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妖怪・現実見せ




義理の両親がベルギーから遊びに来ている。

義理父は写真が趣味で、娘を中心にわたしの写真も撮ってくれる。
ポーズは取らせず、自然体をこっそり撮影したものが多く、「いつの間に」という写真が今回もたくさんあった。


自然体の写真...

中年女にとって、これほど恐ろしいものが他にあるだろうか。


お茶を飲みながら対面の人を見ているときにできる無防備な額の皺
秋の光のもと、陰影が強調されたシーンの中で浮き上がる頬のたるみ
ラフにまとめたはずの髪が、あら、おやつれ? 飛び出たイモ毛(アホ毛)...


若作りをしたい、実年齢より若く見られたいとは思わない。しかしピカピカの娘のとなりでも、せめて清潔で生き生きとしてはいたい。

「この惨状に気がついてるならフェイスリフトくらいすすめてくれたらいいのに...」
と夫と娘に当たり散らしながらとても悲しい。彼らは腹の中ではどう思っていても「この写真はたまたまですよ」と、うるさい中年女を慰めるしかないのだから。


ローマで、フランス人の女性が、
「あなた方、ご家族でしょう? なんて美しい家族なんでしょう! こんなに美しい家族は見たことがないわ。よい旅行をなさってね」と祭壇から降りてきたマリア様のようにやさしく声をかけてくれたのに。

学校の式典で、娘のバレエの先生が
「あなたのママってモデル?」と気のきいたお世辞を言ってくれたのに(式典だったので気合いを入れて一種のコスプレをしていた)。


日本人が共有している美のコンセンサスとは全く別の基準を、外国人は持っていることを知っておかねばならない。
さらに異邦人の美醜に対する判定は曖昧なのだ。
あるいは単なる社交辞令。
わたし風情でここまでほめ殺しにしてもらえるのだから、賞賛の紙吹雪はいつどこででも吹いているのだろう。
しかしお世辞であると分かっていても、わたしのような単純馬鹿は浮かれて勘違いさせられてしまうわけだ。そして、紛れもない真実を映す写真を見てふっ飛ぶくらい驚き、ふっ飛んだ分、深く落ちるのだ。

現実は厳しい。
モエよ、己を良く知れ!! 

義理の父の芸術的な写真は、中年女が明日も生き延びる力を一瞬にして吸い取る「妖怪・現実見せ」だ。
姿は一眼レフ一つ目小僧。


いやいや。妖怪はわたし自身か。

それでもいいのおしゃれして楽しく生きるの。
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