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Brugge Style
american beauty
アメリカの美、あるいはアメリカの風景。
「芸術のモチーフとは日常の風景」と、リヒテンシュタイン本人が言っていた(たぶん)。
日常の風景。それはつまり「美」のことなのか。
彼が描く「日常」がすでに亡きものとなった現代からしてみると、なるほど彼の切り取った「日常」は確実にある時代の「美」として遺されている。
クレーは「芸術は見えているものを再現するのではなく、(見えていないものを)見えるようにするのだ」“Art does not reproduce the visible; rather, it makes visible” と言ったが、リヒテンシュタインは一見、見えてるものだけを忠実に再現しているようでありながら、その実、見えていないものを見えるようにしたのだ。
テイト・モダンで開催中のロイ・リヒテンシュタイン展へ、2度目行ってきた。今回はお供で。
1度目にこの展覧会を訪れた時、自分がリヒテンシュタインが好きだということを自覚したショックは割と大きかった。
教科書や美術書等で親しんだ世界の名画と初めて対面する時、想像していたものとは大きさがまるで違ったりするのはよくあることだと思うが、カタログなどの媒体上と実物とがリヒテンシュタインほど違う作品を創造した芸術家はそれほど多くないような気がする。もしかするとそれが彼の意図だったのかも、とすら思う。
リヒテンシュタインの作品は媒体を介すると、元々のモチーフである「アメリカのコミック」や「アメリカの広告」そのものにしか見えなくなる。しかし実物に接近した途端、筆のストローク、黒々と盛り上がった枠線、ドットのかすれ具合などが迫って来て、なるほど彼がポップ・アートの旗手とみなされるのは単に題材の選び方故だけではなかったのだ、ということがやっと分かる。
もちろんすべてのアートは可能なら実物を見るべきだと思うが、リヒテンシュタインは実物を見ないことには、なぜ優れているとされているのかその理由が分かりにくいのではないか。NYのMOMAや、ワシントンのナショナル・ギャラリーでも見学した時よりも、「アメリカの美」を再認識することができたのは数をまとめて見たからか。
あと1ヶ月、5月の27日まで開催しているので、ロンドンにおいでになる方はぜひぜひ。
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