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Brugge Style
途方に暮れたまま
そういえば「そして僕は途方に暮れる」の歌詞について書いたら、ずいぶんメールをいただいた。
この歌の歌詞には、愛だの恋だのをはじめ、さみしいとか会いたいとか、信じているとか、別れ、孤独、悲しみ、涙、元気、幸せ、希望、癒し...そういう便利な言葉はひとつも出てこない。
曖昧でどうとでも取れるような言葉や句が重なり合わさっている。
しかし、その効果は絶大で、若い男女の別れのせつなさと愛情が溢れていると感じられる。
歌というのは本来こういう機能があるものだと思う。
端的に、「愛」だの「さみしい」だのという便利で大きい言葉を使わずにそれを表現するものだ。
そして聴く人の人生にあったことも、なかったことも、想起させる機能。
シンプルにしないほうがいい感情や状態もある。
というか、シンプルにできない方が人間にとっての普通じゃないか?
片付かない気分、どこにもやり場のない不安、消化できない感情、うまく表現できない気持ち、一度も経験したことのない喜びや悲しみを、誰か他の人が作った、あいらぶゆーあいみすゆーなどとそういう歌詞にのせてしまうのはもったいないと思うこともある。
まあ、人間は楽になりたくて便利な言葉を使った歌を歌うのかもしれない。
あるいは手軽に愛を味わいたくてそういう歌を歌うのかも。
でも便利な歌詞にばかり触れていたらそういう恋愛しかできなくなる。感情はその人の属する文化のコピーだからだ。
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