいのにと願う。

何百回行っても楽しいパリ、物価が比較的低く、食べ物最高、気候も最高で見どころもたくさんあるスペインの街、エルサレム、ドブロブニク、シンガポール、アユタヤなんかは? 当然京都や奈良は推したいし...それでやっぱり、えいやっとばかりにブルージュに一票を入れてしまうかも。

みなさまはいかがでしょう?
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わたしのぬいぐるみ








昨日の続きで。

そしてこちらが自分で自分に買ったブラックボックス
ではなくて、ぬいぐるみ。ローマのお店だったかな。

たしか娘が生まれる前後で、
わたしもそういう気分だったのだろうか。

そういう気分だったとしても
彼があまりかわいいクマでないのはなぜなんだろう(笑)。

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ぬいぐるみ




少し前、マンチェスターのホテルで13歳の娘がテディベアをもらった。

なぜか少しうらやましかった。こういう感情が何万倍かに膨れたらそれを「白雪姫の継母の感情」と呼ぶのかもしれない。

それで、女性は何歳ぐらいまでぬいぐるみをもらえるのだろうか、と考えた。
世の中のブログを見ていると大人の女でもぬいぐるみと縁の切れない方、少なくないように思える。男性は幼児期に限るのかな?

わたしは何歳までぬいぐるみをもらったか。もしかしたら幼児の時以来一度も、たった一度ももらったことがないかもしれない...
自分で買ったことはあるのになあ。

ぬいぐるみをプレゼントされるような女の子であることを経験していないから今になって娘がうらやましかったりするのか、それともそういうこととは無関係で、何度でも何歳になっても経験したいことなのかだろうか? いや、わたしは決して「ぬいぐるみ」が欲しいわけではない。ぬいぐるみにもれなく着いてくる「何か」が欲しいのだ。心理学の言う本質主義的なもの...違うかな。

妙齢だったあのころは「女を少女のままに留めておくための足かせとしてのぬいぐるみではなく、本や音楽を贈られるような女になりたい」と願っていた。中学校の時に隠れて読んだ落合恵子や小池真理子のせいだ(笑)。
でも結局そういうものもあまりもらわなかったような気がする。

それならやっぱりぬいぐるみをたくさんもらっておくべきだった。
いや、もらわなかったからこそ「欲しかったなあ」という欠落感があり、ぬいぐるみには何かがあると思えるわけで。

分からない。
わたしにとってぬいぐるみはブラックボックス。
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サザエさんは永遠に







友達が東京土産を送ってくれた。

社会風刺もキツいサザエさんを
言葉の意味も背景も半分は理解できず
それでも痛快であるということは十分了解でき
廊下の死角に座って何時間も読み続けたあの遠い午後

昭和は遠くなりにけり
でもサザエさんは永遠。
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