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Brugge Style
みなみさんのケーキノート
久しぶりにタルト・オ・スリーズを焼いた。(下層のアーモンドクリーム部分にチェリーを入れすぎて表面飾り用が足りなくなるの巻)
これは渡辺みなみさんのレシピ。
「みなみさんのケーキノート」は、わたしが自分で自分のために買った初めてのお菓子レシピ本だ。
それまでは母の手書きのレシピなんかを頼りに作っていたのです...
20年以上前の本ゆえか、家庭では扱いにくい生地や煩雑な手順満載なのだが、「キーライム・パイ」「ティラミス」「ベルジュロン」「ル・ミュルティフリュイ」そしてもちろん「タルト・オ・スリーズ」は何十回も作ったレシピだ。
最近は手軽に手軽でおいしいレシピがいくらでも手に入り、カスタードクリームをレンジで作ったり、バターもチョコレートも一気にレンジで溶かしてしまったりというアイデア満載、みなさんの発想の柔軟さには驚かされる。わたしが無精ながらも娘に手作りお菓子を作ってやれる母親でいられるのはネットで入手できるアイデアレシピのおかげだ。
でも時々は正統的なやり方でみなみさんのレシピに従うのもいい。
渡辺みなみさん...名前を聞いただけで、ああ、と思われる方はいらっしゃるだろうか。
「久米久のTVスクランブル」でアシスタントをされていたアナウンサー。
少女心に、「男性が好きそうな女性とはこういうタイプに違いない。清楚な美人で育ちが良さそうな雰囲気があり、知的で控えめ、芯が強そう」と思いながら見ていたのを思い出す。
そこまで分かっていたのになぜ彼女を目標にして路線変更しなかったのだろう。そうしたらきっとモテモテの20代を送れたのに違いないのに。悔やまれるなあ(笑)。
当時はバイリンガルの女性がメディアに次々登場していた時代で、母はわたしの方を振り向いては「あなたも英語を...」と言っていた。「(高円宮)久子様は英語でプロポーズを受けられたのよ!」とか、よく言われましたよ、うん。
母はある伝から依頼されて留学生を家に招いて頻繁にパーティーを開いており、うちには賢そうで行儀のいい外国人がしょっちゅう出入りしていた。母はそんな環境を与えてやってもぜんぜん英語のうまくならないわたしに憮然としていたのだろうか。
長じてわたしはとりあえず英語を話せるようになったものの、TVに出て活躍したり、プリンスからプロポーズされたりというチャンスには恵まれなかった。母にたずねたことはないが、きっと残念なことであると思っているだろう(笑)。
みさみさん、きっと今も綺麗なままでおいしいお菓子を焼いているに違いない。
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