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「森の王」としてのガイ・フォークス
昨日、ガイ・フォークスの日。
ロンドンへ遊びに行っていたのだが、お祭りのために家への道が2カ所封鎖されると聞き、結局お祭りが始まるぎりぎりの時刻に帰宅した。
と、車窓から豚の丸焼きの屋台が出ているのが見え、夫がそれを口実にお祭りを娘に見せてやりたいと言い出した。
午後19時。
何千という人々が松明を片手に、ガイを火あぶりにするために設置された処刑台の方へと歩いて行く。
先頭は等身大より何割か大きいガイ人形。山車に載せられ、市中引き回しの刑を受けている。異様な光景だ。

わたしは人の群れが嫌いだ。
特に人の群れが同じ方向に向かって大移動しているという状況に生理的な嫌悪感を感じる性質である(だからディズニーランドなどの遊園地や、野外コンサートなども大嫌いなのだ)。ましてや自分がその一部を成しているなんて。しかも、周りを見よ。目のすわった子どもも、ビール片手のおっさんも火を手にしてるんですぜ。やばい。こわい。そんな短い言葉が次々口をついて出てくる感じ。
わたしたちは自然と人の群れから離れて、草むらの中を歩いた。豚の丸焼きの屋台に向かって(笑)。
夫になんども帰ろうと言ったのにもかかわらず、また娘も、「何かイヤな感じがするよね。どんな人物であるにしろ、誰かを火あぶりにするためにたくさんの人が熱狂してるのが」と言ったにもかかわらず、夫は「もう少し、豚の丸焼きの屋台まで」とわたしたちをうながす。別にわたしたち母娘が道義心にあふれていると言いたいのではない。単に伝統行事を理解していないエトランゼなだけなのである。
結局、豚の丸焼き屋台の出す煙に誘われるようにして、ガイ・フォークスの死刑台の方までやってきてしまった。
こうなったらあわれなガイの処刑を見届けよう。
燃え上がる火。恍惚とした表情の人々。
なぜ人々はこの男を火あぶりにするのにこれほど熱狂するのだろう?昨日の記事に書いた、わたしが想像した理由の他になにかあるのか。
それで思い出したのが、ジェイムス・フレイザーが「金枝篇」の中で記述した「森の王」のことである。
今、手元に本がないので(まだ引っ越し荷物から出してないのだ)完全に我田引水と断ってから書くが;
大昔、王の力(徳)が、その共同体存続の命運をかけた収穫の高低や、自然災害、疫災の有無に直接結びつけられていた時代があった。
天下が太平し、実りが豊かで、疫病や災害が避けられるのは、自然界とリンクしている王の力がよく機能しているからだと考えられていたのだ。
裏返すと、治安が乱れ、飢饉が起り、疫病や自然災害が起こるのは、王が老いたり弱ったりして力を失ったからだと解釈された。
つまり共同体にとって一番避けたい状況は、王の力が弱ること、さらには王の死、である。
自然界とリンクしたその力が途切れないよう、王の力の不変性には心が砕かれた。王が力を失った場合は、その王を殺害して新しい力を持つものが王の位に就かねばならなかった(卑弥呼もそんな状況の中で殺されたと考える研究者もいるみたいですね)。
このサイクルは自然界のサイクル、「秋の収穫の後に死に、春蘇る植物の死と再生」とオーバーラップ(これが穀物神信仰)した。
つまり、秋に収穫を終えて死を迎える自然界を象徴的に焼いて、春にさらなる再生を願う、「死と再生」のお祭りが起源にあるんじゃないか、と。キリスト教が入ってくる前の。ギリシャ神話で穀物の女神が毎年秋に死んで春に再生する、みたいな。
この死と再生のサイクルを象徴した森の王の「形代(かたしろ」(人形)がガイ・フォークスなのではあるまいか。
もしそうならばガイは哀れではないし、人々の熱狂も理解できるような気がするのである。

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